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パワーショック・ジェネレーション

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 ルウ子と栄養士の卵は手に手を取りあい……ほっと息をついた。
 ひとまず破産と餓死だけは免れた、と。

 

 2017年10月1日

 地域掲示板の記事。
『パワーショック』
 世界中を混乱に陥れた謎の大停電は、本日をもって一周年を迎えた。科学者らは、この自然法則から逸脱した電気消失状態を『パワーショック』と命名した。ノーベル物理学賞受賞者、統京大学のA博士は「この世に謎と呼ばれるものが残っているのは、単に科学がそこに追いついていないせいだ、という考え方があります。私もそれを支持する一人です。でも、それは科学万能主義者の勝手な思いこみなのかもしれません」とコメント。世界随一の頭脳集団をもってしても、原因究明の糸口さえつかめないでいる。


 2018年2月10日

 地域掲示板の記事。
『厳冬の試練』
 豪雪地帯では配給の遅れが目立ち、栄養失調による餓死者が続出している。同時に燃料も供給不足で、森林の無差別伐採問題が表面化しつつある。
 一方、都市部では遅配はないものの、人口密集地帯での強毒型インフルエンザの蔓延が脅威となっている。肺炎による死者は例年の十倍。栄養不足による抵抗力の低下が原因であることは疑う余地もない。また、昨年末から続く大寒波の影響か、てっとり早く燃える紙を求めた図書館襲撃事件が相次いだ。


 2018年9月9日

 地域掲示板の記事。
『飢餓闘争への序奏』
 海外貿易の無期限凍結、春夏期の断続的な異常低温、南方からの巨大台風の連続、酷使した耕地の収穫能低下……国民の飢えは限界に達してきている。
 地方では、都市から流れてきた暴徒による略奪が横行した。地方の倉が空になると、今度は『出稼ぎ』と称して、人の流れは都会へ逆流をはじめた。出稼ぎ者は徒党を組んで富裕層を襲撃。その争いはエスカレートを重ね、現在では奪った物を奪いあう弱肉強食のサバイバルに移行しつつある。全国各地で頻発する騒動に、警察はほとんど対応できず、社会の秩序は崩壊の一途をたどっている。

 ルウ子は記事を読み終えると、人目を警戒しながら公園を立ち去った。
 背中のリュックには配給物資(これで最後かもしれない)がつまっているのだ。
 無事帰宅したルウ子は、人気のないリビングに一抹の不安を覚えた。急ぎ足でキッチンへ行くと、扉が全開となった冷蔵庫が目に入った。名ばかりの冷蔵庫には、あらゆる手段を講じて手に入れた保存食を溜めておいたのだが……。
 どこからか鉄のような臭いがした。
キッチンカウンターの裏をのぞくと、ルウ子は手にしていたリュックを取り落とした。
 ルウ子の瞳は渇ききっていた。
 どこでもない一点を、ただ見ていることしかできなかった。食卓のイスに腰かけたまま、夜が明けるまで。

 翌朝。
 両親の亡骸を庭に埋めると、ルウ子はシャベルを土に突き立て、空を見上げた。
 雲一つない青。
「こんな世界はまちがってる。なのにどうして、空はいつもと同じなの?」


 2019年X月X日

 今日も人を一人殺した。たった一つの豆缶のために。
 どうしても空腹に耐えられなかった。
 真新しいセーターを着た、同い年くらいの少女だった。


2020年X月X日

 林檎を持っていた老婆を背中から刺した。
 卑怯などという言葉は死に絶えて久しかった。
 力んだせいか狙いが外れ、致命傷には至らなかった。
 老婆は林檎を取り落とすと、ぎこちなくふり返った。
 目があった。
 老婆はなぜか微笑んだ。そして肩に刺さったナイフを引き抜くと、自ら胸を突いた。「あとを頼みましたよ」と言い残して。
 不可解な自決にひどく戸惑った。あの目は俗人のものなんかじゃなかった。何千何万という人生を背負ってきた者のそれだ。
 老婆の最期の言葉。林檎を口にしながら、その真意をずっと考え続けた。
 剥ぎ取ったシミだらけのトレンチコート。ポケットをまさぐると、冷たくてギザギザした感触があった。
 コートの袖を犬のように嗅いだ。ほどなく場所を探りあてた。
 ロウソクに火を灯し、暗がりのほうへ一段また一段と下りていく。
 蛆の温床に何度も足を取られそうになる。慣れ親しんだ臭気はかえってクセになる。いびつな白い器の中からきれいなやつをつま先でシュート。
 無粋なノックに応じる者はない。
 ギザギザを差しこみ、地下室のドアを開ける。
 正面に保存食料の山。半年分はある。
 収納を開けると、黒ずんだ毛布が積んであった。あとはなにもない。
 部屋の壁には、正装した政治家たちが整列する写真が一枚。その中にあの老婆の姿があった。
 他のスペースは殴り書きばかりだ。人類を襲った悲劇を嘆く言葉で埋め尽くされている。
 その中の一行に目が止まる。
『あのときの世界、あのときの暮らし、絶対取りもどしてみせる』
「!」
 とうに涸れていたはずのものが、埃だらけの床にこぼれ落ちた。
「あたしなんかに未来を託して、ほんとによかったの?」
 写真の中の老婆は微笑んでいた。


 2021年X月X日

「やっぱ神様は悪いこと、ちゃんと見ているのね……」
 ガード下の壁にもたれかかり、赤く染まった腹を押さえながら独り笑った。
 霧がかった視界にふっと人影が湧いた。若い男のようだ。
 シャツのボタンが一つまた一つと外されていく。
 今さらなにをされたってかまいやしない。でも……せめて最後くらいは優しく、して……。

 目が覚めると、薄汚れたベッドの上にいた。
 かすかな消毒剤の臭い。空の褐色瓶。針のない注射器。書類の散乱。微風。窓枠しかない窓。他にめぼしいものはない。
 腹をさわった。傷口が縫ってある。
 ジャリジャリと、ガラスを踏みつけるような音が近づいてくる。
 蝶番だけが残った部屋の出入口に、白衣の若い男が現れた。
 男は無精髭面を見せるなり、ため息をついた。
「ここに残っていた物はもう使い果たしてしまった。あとは自力で生きのびるんだね。じゃあ私はこれで」
 男は出ていこうとして、ふと立ち止まった。
「君は悪くない。悪いのは……フフ、よそう」
「あ、あの、名前……」
 ルウ子は言いかけたが、男は行ってしまった。


 * * *


 2045年7月29日

 バクは丸イスにすわったままハッと目を覚ました。
 恐ろしく鮮明な夢だった。それにしても、記憶にないことがなぜ自分の中に……。
 さっとカーテンを開け、朝日に目を細めながら辺りを見まわすと、パンツ一丁で眠るルウ子が目に入った。
「し、しまった!」
 任務失敗。だが、肩を落としている場合ではない。
 バクはしゃり玉から落ちかかったネタのようになっていた布団を引っつかんだ。
「ん……うう……」
 少女のうめき声に、バクはふり返った。
 ルウ子は毛穴という毛穴に汗の玉を光らせ、顔をしかめながら、胸の下から太腿にかけて無数に走る傷痕を次々と押さえていった。
 バクは布団から手を放すと、ルウ子の顔のそばへ行って様子を見守った。
 あの夢はルウ子の記憶を遡ったものにちがいない。昨日の自分と今日の自分とでは、ルウ子は別人だった。自分も似たようなことをやって生きてきた。なんだか急にルウ子のことがわかったような気がした。