パワーショック・ジェネレーション
地上に人間が増え、技術革新が進んでいくと、彼らにかかる負荷もどんどん増していった。彼らは大きなストレスを感じていたが、仕事をサボることは許されていなかった。
不満は募っていった。そして2016年のある日、それはピークに達した。地球全体にまんべんなく散っていた彼らは、その瞬間を境に制御を失って一気に爆縮し、ある一つのケータイに押しこめられてしまったのだった。
理解に苦しむ話だが、バクたちはひとまずそこまでは信用することにした。
アルは話を続けた。
「信じられないことはさらに続いた。一ヶ所に集まったボクらは、それまでにない能力を獲得してしまったんだ」
電気の精たちは、ケータイのスイッチ一つで、地上に分散したりケータイに凝縮したり、自在にできるようになった。ただ、彼らにとって残念なことに、スイッチを操作するにはパートナーの存在が必須だった。
彼らのパートナーは宿主、つまりケータイ主のルウ子だった。
アルはルウ子を憎らしげに見つめ、続けた。
「せめてもの救いは、スイッチの秘密を伝えられたのがボクらだってことさ」
ミーヤは訊いた。
「その秘密を解いてスイッチをオンにすれば、また電気が使えるようになるの?」
「そうだろうねえ」
アルは他人事のように言った。
バクは立てたコインをそっと指でつつくように訊いた。
「その秘密を教えて欲しい、と頼んでも無駄なんだろうな?」
「そうだろうねえ」
アルはコインが倒れるまで、ただ目で追うだけだった。
「ん? ちょっと待てよ?」バクは眉をひそめた。「パワーショックが続いたのはつまり、テスランが地上から消え、ケータイの中に閉じこめられたからなんだよな。そのときケータイはオフだった。今、俺がアルと話してるってことは……」
アルは目を釣り上げ、ガッと牙を剥いた。
「そう! もうある人が実行しちゃったんだよ! まさか……ま、さ、か、自分自身の番号にかけちゃうマヌケな人がいるなんて、予想の宇宙の彼方だった!」
並の人間なら生涯気づくことのない秘密。まったくバカげたことさえ一度は光を当ててみよう、というひねくれ根性が、この偶然を引き寄せたのだ。
「マヌケで悪かったわね」
ルウ子は顔を赤らめ、そっぽを向いた。
きっかけはともかく、テスランは器を飛び出し世界中に散った。つまり、発電は可能になったということだ。
「これであんたの願いが叶ったじゃないか」
「世界を飢餓から救えますね」
バクとミーヤはルウ子に笑顔を送った。
「長かった……本当に」
ルウ子は素直に感慨にひたっていた。
「えー、お喜びのところ誠にアレなんだけど、残念なお知らせがあるよ」
アルは得意げに目を細めた。
「な、なによ」
ルウ子は不安げな顔をアルに近づけた。
「ボクらテスランには二つの大きな属性があってね、人間界の言葉でいえば『天』と『地』とに分かれるんだ」
『天』は太陽エネルギーから直接生まれた電気の伝わりを、『地』は地上のエネルギーから生まれた電気の伝わりを、それぞれ仲介する者たちなのだという。発電という観点で見れば、前者は太陽光発電を、後者は火力や水力など長らく人類を支えてきた発電を、彼らは陰から支えていたことになる。
ちなみに、『人』にあたるマイナーな存在もあり、その者らは生体内の電気に関わっていた。幸いなことに、彼らは今回の事件ではまったく影響を受けなかった。マイナーなんだから取るに足らない話なんだろう、と考えるのは早とちりだ。なにしろ、地球全生物の滅亡という一大事を免れたのだから。
アルは天属性の代表だった。彼が統べるテスランの存在だけでは、太陽光発電しかできないことになる。
それを知ったルウ子は怒鳴った。
「なによ、あんたちっとも使えないじゃない!」
「そんなこと言われたってボクのせいじゃないしね!」
アルはそっぽを向いたが、なにかを思い出したのかすぐに続けた。
「あ、それともう一つ。得たものがある代わりに、ボクらは自由に飛びまわるための『翼』を失ってしまったんだ。もう、陸(おか)の上を這うことしかできないよ」
「ったく扱いづらいコたちね」
テスランたちはもはや、空を飛ぶことも地下に潜ることもできず、砂のように地を這い砂丘のように積もるしかなかった。つまり、発電を再開したければ、この島国の中でこっそりやるか、大陸に持ちこんで各国の協力を得るか、選択を迫られることになる。
ルウ子は迷うことなく前者を取ると言い放った。わが国は飢餓闘争の激化によって旧政府が倒れて以来、海外との国交がなかった。政治の問題がからんでややこしくなる前に、まずは実用可能かどうか国内で試しておくべきだというのだ。
それはいいとして、アルの存在だけでは、ルウ子がめざす『2016年当時の電化生活の再現』からは程遠かった。絶対的に電力が足りない、というより、ほとんど役に立たないと言ってもいい。日本各地にある太陽電池パネルは耐用年数をすぎているか、あるいは天災や暴動のせいで破損したものばかりだった。
安価でかつ短期間に電力を回復できるのなら、飢餓問題も早期に解決できるだろう。そのためには、どうしてもアルの片割れを手に入れる必要があった。
ルウ子はアルに迫った。
「アル、協力してもらうわよ。そいつの居場所を教えなさい」
「お断りだ」アルは背を向けた。「人間なんかに電気を使わせたら、ロクなことにならない。あんなストレスはもうたくさんだよ」
ルウ子は思索に耽る詩人のような、遠い目つきで言った。
「地球って……おおらかに見えて実は繊細にできてるのよねぇ」
「う……」
「電気が外に伝わってくれないと困る生き物だっているはずよねぇ」
「くぬ……」
アルは爪を立て、前肢をふるわせ、そして虚空を切り裂いた。
最後は首を縦にふった。
「お昼がすんだら、すぐに会議よ」
ルウ子はケータイを閉じ、さっそうと部屋を出ていった。
「さて、ここへどうやって渡るかが問題なのですが……」
孫は赤チョークを取ると黒板に手をのばし、『赤ヶ島(あかがしま)』という文字を丸で囲った。
会議室では、ルウ子、バク、ミーヤ、NEXAの幹部らがイスを扇形にならべて一つの黒板を囲んでいた。
アルの片割れは、統京の南350キロに位置する小さな離島にいるらしい。船は調達できるというのに、NEXAの古参たちは、マフィアに長年悩まされてきた刑事のような渋い顔つきでうなっていた。
話が進まないので、新参者のバクには事情がわからない。左隣にすわるミーヤも同様であろうと、退屈しのぎに話しかけようとしたのだが……。
ぷいっ!
ミーヤはそっぽを向いてしまった。
どうも彼女はルウ子の寝室を出てから機嫌が悪い。気に触るようなことを言った覚えはない。夢の中でつながったことを、こっそり打ち明けただけなのだ。
ルウ子はニヤけながら、二人の摩擦をうかがっていた。
「あのね……」
ルウ子は左隣にすわるバクに耳打ちした。
ただ、ゴニョゴニョゴニョとしか言わない。
「なんだよ。ちゃんと言えよ」
バクは小声で返した。
「えー、どうしよっかなー。バク、怒るかもしれないしぃ」
ルウ子は悩ましげな顔で上体をくねらせた。
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや