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パワーショック・ジェネレーション

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「俺が怒るような話なのか?」
「実はね……」
 ルウ子はちらとミーヤを見ると、すぼめた唇をバクの耳もとへ近づけていった。
 バクのつま先に激痛が走った。
「っ!」
 重要な会議中に暴れるわけにもいかず、バクはその場で口を押さえて悶絶した。
 すまし顔のミーヤと目があう。
 ミーヤは「バーカ」という口真似。
 女どもの考えることはよくわからない。
「そこ! 真面目にやりなさい!」
 孫の一喝に、バクとミーヤは小さくなった。
「孫の言うとおりよ。大事な話の途中なんだからね」
 ルウ子は担任の威を借る委員長のように追い打ちをかける。
 孫はせき払いした。
「局長もです」 
「……」
 ルウ子は手にしていた資料で顔を隠してしまった。
 孫は続けた。
「話にもどりましょう。赤ヶ島への足はある。問題は……離島連盟です。彼らを説得しない限り、領海に入ることすら叶わない」
 ルウ子は目を伏せた。
「ま、無理でしょうね」
 本土と離島との関係は、ルウ子の執念さえ凍らすほど冷えきっていた。
 パワーショックの混乱や被害を最も回避できた土地。それは離島地域だ。離島はもともと海の幸に恵まれており、過疎化で人口が減っていたことも加わり、飢餓とは縁遠かった。便利という言葉は死に絶えたが、必要以上に望まなければ自然の恵みだけで充分に生きていけた。
 パワーショック時代に入って数年後、本土は飢餓闘争の激化によって無政府状態に陥り、弱肉強食のサバイバルがはじまった。本土の食料事情がいっそう疲弊してくると、暴徒の魔の手は離島にも広がっていった。豊富な海洋資源に目をつけたのだ。
 ある日、本土難民を装ってやすやすと島に入った暴徒の一団は、疑うことを知らない島民を片っ端から殺していった。島側も反撃に出たが、相手はルールなき戦場を生き抜いてきた強者どもだ。その島は一昼夜にして人口の半数を失った。島人たちは玉砕も覚悟したが、村長が故郷を捨てる決を下し、この惨劇の生き証人として事件を語り伝える道を選んだ。
 こうした『離島事件』が各地で相次いだことをきっかけに、島々は独自の連盟を組み、本土との決別を宣言した。
 バクは孫に訊いた。
「こっそり忍びこむっていう手はないのか?」 
 孫は首を横にふった。
「離島の周りでは、近海最強を誇る海軍が昼夜網を張っている。彼らの猛勇に比べたら、海賊などかわいいものだ」
『離島海軍』は領海外でのふるまいにはいっさい干渉してこない。しかし、ひとたび境界線を無断でまたごうとすれば、古代遺跡の罠のごとく容赦がなかった。
 ミーヤは言った。
「海上警察は動かないんですか?」
「これはもはや政治的な問題だ。双方の外交努力に期待するしかない」
 孫は手にしていたチョークを専用の引き出しへ乱暴にしまった。
「あーあ。おもしろくなってきたと思ったのにな」
 バクは頭の後ろで手を組み、大あくびした。
 これで司会(孫)のひと言があれば、今日の会議はおひらきだろう。
 そんな雰囲気を、ルウ子は一掃した。
「ちょっと待って。あたしはお手上げなんて言った覚え、全っっっ然ないわよ」
 孫はため息をついた。
「局長……」
「あたしはね、通常の方法じゃ無理、と言っただけ」
「は? それはどういう……」
 ルウ子はそれに答えず、バクとミーヤに言った。
「もうわかったとは思うけど、大雑把に言えば離島連盟はコミュニティーの海バージョンってところよ。幸い、離島とコミュニティーは交流があるみたい。そこでよ……」
「そこで?」
 二人は同時に訊いた。
「富谷の高森昭乃に協力を依頼するの。あのコ、親善使節として離島に何度か渡ってて顔が利くらしいのよ」
「!」
 バクはイスごとひっくり返りそうになったが、どうにかこらえた。
 昭乃……あの昭乃が? それにしてもなぜ、ルウ子は秘境の女戦士のことにこれほど詳しいのか。 
「待ってください、局長」孫は反論をはじめた。「たしかに双方は同じ自給自足社会ということもあり、協力関係にあります。ですが知っての通り、コミュニティーは離島の陸上版のようなものです。彼らが我々の話に聞く耳を持っているとは思えません」
「そうね」ルウ子はあっさり認めた。そして、含みたっぷりの笑みと熱い視線をバクに送った。「そこでよ」
「お、俺!?」
 バクは自分で自分を指した。
「あんた、昭乃と仲いいのよね?」
「別に仲がいいってワケじゃ……」
「そう? 真っ昼間から息荒くして、身をすりあわせていたそうじゃない?」
「それは武術指導でちょっと……ってなんでそんなことまで!」
 コミュニティーは人の出入りが極めて少ない閉じた世界。どうやら、ルウ子は懐に優れた札(カード)を隠し持っているようだ。
「バク……」
 ミーヤは潤んだ瞳でバクを見つめた。
「な、なんだよ」
「知らない」
 ミーヤは席を立つと、足早に部屋を出ていった。
 ルウ子はそれを楽しげに目で追う。
「青春だねぇ」
「俺、なんか悪いことしたか?」
「ちっとも」
ルウ子は首を横にふった。
「じゃあ、あいつはなんであんなに怒ってる」
「それはこれからあんたが学んでいくことよ」
「教えてくれたっていいだろ?」
「ダメよ。あのコに悪いもの」
「わけわかんねえ!」
 バクは頭をかきむしった。
「それはともかく」ルウ子は人差し指をびしと突き出した。「バク。あたしの代理として高森昭乃と接触し、離島への活路を開きなさい」


 7月30日

「……?」
「……!」
 蒸気機関の轟音が車内での会話を困難なものにしている。
 NEXAが用意した蒸気自動車は、荒れ放題の湾岸道路を疾走していた。
 車はトラックを改造した試作品だった。荷台にはボイラーと炭水箱。顔を煤だらけにした老機関士がせっせと釜に炭をくべている。本来ならば彼が運転をつとめ、若い助手に重労働を任せるはずだったのだが……。
 助手席にバク、真ん中にミーヤ、そして運転席には……。
 バクは身をよじって怒鳴った。
「なんであんたがついてくるんだよ!」 
「あに? あんだって?」
 ステアリングを握る竜巻頭の女は耳に手をあてた。
「バクに任せたくせに、どうして局長本人がついてきたんですかって!」
 ミーヤが通訳した。
「あたしには、あんたの骨を拾う義務があるのよ!」
「……」
 バクはため息をついた。
 期待してるんだかしてないんだか……。この難局を乗り切れば一躍幹部への昇進もあり得るだろうが、このままでは名誉の殉職で二階級特進がいいところだ。あのカタブツ昭乃がそう簡単に首を縦にふるとは思えない。NEXAの名前を出したとたん、滝のように矢が降ってくるに決まっている。
 結局、これといった妙案が浮かばないまま、車はもう富谷関の麓につけていた。以前に道路を塞いでいた崖崩れはすっかり直っていた。会議が終わってすぐ、ルウ子が土木屋に急使を飛ばしたらしい。
 堤上では横一列にならんだ弓隊が待ちかまえていた。その中央に警備隊長、高森昭乃の姿。昭乃は腕組みしてこちらの出方をうかがっている。
 バクは一人で車を降りると、ダムへ向かっていく道を終点まで歩き、堤底の少し手前で立ち止まった。
 警備隊の表情がにわかに険しくなった。