雪の王国
「そうかー、確かに魔術師は結構強い魔力を持ってるから、ユーキ君がどんな魔法を使えるのか教えてくれるだろうね」
魔術師と聞くと、なんだか怖そうなイメージがある。優希は勝手に恐ろしい想像をして、緊張して身構えた。
入り口の扉を開けると、カランコロンと小気味良い音が響いた。ディーク達に続いて中に入ると、まずは壁一杯の棚に大小さまざまな瓶が置かれているのが目に付く。次に何やら花のような、ふわりとした良い香りが鼻をついた。
店内には人の気配がない。奥にカウンターがあるが、そこにも誰もいなかった。店番はしなくてもいいのだろうか。
「おーいカルネー!」
シェルが先にカウンターの方まで進んでいき大声で呼ぶ。どうやら目的の人物はカルネというらしい。
「はーい!」
すぐに店の奥の扉の向こうから、女性の声が応える。バタバタという大きな足音のあと、扉から背の高い女性が姿を現した。優希よりも10cm以上は背が高そうなその女性は、想像していた魔術師とはまったく違う綺麗な女性で、優しそうな笑顔をたたえていた。
「あら、いらっしゃい。ディーク来てたの?珍しいわねー」
ディークを見て挨拶をする。そしてすぐに、ディークの後ろに半分隠れるようにしている優希に気付いたようだった。
「あれ、どちら様?」
勝手に想像していたような恐ろしい魔術師ではなく綺麗な女性だったことから安心して、優希は前に出てペコリとおじぎをした。
「初めまして優希です。」
「初めまして、私はカルネ、よろしくね」
そう言って手を差し出され握手を交わす。カルネの手は女性らしいほっそりとした造りであったが、しかし優希の手より大きかった。
それに気付いてすこし落ち込んでいると、ディークが今回来た理由を説明してくれ、カルネは「なるほどね」と頷いた。
「元々魔力がある人はもっと子供の頃に自然に使えるようになって、更に訓練する事によってちゃんと使えるようになるものなんだけど……。ユーキ君は17歳なのよね?何故今頃使えるようになったのかしら?」
優希は心の中で(この世界じゃない所から来たからなんて言えないよなぁ)と思いながら、
「俺にもさっぱり……」
と呟いた。
うーんと考え込んだカルネに、ディークが声をかける。
「取り合えず優希が使える魔法を教えてやってくれないか」
その声にやっと本来の用件を思い出し、カルネはパッと顔を上げた。
「そうだったわね。今考えても分かる事じゃなさそうだし。……ユーキ君、ちょっとこっち来て」
「はい」
ちょいちょいと手招きされ、優希はカルネの目の前まで進み出た。
「手を出して」
促されるまま手を出すと、カルネの両手に挟まれる。目を閉じて集中している様子だったので、優希も静かに挟まれた手を見つめた。
やがて手がほんのりと温まった頃、ぱっと手が開放された。
「何だか不思議な感じね」
皆が注目するなか発せられた一言に、全員の頭にハテナマークが出たようだった。
「私たちの魔力とはちょっと違うみたいなの。だからちゃんと探れなかったんだけど、奥の方にとても不思議な魔力を感じたわ」
不思議な魔力。それが何なのか、優希達にはまったく検討も付かなかった。
「不思議な魔力とは何なんだ?」
ディークが疑問を口にするが、カルネの答えは「分からない」の一言だった。
魔術師にも分からないような物が体内に潜んでいるという事に、背中が寒くなる。そんな優希をよそに、カルネはニコニコと楽しそうに続けた。
「こんな魔力初めてよ。ねぇユーキ君、今日だけでもいいからちょっと詳しく調べさせてよ」
そう言って、もう直ぐで鼻先が触れてしまいそうなくらい近付かれ、目を覗き込まれる。急なことで驚いたが、優希は我慢して目を見返した。変な気分ではあったが、それは少しの間だけだった。すぐに離れたカルネは「変ね」と呟き、優希達に椅子を勧めた。
「ユーキ、あなたすごく強い魔力を持っているようね。けど、ちょっと私の知ってるものとは違うみたい」
「へぇ。ここの人間じゃないからかな?」
シェルの言葉に、カルネはやっぱりね、と頷いた。
「私達と見た目も違うけど、匂いが違うのよねぇ。……あ、臭いとかそういうのじゃないから安心してね。なんかこう、雰囲気って言ったらいいのかな。……不思議ねぇ」
また、ぐいと顔を寄せられマジマジと見られて、優希は恥ずかしさで顔を熱くした。
「魔法の使い方は教えられるか?」
そんな優希を見てか、横からディークが助けてくれる。優希はカルネから開放されほっと息をついた。
「大丈夫よ。色々教えてあげるわ」
「すみません、よろしくお願いします」
頭を下げると、よろしくね、とカルネに握手を求められる。手を握り返したところで、ディークとシェルが立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ出発の時間だから」
表の方ではさらに人数が増えたようで、ザワザワという喧騒が家の中まで聞こえてきていた。
「あっ……」
咄嗟に付いていこうとしてしまい、自分では足手まといだということを思い出し、唇を噛んだ。
狩りというからにはそれなりの危険が伴うのだろう。自分にしてあげられる事は何もない。ここで大人しく待つだけだ。それが悔しくもあったがしかたがない、いつか役に立てるようにカルネから魔法を学ぼう。
そう思い、少しでも明るく送り出そうと優希は精一杯微笑んで二人を見た。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
優希がそう言った瞬間、二人の動きが止まった。ディークは顔を真っ赤にし口元を押さえている。
「ユーキ君!かわいい!」
シェルはというと、パァっと笑顔になるとそう叫んで優希を思いっきり抱きしめた。
「うぇっ?!」
急に抱きつかれたため、そんなおかしな奇声を発してしまう。訳も分からずもがいていると、シェルは頬を優希の頭にスリスリと擦り付けてうっとりと呟いた。
「その笑顔は反則だよー。はぁ……。俺もう今日は狩り行かないでずっとユーキ君と一緒にいようかなぁ」
「ちょっ……!シェルっくるし……」
シェルの胸に顔を押し付けられてうまく呼吸ができず、優希は必死でもがいた。呆然と口元を押さえていたディークが我に返り、今度は鬼の形相でシェルを優希から引き離し、自分の胸に守るように優しく抱きいれる。
「ぶはぁ!……ディークありがと」
とんとんとディークの腕を叩き(もう大丈夫だよ)と伝えたが、一向に離す気配が無いため訝しげにディークを伺い見た。
恐ろしい顔でシェルを睨み付けており、シェルも少し顔をしかめて見返している。
何故こんな事になったのか優希にはまったく分からず、どうしたら良いのか考えていると、横からカルネが手を叩いて二人の注意をそらした。
「はーい。二人とも落ち着きなさい。ユーキが困っているでしょう。」
カルネの手がやんわりとディークの腕を外し、優希はディークの胸を抜け出した。
カルネは何か言いたそうなシェルとまだ不機嫌そうな顔のディークの背中を押し、あっという間に外に追い出してしまった。
「早く行かないと置いてかれるわよ!」
「あ、俺今日はユーキ君と一緒に……」
「シェル行くぞ」
戻ってこようとしたシェルを今度はディークが無理やり連れ出していく。