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パワーショック・ジェネレーション

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 なにしろ電気が使えないため、分析できることは限られている。身体検査、血液検査、体力測定、精神鑑定、催眠術にスピリチュアルカウンセリングにタロット占い、などなど。あれこれ試してみたものの、ルウ子は至ってありふれた人間だった。


 7月16日
 
 その日から、バクとミーヤはルウ子の全スケジュールにつき添うことになった。わからないときはとにかく観察せよ、というわけで会議中でも食事中でも入浴中でも読書中でも下痢をしているときでも、二人はルウ子についてまわった。デリケートな分野は同性のミーヤが専属となったが、ルウ子は観察者が偏ることに不満をもらしていた。


 7月28日

 ルウ子の観察がはじまって十三日目の深夜。
「あ、あの……ほ、ほんとに俺でいいのかよ」
 バクは直立不動で寝室の出入口に立っていた。
「どっちかといえば、あんたのほうがひらめきがあるからね」
 ルウ子は下着姿でベッドに横たわったまま、手招きしている。
 ルウ子は家を持っていない。NEXA本部はすなわち、ルウ子の自宅だった。専用の寝室は局長室の隣にあった。
 今日からバクはミーヤと代わり、一晩中ルウ子の睡眠をモニターすることになった。ミーヤは激しく反対したが、ルウ子の命令は絶対だ。
 不規則に揺れるランタンの炎が本能の奥底をくすぐる。
 バクは健康な男子として複雑な気分だった。過ちが起きたとなれば命が危ない。ただ見ているだけで一夜をやりすごす自信もない。
「な、なにがあったって、知らないからな」
「なにがって、なによ」
「だから、その……俺、男だし……」
「あ、そっか。その検査はまだだったわね。なんなら、今試してみる?」
 ルウ子はブラのホックに手をかけ、肩紐をするりと外す。
 バクは思わず後ずさろうとしたが、閉めたばかりのドアがそれを阻んだ。
「ま、待て。こ、こここ心の準備が……」
 そしてルウ子は胸を露わに……とはならず、別のブラが出てきた。ルウ子は外したほうをちらつかせた。
「防刃下着よ。ほら、あたしって超VIP(ビップ)だしぃ」
 バクはほっと息をついた。
 ともかく、皮一枚かぶっていてくれればひとまずお互い安全だ。
 そう思った矢先……ルウ子は本命まで脱ぎだした。
「お、おい!」
「寝るときは外すものなのよ」ルウ子は今度こそ胸を露わにすると、二枚目のブラを床に放り投げた。「そんなとこに突っ立ってないで、ちゃんと観察しなさいよ。じゃ、おやすみ」
 ルウ子は布団をかぶった。
 バクは額に手をやった。
 この人の脳は醗酵しすぎて本物の味噌になってしまったにちがいない。中身はオバサンなんだ。理性ではそう言い聞かせていても、下半身はなぜか熱を帯びている。少女と熟女が混在して……。バクは金縛りにも似た半夢半実感に襲われた。
「まるで拷問だな」
 バクはそうつぶやくと、寝床のそばにある丸イスに腰かけた。
 ルウ子は早くも寝息を立て、寝返りを打ちはじめた。
 掛け布団が乱れる。
 バクはふるえる手でそれを直す。
「なんでこんなことしなきゃならないんだ……」
 なんでここで我慢しなきゃならないんだ。
 二つの本音が錯綜する。狸寝入りだったらまずい。安全なほうを表に出しておく。
 やがてルウ子の寝相は落ち着き、退屈な時間が続いた。
 どこからともなく睡魔が現れ、バクの背中に取り憑いた。
 慣れない環境を渡り歩き、疲れがたまっているのだろうか。大事な観察時間の最中に眠ったりしたら、噂の人間焼却炉の仕事にまわされかねない。
 バクは両手で何度も顔を張った。
 もう大丈夫だと思った三秒後、バクは睡魔のしなやかな指先から流れ落ちる、甘い汁をすすっていた。


 * * *


 2016年10月7日

「もう商品がないですって? どういうことなのよ!」
 行列の先頭、太った中年主婦がスーパーの店長らしき初老の男につかみかかった。
「も、申し訳ございません。なにしろ流通が完全に麻痺しておりまして、飛行機も電車もトラックもまったく動かないというんです」
「定価の倍出してもいいわ。倉庫にはたんまりあるんでしょ?」
「倉庫も……空です」
 ルウ子は先頭から少し離れたところにいた。
 買い出しに来たオバ様たちの世間話が聞こえてくる。
「私はもう八軒まわったわ」「私なんかこれで十四軒目よ!」「日本中の商店から食品が消えてしまったって本当なの?」
 号外を広げて議論を交わす近所の大学生たち。
『日本各地で航空機墜落事故。空港周辺で大規模火災発生も、警察消防は機能せず』という見出し。新聞はなんと手書きの原稿を刷ったものだった。
 大学生たちの会話が聞こえてくる。
「官制センターが機能しないのはともかく、車一台動かないんじゃどうしようもないな」「水面下でなにか恐ろしい企みが進んでるんじゃないのか?」「いいや。企みはすでに達成されたのかもしれない。人間を地獄に落としたければ電気一つ奪うだけで充分さ」「流通を断たれたら都会はそれまでだな」「田舎に逃げて農家の世話にでもなるか?」「車も電車も動かないのにどうやって?」
 ルウ子は列を抜けると、「早く知らせなくちゃ!」と家路に急いだ。
 このままじゃ都会から食べ物が、なくなる!?


 2016年11月9日

 ルウ子は近所の公園にできた巨大な地域掲示板を見上げていた。
 近頃では紙の供給さえままならず、新聞まで止まってしまった。
 掲示板にはこう書いてある。
『日本は現在、深刻な食糧危機に陥っている。世界中を襲った未曾有の停電により、各国は目下、国内の混乱や暴動を抑えるべく内政に全力を傾けざるを得ない状況である。近代的流通は破綻し、海外の緊急援助も期待できない。政府はこの苦境を『不測時の食料安全保障マニュアル深刻度レベル2』に相当すると判断(レベルは0、1、2があり今回は最高レベル)、本日付で次に挙げる方針を適用するとした。 
 熱量効率が高い作物への生産転換(国民生活安定緊急措置法)。
 既存農地以外の土地の利用。
 食料の割りあて・配給・及び物価統制(食糧法)。
 なお、農林漁業者に対する優先的な石油供給の確保(石油需給適正化法)については、寒冷地の冬季生活を考慮し、原油輸入先との国交回復まで保留となった』

 ルウ子のそばにいた、栄養専門学校に通っているという女が口を開いた。
「法律とかはよくわからないけど、要するに日本の食料は敗戦直後みたいに配給制になって、昭和二十年代後半レベルのカロリー(一日あたり約2000キロカロリー)になるってことよ」
 別枠のコラムにあった、三食の品目例は次の通り。
 朝食……白米一膳、蒸かしイモ二個、ぬか漬け一皿。
 昼食……サツマイモ二本、蒸かしイモ一個、リンゴ四分の一。
 夕食……白米一膳、サツマイモ一本、焼き魚一切れ。
 うどんとみそ汁が二日に一回、納豆が三日に二パック、牛乳が六日に一杯、たまごが七日に一個、肉は九日に一食……。しかも、これらは電気が使える時代に考案されたものであることを忘れてはならない。
 普通ならここで悲鳴を上げたいところだろうが、ルウ子たちはちがっていた。この一ヶ月、爆発的な物価の上昇で、各家庭は財産のほとんどを食品につぎこまねばならなかったのだ。