雪の王国
ライバル宣言
むさ苦しい村の男達に混じり、ディークとシェルは森に向かっていた。仲間達は皆それぞれに得意な武器を持ち、一緒に狩るパートナーと今日の狩りについて話している。
ディークとシェルもパートナーだが、他のパートナー達と違い険悪な雰囲気が漂っているようだった。
仲間達もそれに気付き、声をかけるものもいたがディークは無言、シェルは何でもないとはぐらかすためそのうち誰も声をかけるものがいなくなっていた。
やがて森に入り、一緒に歩いていた仲間達が散開していく。
森も深い雪に覆われており、入り込んだ仲間達以外の生き物の息遣いは聞こえてこない。
「ユーキ君可愛いよね」
二人の周りに誰もいなくなった時、シェルが口を開いた。
ディークは優希という名前に反応し無言でシェルを見る。
「俺さぁ、ユーキ君好きかも」
「……っ、はぁ?!」
予想外の言葉にディークは思わず大声を出してしまった。少し先を歩いていたシェルが立ち止まり、ニヤリと笑う。
挑戦的な眼差しを向けられ混乱もすぐに解け、ディークも険しい表情で見返す。
「お前が男もいけるとは知らなかったな」
「ユーキ君ってさ、俺達と全然正反対で小さくて可愛いと思わないか?」
ディークの言葉など無視しているかのように、シェルは饒舌に話し出す。
相変わらずディークを挑発しているような眼差しはそのままだ。
「初めて見たんだよ。ユーキ君みたいな子。村の女なんかよりもずっとずっと華奢で、誰かが守ってやらないといけないといけないような」
「確かに華奢だが……。そんなことは関係ない。だいたい、昨日会ったばかりだというのにどうかしているぞ」
優希と会ったのは昨日の夜が初めてのはずだ。それに今日の昼に少し。それなのに好きだというのはあまりにも軽い。
ディークはため息をつき、焦りを隠しながら呆れたように言った。
真っ白の森に、二人の声が吸い込まれていく。風も無いのに、遠くで樹の枝から雪が落ちる音が聞こえた。
一緒に入った男達は今頃標的を見つけているだろう。そんな中、ディークとシェルは立ち止まったまま話しこんでいる。
「一目惚れって知ってる?」
少しの沈黙の後、シェルが口を開く。
「それは……知っているが……」
「一目惚れなんだよ。昨日ディークの家でユーキ君を一目見て好きになった」
一目惚れ、ディークにもよく分かる。しかし、だからと言って優希は男であるし、何より今はディークが優希を預かり守っているのだ。
「だからさぁ、邪魔しないで欲しいんだよね」
「邪魔もなにも、俺は反対だ。ユーキは男だぞ」
少し声を荒げてシェルの言葉を遮る。シェルはフッと笑って続けた。
「性別なんて関係ない。俺は気にしないよ。俺にユーキ君を取られるのがそんなに嫌?」
嫌に決まっている!そう叫びそうになり、ディークはぐっと拳に力を入れた。
そんな様子に気付いたのか、シェルはさらにクツクツと笑う。
「ユーキ君が好きなら好きって言えばいいじゃないか」
「なっ……?!」
「気付かれてないとでも思ってたのか?お前の様子を見れば馬鹿でも気付く。カルネも気付いただろうし、気付かないのは当のユーキ君だけだろうね」
シェルに盛大に暴露され、ディークの顔にどんどん血が上っていく。
本当に気付かれていないと思っていたのだろう。ディークは恥ずかしさのあまりそのまま雪に埋まってしまいたいとさえ思った。
「気付いているのなら、なぜ……」
なぜ自分に優希が好きだという事を言ったのか。
「そんなの、ライバル宣言ってやつだよ。子供みたいだけどな」
また、雪が落ちる音がした。
その音でディークがはっと我に返る。シェルも真顔になり辺りを見渡していた。
ディークが剣を抜き構える。
「シェル、笛だ」
「オーケー!」
シェルが首にぶら下げていた笛を思い切り吹くと、甲高い音が森中に響き渡った。
森に散った仲間を集める笛だ。
その笛の音が鳴り止むと同時に、森の奥から巨大な図体が姿を現した。
「それで?ライバルの件は?」
背負っていた弓を素早く外しながらシェルが問う。
「…………受けてたとう」
小声のやり取りは、集まってきた男達には聞こえてはいないようだった。
カルネの店では、簡単な魔法をかけた道具を売ったり、依頼を受けて強い魔法をかけたりなどをする商売を営んでいるということだった。
店の棚を見てみると、最初に目に付いた瓶以外にも見覚えのある道具がたくさん置いてある。この全てに何かしらの魔法がかかっているという。先日ディークから貰った外套も、カルネから買ったものらしい。
この瓶には、カルネが薬草を調合した薬や、それに少しだけ魔力を加えた薬が入っているそうだ。
更に、この村を覆っている魔法もカルネがかけたものだと聞いて、優希はとても驚いた。
村……といってもかなりの広さがある。カルネのような普通の、優希よりはよほどしっかりした体型だが、女性にこんなに強い魔力があるのが不思議だった。
といっても、優希にはまだ魔法や魔力についてはよく分かってはいなかったが。
一通り雑談を楽しんだあと、カルネから魔法の使い方について講義を受けた。
魔法とは、魔力のある者が精霊の力を借りる事によって行使できるものであること。
魔力は誰しもが持っているが、その大きさは生まれながらに決まっていること。
一般的な魔力の人は火の精霊の力を借りて火を起こすくらいしか出来ないこと。
先日ディークにも言われたとおり、回復魔法はどこか悪いところがないと発動しないこと。
などだ。
優希も頭が悪い方ではなかったが、流石に現実離れした内容に頭が付いていかなかった。
「まぁ、そのうち分かるようになるから」
カルネはそう言って笑うと、まずは火を起こす練習をしましょう。と薪を持ってきた。
先程火の起こし方を聞いていた。
優希は少々緊張しながら薪の前に立つ。
頭の中で対象に火が付くイメージを思い浮かべながら……、火がついて欲しいと念じる。
じっと薪を見つめ続けていると、やがてぽっと小さな火が薪の中に現れた。
すぐにパチパチと小さな音を出し、煙を上げ始める。
「あっ……ついた……!」
何もないところから火が上がったのに驚き、それが自分がやったことだと思うと嬉しくて思わず笑顔になる。
満足げなカルネが薪を暖炉の中に放り入れ、優希の頭をよしよしと撫でた。
「初めてなのによく出来たわね。やっぱりあなたは才能があるわ!」
「そ、そうですか……?」
褒められて恥ずかしくなる。それに少し自信が付いた気がした。
これでディーク達の役に立てるかもしれない。
「じゃあ次はこれをやってみましょう」
その後も、カルネに教わりながら魔法を練習していった。
「少し休憩にしましょうか」
色々な魔法の練習をしていき、少し身体に疲れを感じるようになったころ、カルネが提案した。
優希はほっと息を付いてその場にペタリと座り込む。
「あらあら、ごめんなさいね、少し張り切りすぎたわね」
「いえっ!すごく楽しかったので、俺も疲れてるとか意識してなくって」
心配させてしまったことに気付き、慌ててフォローをする。