パワーショック・ジェネレーション
昭乃は興奮する弓隊を片手で制すと、叫んだ。
「環境破壊集団が我々になんの用か!」
「一つ頼みがある! 大事なことだ!」
「電化文明復活を諦め、一週間以内に組織を解散すると、その命をもって約束できるなら話を聞こう。三分だけ待つ!」
「変わってないな! あんたのダイヤモンド頭(ヘッド)は!」
「おまえの減らず口ほどではない!」
「そのおかっぱをブリリアントにカットすれば、もっと輝くんじゃないのか?」
「貴様……」
昭乃はさっと弓をかまえ、バクに狙いをつけた。
バクはこれ以上の挑発を思いとどまった。今は任務中なのだ。昭乃をからかうためにはるばる富谷までやってきたわけではない。
バクはちらとふり返り、車内の様子をたしかめた。
ルウ子はステアリングに手をかけ、こちらを睨んだままなにか言っている。ミーヤはルウ子の腕にしがみつき、必死に説得しているように見える。まずい。なんらかの成果を見せなければ轢き殺すつもりだ。
バクは昭乃を見上げた。
「解散はない! せめて会談だけでも開かせてくれ!」
「あと二分!」
「俺に後退は許されていない! 頼む!」
「我々にも譲歩は許されていない! 恨んでくれるな!」
昭乃らに射抜かれるか、ルウ子に轢かれるか、進退窮まった。どうすればいい、どうすれば……。
思考回路がオーバーヒートしたバクは、思い描いたばかりの生シナリオを、火を通さないまま実行した。
「どのみち命はない! そのお腹にいる、俺の子によろしく伝えといてくれ!」
バクは昭乃に向けて顎をしゃくった。
弓隊はいっせいに昭乃に注目した。
昭乃は野焼きの炎よりも赤くなると、裏返った声で叫んだ。
「ね、ねね根も葉もない嘘を言うな! 毒でも食らったか!」
「名前はもう決めたのか?」
バクは微笑んだ。激戦地への配属が決まった夫が妻を見納めるときのような目で。
弓隊の男たちは狼狽えた様子で独白をはじめた。
「俺、隊長にだけは手を出すまいと思っていたのに……ケダモノめ……」「ぼ、僕の永遠のアイドルを……ゆ、許せない……」「寝こみを襲って孕ませるなど……万死に値する!」
かかった! バクは心の中で拳を突き上げた。警備兵どもは老いも若きも昭乃一筋。憤るあまり誰かが矢を放ってくれれば、時間を守らなかったと、昭乃の生真面目さにつけこむことができる。
さて、どこから撃ってくる……。
先走る兵を見極めようと、バクが堤上を見上げ直したときだった。
「な!?」
十本の矢が同時に放たれていた。
バクは身を翻して逃げ出そうとしたが……。
「ぐ!?」
一本の矢が背中に突き刺さり、バクはどうと倒れた。
「!」
上気していた昭乃の顔からさっと血の気が引いた。
昭乃はよろけるように身近の若者に歩み寄ると、胸ぐらをつかみ上げた。
「まだ三分たっていない……なぜ……なぜ約束を守らなかった」
「は……ぐ……」
若者は昭乃の背後に閻魔でも見たのか、怯えきって声にならない。
昭乃はそこでハッとして、他の隊員たちに命じた。
「バクを診療所に運べ!」
「しかし隊長……」
隊員たちは顔を見あっている。
「命令だ!」
一方、ミーヤは車を飛び出すと、転げるようにしてバクに駆け寄った。
バクの背中に赤い地図が広がっていく。
「バク!」
ミーヤは刺さった矢の柄に手をかけるも、大出血を怖れたのかパッと手を離し、その場にへたりこんでしまった。
隊員たちがダムの壁を降りてきて、バクとミーヤの周りに群がった。
「バクにさわるな!」
ミーヤは吠えた。わが子を守らんとする山猫のごとく。
「出血がひどい。時間がないんだ!」
