パワーショック・ジェネレーション
二人を連れてきた大男は持ち場へ帰っていった。
孫はバクに歩み寄った。
「来てくれるだろうと思っていたよ」
「たった一度会っただけで?」
「私はたくさん人に会っているからね」
孫は微笑むと、バクとミーヤを連れてビルの中へ入った。
バスケの試合ができそうなほど広大な一階ロビー。その中心に受付カウンターがあり、白い顔の女二人が会釈する。
バクが女の化粧顔を物珍しそうに見ていると、サングラスをしたスーツ姿の男女が現れ、バクとミーヤの背後に立った……と思ったら、いきなり暗闇になった。
「なんの真似だ!」
バクは目隠しを取ろうとしたが、男のごつい手がそれを阻んだ。
孫は言った。
「まあ、落ち着きたまえ。当局は高度な機密が多いのでね。正式な職員になるまでは、それで我慢してもらうよ」
バクが文句を言いかけると、孫が先に耳もとでささやいた。
「君はNEXAに入りたいのだろう?」
バクはひとまず彼らに従うことにした。
立っているだけで気分が悪くなる小部屋。短くベルがなる。シューという空気の音。ドアがスライドする。やけに足音の響く通路を歩く。何度か直角に曲がる。専門用語を交えた男女の熱い議論の前を通過。シリンダーをまわす音。錠が外れる音。ドアが二度スライドする。少し歩く。ノックの音。籠もった女の声。ドアが開く。三歩進む。ドアが閉まる。
「目隠しはもういいわ」
聞き覚えのある少女の声。
バクとミーヤは自ら目隠しを取った。
左右の壁には無数の本が敷きつまっている。左手は盾にも使えそうな分厚い専門書ばかり。『電』という文字を含んだタイトルの背表紙が多い。右手はどこで発掘してきたのか、少女マンガだらけだ。
幅広の机の向こう、窓際に金髪少女の後ろ姿。
紺色のブレザー。挑発的に短いスカート。太腿の傷跡。そして一度見たら忘れられない左右の竜巻毛。まちがいない。バクを狙った武警の男を一喝で蹴散らした、あの少女だ。
少女はくるりと向き直った。
「はじめまして(傍点)。NEXA局長、橋本ルウ子よ」
バクは記憶をたどった。はじめまして……か。
ルウ子の双眸は、はなからバクに釘づけだった。
赤光りする左右の鏝がバクの双肩を焼いた。
「あ、えっと……俺、俺は……」
国立機関の最高責任者が高校生だと? 理性では担がれたのかと頭に血が上っているのだが、感性では肩書き以上のプレッシャーを感じており、混乱したバクは自分の名前を思い出すことさえままならないでいた。
緊張するバクを見かねたのか、ミーヤが代わりに紹介した。
「彼はバク、名字はありません。で、あたしは……」
ルウ子はそこで遮った。
「あんたはいいの」
「……」
ミーヤはむっと口を尖らせた。
ルウ子は続けた。
「動機はわかった。でもね、ウチは一般企業みたいに、学力とか経歴とか人柄とか適正とかやる気だけで採用するほど甘くはないわよ」
「それ以外になにがあるってんだよ」
ルウ子は人差し指をびしとバクに向けた。
「失われた電気がどこへ行ってしまったのか。それを見つけてきなさい。そしたらあたしの権限で即採用したげるわ」
「そ……」
バクが不服を言いかける、と同時にミーヤが怒号砲をぶっ放した。
「そんなの無茶苦茶だよ! それってNEXAの事業そのもの……」
「あんたには言ってない」
ルウ子はすかさずそれを撃墜した。
「ここに呼ばれたってことは、あたしにもテストを受ける資格が……」
「あんたはバクが合格したら合格、不合格なら不合格なの。これ以上無駄口たたくなら人体実験にまわすわよ!」
「……」
両手に拳を作り、屈辱に耐えるミーヤ。
バクはその片方にそっと手をかぶせ、話を続けた。
「ノーベル賞級の科学者たちがどんなに頭をひねってもダメだった。そんな噂を街で耳にした。採用するつもりがないなら、ハッキリ言ったらどうなんだ」
「しょうがないわね。じゃあ有力なヒントでも我慢したげる」
まともな教育を受けていないと知っていながら、いきなり世界最高の難題を突きつけ、しかもしょうがないからヒントで我慢してやるとは……傲慢を通り越して子供のイジメだ。
それでもバクはこの駆け引きに乗った。
「いいだろう」
「バク!」
ミーヤは驚きを隠せない。
「ただ、その……俺たちは今、住所不定で無職なんだ」
「あたしが指定した仕事を文句一つ言わずにやるなら、施設は自由に使っていいわ。ただし、試験期間中にかかった費用は後の給料から天引きよ」
「見習いの料理人以下だな」
「衣食住がそろってるだけでも、恵まれてると思いなさい」
「わかったよ。で、期限は?」
「期限? そんなものないわ。死ぬまでこき使ってあげる」
ルウ子は目を細めると、高飛車な令嬢を真似た、いかにもわざとらしい嘲笑をふりまいた。
「上等だ! 行くぞミーヤ!」
「あ、ちょっ、バク……」
バクはミーヤの手を引っつかむと、足早に局長室を出ていった。
孫は局長室に入るなり、ルウ子に言った。
「あんな無茶な採用試験など聞いたこともありません。二人はまだ大学さえ……」
「天才や秀才ならもう間にあってるわ。あたしが欲しいのは子供らしい発想なの」
「子供、ね」
孫はルウ子の女子高生ぶりをまじまじと見つめた。
十年ほど前のある日のこと。ルウ子はいったいどこで拾ってきたのか、パワーショック以前に存在していたある高校の制服を何セットか手に入れていた。以来、彼女はその制服で出勤することにこだわっている。
「なによ」
「いえ、別に」
孫がはじめてルウ子を見たのは2027年、科学省を訪ねたときのことだった。あのときの衝撃は大きかった。いつから現役高校生を採用するようになったのかと、同僚に訊いてまわったほどだ。それから十八年たった今、ルウ子は当時と変わらぬ瑞々しい肌をしている。いったいどんな魔法を使えば、どんな霊薬を飲めば、そのような若さを保っていられるのか。孫は不思議でならなかった。
「ところで、大品(おおしな)発電所の改造計画はどうなってんの?」
「順調です。あと一週間もあれば、石炭用火発として稼働できます。ただし……電気そのものを取りもどせればの話ですが」
「ひと言余計だわ」
「失礼しました」
「冗談よ」ルウ子はフッと眉を上げた。「仕事にもどって」
孫は一階へ降りると、手帳に目を通しながらガラス張りの玄関を抜け、そのままビル前広場を行った。
そこでふと、女の気配がして孫は立ち止まった。
「君か」
孫は手帳を懐にしまった。
広場の木陰に豊艶な女が一人たたずんでいた。和藤栄美(わとうえいみ)。電力開発部に所属する直属の部下だ。
七年ほど前、孫はある科学雑誌に載っていた一つの論文と顔写真に目をとめた。女は民間の小さな研究所に勤める、三十前の才気ある新鋭だった。研究そのものはどうでもよかったが、孫は迷わず和藤をNEXAへ引き抜いた。
昼休みが終わって間もないせいか、辺りは一時限目の校庭のようにひっそりとしていた。NEXAの敷地は堅固なフェンスに囲まれている。市民街のような喧騒や人目とは無縁だった。
和藤は言った。
「浮かない顔ですね」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや