雪の王国
それならいいんだけど、と言いながらカルネがお茶を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
店内に漂う花の香りと同じ香りがするお茶だ。
匂いを嗅いだだけで身体の疲れが抜けるようだった。
一緒に持ってきたクッキーをつまみながら、カルネが口を開く。
「ねぇ、ユーキ君はどこからきたの?ここら辺の人じゃないわよね」
優希はギクリと身体を強張らせる。
いつかは聞かれると思っていた。だが、この質問に対する答えを優希はまだ準備していなかった。
「あー……えーっと……」
どう言おうかと考えをめぐらせていると、カルネはどうやら言いたくない事情があるのだと勘違いしたようだった。
「ごめんね、言いたくないなら無理に言わなくていいのよ」
「はい、すみません……」
勘違いさせたようだが、間違いでもなかった。この世界ではないところから来たとは、そう簡単に言えるはずもない。
「ちょっと外を歩いてきてもいいですか?」
これ以上追求されるといつボロが出るか分からない。優希はこの場から逃げるように提案した。
「ええ、いいわよ。あまり遅くならないうちに戻ってきてね」
それを分かっているのか、カルネは優しく笑って承諾してくれる。
いってきます。と小さく断って、優希は店を飛び出した。
外の広場は、先程とは違いひっそりとしていた。
村に残った女達が立ち話をしているくらいで、とても静かだ。
「さて、どこに行こう」
外に出たはいいものの、ここの事を優希は何も知らなかった。
周りをキョロキョロ見渡していると、どこかで犬の鳴き声のようなものが聞こえてくるのに気付いた。
小さなその声は今にも消えてしまいそうで、辛そうだ。
思わず声の方に足を進める。その声はどうやらカルネの店の裏手の森の方から聞こえてきているようだ。
森へ一歩入り込むと、村にかかっている魔法が薄くなっているのか、冷たい風が頬に刺さった。
雪も増えてきて、これ以上進むのは危険かとためらう。
しかし、すぐ前方に声の正体だと思われる物体を見つけ、駆け寄った。
なかば雪に埋もれるように倒れていたのは、優希の身長と同じくらいはあろうかという大きな狼だった。
「……っ!」
狼に本能的に恐怖を感じるが、周りの雪が僅かに赤く染まっている事に気付き、思わず触れる。
その瞬間、優希の手からまばゆい光が発生した。以前ディークの傷を治した時の非ではない強い光だ。
「これは……、回復魔法?」
その光を呆然と見つめているうちに、優希は気を失って狼に覆いかぶさるように倒れていた。