隊員たちは三人がかりでミーヤを引っぺがすと、残りの二人でバクを堤上へ運んでいった。
ミーヤはバクの名をひたすら叫び、絶壁のタラップを伝う者たちの後を追った。
嵐のような騒ぎが収まると、いつの間にか昭乃が道端に立っていた。
ルウ子は車を降り、昭乃につめ寄ると、いきなり頬を張った。
「……」
昭乃は顔を背けたまま、なにも言わない。
「なんとか言ったら?」
昭乃は晩夏の蝉のように歯切れ悪く言った。
「……今は……とにかく、中へ」
7月31日
矢は急所をわずかに外れ、バクは一命を取りとめた。だが、手術後の衰弱がひどく、一週間は絶対安静となった。富谷には限られた薬草しかなく、麻酔作用を期待できるものは少なかった。バクは手術中もその後も、激痛のあまり何度も発狂しそうになった。ミーヤは毎晩徹夜でバクの手を握りしめ、ひたすら励まし続けた。バクはその間ほとんど記憶がなかったが、ミーヤの手がどれほど自分を安心させるものだったか、それだけはこの手がしっかり覚えていた。
バクは虚ろな意識の中で思った。
ミーヤ……おまえが誰かと幸せをつかむ日まで、俺は死んでもこの手を離さない。
8月3日
その日、ルウ子と富谷の長老衆は議事小屋で会談を開いた。
NEXAは赤ヶ島の調査を希望しているが、本土の民を真っ向から敵視する離島連盟はこれを拒絶するであろう。そこでルウ子たちは富谷の人間になりすまし、連盟の信頼を得ている昭乃をガイドとして、社会見学という形で渡島したい。
このルウ子の無茶な提案に対し、長をはじめとする長老衆は口をそろえて猛反対した。調査の目的以前に、第一、なぜコミュニティーが環境破壊に最も貢献しそうな者に協力しなければならないのかと。
その意見にルウ子はこう答えた。
「人類を救うための豊富な知識を持っていながら、秘境に閉じこもってばかり。そんな連中なんかに、環境破壊がどうのなんて言われる筋合いはないわ。結局あんたたちのやってることは、ただの自己満足。悪政と戦うのが怖いのか、でなければ面倒くさいのよ。そもそも今は、環境が云々とか言ってる場合じゃないでしょ? わが国の窮状を少しでも案じているなら、NEXAに協力しなさい」
ルウ子の挑発的な言葉に感情論をぶつける者もいたが、多くは難しい顔を突きあわせて揉めだした。ルウ子の話にも三分の理はあるが、それしきのことで動く我々ではない、というのが大方の意見だった。
論戦はその後も続いた。十数人の論客に対し、ルウ子はたった一人。それでも彼女は一時もひるむことなく応戦し、終了時刻が近づいたと知るや、口の端をキリッと上げて一気にまくしたてた。
「協力できない? あっそう。じゃあ、バクを殺しかけたあの矢はどう説明してくれるのかしら? あのコは完全に丸腰だった。警備隊長はこっちの判断に三分間あたえると約束した。富谷の武人って、私怨ごときで君主の使いを撃ち殺す人種だったのね。野蛮よねー。コミュニティーってそういうところだったの。あっそぉ。あたし誤解してたわ」
「ち、ちがう! 我々は……」
末席にいた昭乃がすくと立ち上がった。
「われわれわぁ?」
ルウ子はくるくると手首をまわして耳に手をやった。
「いや……」昭乃は口ごもった。「この前の一件は私の指導力不足のせいだ。責任は私にある」
「なら話は早いわね。バクが完治次第、赤ヶ島へ……」
ルウ子が言いかけると、昭乃が遮った。
「それは」昭乃は長老の面々と一瞥を交わした。「別のことで償いたい」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや