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パワーショック・ジェネレーション

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 バクは腫れあがった頬を押さえながらルウ子に迫った。
 ルウ子は鼻をならした。
「せーっかく気ぃ遣って待っててあげてたのに、十円芝居見せられただけだったわ」
「あんたの辞書に気遣いなんて言葉はないだろうが!」
「あら、そんなことないわよねー?」
 ルウ子はミーヤの肩に手をまわした。
「……」
 ミーヤはうつむき、黙ったままだ。
 バクは皮肉たっぷりに言った。
「それで、超多忙の局長様ともあろうお方が、用務員見習いごときになんの用ですかね」
 ルウ子はそれに動じることなく、穏やかな顔で促した。
「まぁ、すわんなさい」
 二人は草の上に腰をおろした。
 ルウ子は窓のほうを向くと、二人を背にしたままずっと押し黙っていた。
 バクとミーヤも黙っていた。余計なことを言って火傷したくはなかった。
 しばらくして、ルウ子は口を開いた。
「で、どうなの? なんかいいことひらめいた?」
「……」
「そう……」ルウ子は肩を落とした。「あれからもう十五年になるのね」
 十五年。NEXAが発足してからのことを言っているのだろう。
「日本で最高の人材を集めたわ。最高の研究設備もそろえた。最高のセキュリティーを確保して、最高に集中できる環境をあたえた。それでも……電気を取りもどすきっかけさえつかめなかった」
 再び長い沈黙があった。
 その間、バクはルウ子の後ろ姿から目が離せなかった。
 短すぎるスカートの下から縞柄のパンツが見え隠れ……じゃなくて、ルウ子が見た目通りの高校生だとすれば、十五年前といったら……。ちょっと待て。やっと立てるかどうかの幼児になにができるっていうんだ。
 バクは言った。
「一つ、訊きたいことがある」
「なぁに?」
 ルウ子は背を向けたままだ。
「あんた、実際何歳(いくつ)なんだ?」
「いくつに見える?」
「十六」
 ルウ子は低く言った。
「じゃあ、そういうことにしといて」
 歳のことは聞かれたくない、か。ルウ子が普通の女ならばこれ以上追及すべきではないが、彼女は素顔以外のなにもかもが、現代の少女とは異質に思えてならない。
 バクは質問を変えた。
「なら、その十五年前、あんたはどこでなにをしていた」
「今と同じよ」
「どこか矛盾を感じないか?」
「なにも」
 ルウ子は手強い。当時はたしかに十六だった、とするなら今は三十一か。「童顔だから」「老けるのが遅いだけでしょ」「努力してんのよ」……なんとでも言える。だが、バクにはわかっていた。同年代間にしかわからない直感とも言うべきか。ルウ子は明らかに十代の少女なのだ。
 バクはそれまでの疑問をふまえてよく考え、一つの仮説に手をかけた。
「思ったんだけどさ、この世にかけられた呪いって、パワーショック以外にもあるような気がするんだ」
「!」
 ルウ子の肩がぴくっと跳ねた。
 バクは立ち上がった。
「きっとなにか大事なことを見落としてる。パワーショックの第一日目……電気が失われたまさにその当日その時間。教科書的な歴史のことじゃなく、あんた個人の話をしてくれないか?」
「その他大勢とたいして変わらないわ」 
「いいから早く」
 ルウ子はようやくこちらを向いた。
「その夜、あたしは高校の課外活動を終えて帰りの電車に乗った。少しして、いきなり車内が真っ暗になったかと思ったら減速しはじめて、最後は止まってしまった。ここまでなら『ああ停電か』と誰もが考えるでしょ。でも、そのすぐ後、乗客のケータイや外を走る車まで沈黙したのよ。街灯が消え、ビルの明かりが消え、闇はじわじわと外へ広がっていった。まるでその電車が暗黒の震源であるかのように、すごく不自然な光景だったわ……。
 それから十四年たって、NEXAを興したあたしは記憶をたどり、パワーショックはやはりあの電車からはじまったと見るようになった。そこで、当時の車両の残骸を見つけて徹底的に調べた。でも、わかったことは何一つなかった。これでぜんぶよ」
「むぅ」
 バクは草の上にあぐらをかいて腕組みした。
 ミーヤは言った。
「頭丸めて座禅したほうがいいかも?」
「うるさいなあ」
 バクはルウ子の姿をぼうっと見つめた。
 ルウ子はたしか『高校の(傍点)課外活動』と言った。パワーショックがはじまったのは2016年。今は2045年だ。どんなに若作りをしようったって無茶がある。
 バクは確信した。ルウ子の体は老いることを忘れている。ルウ子の肉体的な時間は、パワーショックがはじまったまさにそのとき、止まってしまったにちがいない。
「電車が停電になる前、なにか気になることはなかったか? 些細なことでもいいんだ」
「そうね……」
ルウ子は言うと、ブレザーのポケットに手を突っこんだ。二つ折りのケータイを取り出し、せわしなく開け閉めしたかと思うと、すぐにまたポケットにしまった。
 考え事をするとき無意識にやる癖なのだろう。それはともかく、ずいぶんと物持ちのいい人だ。三十年も前に使えなくなったケータイなんかなんのために……。
「そのガラクタは御守りかなんかか?」
「うん? これ?」ルウ子は再びケータイを取り出すと、なにかを思い出したのかぐっと目を見開いた。「あ、そういえば、ケータイでドラマの予約録画しようと思ったら、電池切れだったんだ。朝、満タンにしたはずなのに」
「今なんて言った? 電池がどうしたって?」
「だから、電池切れで……」
「それが電池切れじゃなかったとしたら?」
「なんでそうなるのよ。あたしのケータイが切れたのは、パワーショックの前……」
「前じゃなくて、ゼロ秒後だったとしたら?」
「!」
 ルウ子は身を固くした。やがて体中に微震がはじまり、ほどなく中震、激震となり、頭が大噴火した。
「どういうことよ! ちゃんと説明しなさい!」
 巨艦の砲声のような轟きだった。
 バクはしばらくの間、髪が後ろ向きに逆立ったままよろめいていた。
 ぶんぶんと頭をふり、故障した耳をたたいて、ようやく復帰。
「そのケータイはよく調べたのか?」
「測定機器一つ取ったって、電気が必要よ」
「そうか……じゃあ、ケータイはひとまず置いておこう」
「他になにがあるってのよ」
「その持ち主のほうさ」
 バクはルウ子を指した。
「あたし?」
「自覚がないとは言わせないからな」
 バクは微笑んだ。
「なんのことかしら?」
 ルウ子は微笑んだ。
 バクとルウ子は笑顔のまま、何分も睨みあった。
 ミーヤは息を殺し、せわしなく二人を見比べている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ふぅ、まいったな……」
 ルウ子は目を伏せ、うなじをぽりぽりかいた。
 か、勝った……。
 気づくとバクは、街角での殴りあいの後のように、全身汗にまみれ肩で息をしていた。
「まさか、自分が問題の核心かもしれないとは一度も考えなかったのか?」
「考えたわ。ついさっき」
 その後のルウ子のスケジュールはすべてキャンセル。バクとミーヤは特務研究員としてルウ子の直下に就くことになった。
 翌朝から、ルウ子の人体研究がはじまった。


 7月15日

 せわしなく行き交う白衣たちの中、薄桃色のガウンを着たルウ子は、取材に飽きた二流アイドルのような面で一人イスにすわっていた。