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パワーショック・ジェネレーション

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「あたしと先生は、それから蒸気船に乗って木更塚まで逃れた。栄養不足が足に祟った先生は、これ以上遠くへは行けないと言って、橋の下のバラック街に入っていった。医者を続けるって。あたしは年越しを機にそこで先生と別れ、一人で富谷を訪ねることにした」
 復興著しい都市の裏では悲惨な現実があった。木更塚の郊外には、二十年以上も前の台風や震災ですべてを失ったまま、未だにまともな住居を得られない不幸な人々が大勢いたのだ。新政府は配給問題の対応に手一杯で、この事実を看過していた。
 ミーヤは微笑んだ。
「十回目から先はもうわからなくなっちゃったけど、諦めなくてほんとによかった」
 ミーヤがその間どうやって飢えをしのいだのか、バクはあえて訊かなかった。微妙な年頃の女の子に、冬眠する獣や樹皮や草の根……毒でないものならなんでも口にした、などとは言わせたくなかった。
 ミーヤの話を聞き終えたバクは、かける言葉を探せないでいた。
 生きていてくれて本当によかった。そう言いたいのはこっちのほうだ。一人ぼっちの野宿でどれほど寂しい思いをしてきたのか、想像しただけで目頭が熱くなった。とにかく再会できてよかったと、ここは笑顔を見せてやるべきなのだが……。
 バクが固い顔を崩せずにいると、ミーヤはいつにない笑顔を見せた。
「あたしはもう大丈夫だよ」
 たまらなくなった。
「ミーヤ!」
 バクはミーヤをがばと抱きしめた。
「バク?」
 ミーヤはバクのなすがままだ。
「はじめて会った日のこと、覚えてるか?」
「うん」
 バクとミーヤともに孤児だった。バクは生まれながらの地下人だが、ミーヤは地上の生まれだ。
 数年前のある日、バクはビルの崩落事故で瓦礫の下敷きとなっていた少女を助け出した。少女は奇跡的にかすり傷だけですんだが、ショックで記憶のほうを失っていた。少女は事故より前のことをほとんど覚えていなかった。両親が自らを犠牲にして守ってくれたことさえ、彼女は知らない。
「絶対おまえを一人にはさせない。俺はたしかそう言った」
「……」
「俺は……嘘つきだ」
「バクのせいじゃないよ」
 ミーヤはバクの背中に腕をまわした。
「ミーヤ……」
 バクはミーヤを放すと、うつむいた。
「うん?」
「なぜこんなことになっちまった」
「……」
「なにがいけない! 誰のせいだ!」
「世の中は複雑すぎて……誰か一人だけを責めることなんてできないよ」
「いや……ちょっと待てよ」
「?」
 神々の裁きか悪戯か、それとも何者かの陰謀か、それはわからないが、かつて人々を決定的に支配していた『なにか』が失われたせいではなかったか? ある日を境に、それは突然なくなったというが、手品じゃあるまいし、たしかにそこに在ったものが突然無に帰すなんてバカげている。正解はどこかにある。それを覆う布を、今までの知恵では取り除けないだけだ。正解には至らないまでも、努力を続けている者はいるはずだ。そんな奴に一度どこかで会ったような気が……。
 悶々と考えているバクを見かねたのか、ミーヤが声をかけた。
「どうしたの?」
「NEXAだ!」
 バクはバッと立ち上がると、ミーヤの手を引っつかんで外へ駆け出した。
「え? あ、ちょっと! バク!?」



 第三章 NEXA


 3月16日

「研究主任、動物実験の結果はどうなってんの?」
 橋本ルウ子は手中のケータイをしきりに開け閉めしていた。
 白衣の男は言った。
「生体電流に関しては、これといった異常はありませんでした」
「ケータイはウンともスンともいわないくせに、なんで生体にだけ電気が流れるのよ」
「現段階ではまだ、その……申し訳ありません」
 男は持っていたクリップボードに目を落とした。
「そう……」ルウ子はパチッとケータイを閉じ、スカートのポケットにしまった。「持ち場にもどって」
 部屋のドアが閉まった。
 ルウ子は後ろへ向き直ると、窓外に広がる夕暮れの統京を見つめた。
 すぐ目の前には天を貫く尖塔、新統京タワーがある。 
 統京。あの頃この時間この街は、もうとっくに光の粒であふれていた。今はまるで、黄色い紙にモノクロ刷りしただけの無粋なチラシのようだ。
「あたしは諦めない」
 ルウ子は窓に映った自分の姿を見つめた。
 首筋やむきだしの太腿に走る傷痕。それを一つ一つ確認するように触れていく。
「見ていて。あのときの世界、あのときの暮らし、絶対取りもどすから」
 ノックの音がした。
 ルウ子が入室を許可すると、隻腕の男が入ってきて口を開いた。
「局長。就職を希望する少年と少女がゲートに来ていますが、追い返しますか?」
 ルウ子の肩書きはNEXA、国立エネルギー研究開発局の局長だ。
「なんで、いきなりあたし(傍点)に訊くのよ」
 通常ならば、人事部を通してからルウ子のもとへまわってくる話だ。
「申し訳ありません」
「ところで孫。前から気になってたんだけど、そのメガネ……なんか意味あんの?」
 ルウ子はつかつかと孫に迫ると、男の顔をじっとのぞきこんだ。
 男は局での仕事のときだけ黒縁のメガネをかけていた。度は入っていない。
孫はウッと身を退いた。
「そ、それですよ」
「どれよ」
「その眼力です。私のごとき凡人は、なんらかのフィルターを通さなければ、そのプレッシャーに耐えられないのです」
「ふーん」
 ルウ子は孫の顔から目を離さない。
 孫英次。NEXA副局長、兼電力開発部長。組織のナンバー2である。かつては新政府の外務省にいたが、外交では飢餓問題は解決しないと悟って失望し、別の仕事を模索していた。科学省にいたルウ子と知りあったのはちょうどその頃だ。孫はルウ子が秘めていた構想に魅せられ、NEXA発足に陰から貢献したのだった。 
「ま、まだなにか?」
「別に。あんたが持ちこんだ話なら、とりあえず聞いとくわ」
 孫は元地下賊を名乗る少年と少女の素性や志望動機について簡潔に報告した。
 ルウ子は腹をかかえて笑った。
「あの絶境に一人で飛びこむバカがいたとはね……。バクってコ、おもしろそうじゃない」
「少女のほうは捨てますか?」
「セットのままでいいわ。男ってのはね、女の視線があるとよく働くものなのよ」


 3月17日

 昼下がりの晴天の下、バクとミーヤは新統京タワーを見上げていた。
 地下にいた頃、この青白き塔を霞の彼方に何度か見かけたことはあったが、こんなに近くで見るのははじめてだった。
 それは今から三十五年前(2012年)に完成した、当時世界一の高さを誇った電波塔だ。完成から数年はテレビ放送用アンテナや展望台として使われていたが、パワーショック時代(2016年〜)に入ると、無駄に背が高いだけの高層ビル群と同様、電化文明の墓標と化していった。その後、2030年に発足したNEXAは、放置されていたタワーと周辺の建物を改修、そこを総本部として活動をはじめた。
 バクとミーヤは街角の配給の列に混じってその情報を得たが、それ以上のことはよく知らない。
「やぁ、待たせたね」
 すぐ手前の高層ビルの玄関から声がした。バクが蒸気船で同乗した隻腕の男、孫英次だ。この前は裸眼だったが、今日はメガネをかけている。