雪の王国
「最初からそれが目的だったんだろ」
「失礼だなー。たまたま食事中だったからどうせならご一緒しようと思ったんだよ。ダメかな?ユーキ君」
突然許可を求められ、優希はどうしたらよいか分からないといった風にディークを見た。ディークの友達が遊びにきているのだから、もてなすのは当たり前だろう。
「多めに作ったからもう一人分くらいならあるよ」
ディークは深くため息をつき、「頼む」と優希に言うと、シェルの向側に座った。
優希が急いでもう一人分用意し、食卓に並べる。食卓には面倒くさそうなディークとニコニコしているシェルが向かい合って座っており、どちら側に座るか迷ったが、ディークに隣に呼ばれてそちらに座ろうとした。だがシェルにグイと腰を抱き寄せられ、結局シェル側に座る形になってしまった。
「おい」
とたんにディークから恐ろしい空気を感じ、優希はなぜディークが怒っているのか分からないが、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。シェルは気にしていないのか、優希の腰に手を回したまま可笑しそうにしている。
「ユーキ君って小さいねぇ。ディークってああ見えて小動物とか小さくて可愛いもの好きだから、きっとユーキ君を取られて嫉妬してるんだよ」
「おい!」
とたんに面白いくらい真っ赤になったディークが机をバンと叩き立ち上がる。今にも殴りかかりそうな状態になって漸くシェルは優希の腰から手を離した。
「ディ、ディーク落ち着いて……」
暗に自分が小さい・可愛いと言われた事にも気付かず、優希は突然怒り出したディークを必死に宥めた。それを見てシェルはもう耐え切れないと言うように笑い出す。爆笑だ。
「ユーキ、こっちに座れ。そいつの隣になんていたら馬鹿がうつる」
そう言われ今度はディークの隣に座らせられ、先ほどからの展開に付いていけず、疲れを感じて軽く頭を抱えたのだった。
ディークはまだ怒っているようだが、優希を隣に座らせて少し落ち着いたようだった。
シェルも落ち着いて、ごめんごめんと片手を上げている。
「ほら早く食べないと冷めちゃうよ?ユーキ君が作ったんでしょ?おいしそうだなー」
「お口に合うかどうか分かりませんが……」
「敬語なんて使わなくっていいよー。じゃ、いただきまーす」
そう言われても、先ほど会ったばかりの相手にいいのだろうかと迷ったが、そう言えばディーク相手にもまだ出合って数日だが敬語はやめたんだと思い出し、後も先も一緒だと割り切ることにした。
シェルは既に食べ初めて、おいしい、料理上手だねなどと一口食べる度に褒めてくれ照れてしまう。ディークはもくもくと食べているが、気にせず優希も食事に取りかかった。
食事も終わり、優希が食器の片づけをしに不在になった隙に、シェルがニヤリと笑いディークを見た。
「村は煩いからって一人でこんな所に住んでる一匹狼がまさか誰かと一緒に住むなんて思わなかったな」
「ユーキは行くところがないんだ。仕方がないだろう」
明らかにからかっている口調にイライラとしてぶっきら棒に答える。
「へーそりゃまたどうして。家出でもしてきたのか?ここらじゃ見ないくらい小柄だよな」
「お前には関係ない」
「ふーん。いいよ、ユーキ君ともっと仲良くなって直接聞くからさ」
この地域の人間は男も女も皆背が高く、優希の身長は子供と同じくらいしかなかった。二人とも優希を始めてみた時、子供かと思ったが、落ち着いた雰囲気から人種が違うのだろうと納得していたのだった。
「それで、何の用事で来たんだ」
そこで漸く本題に移る。シェルはそうだそうだと今思い出した風に話し始めた。
「うちの爺さんがさ、久しぶりに夢を見たとかで、それを伝えに来たんだよ」
「ほう、久しぶりだな」
夢、とは普通の夢とは違う。シェルの祖父が見る夢は現実となる、所謂予知夢なのだ。ここ数十年そういった夢は見ていなかったため、すっかり忘れられていた。
「そう久しぶりだからさー。村は大騒ぎでさ、伝えに来るのが遅くなったんだ。すまないな」
「いや、いい。で、内容は?」
そこに、丁度良く優希がお茶を持って戻ってくる。シェルは渡されたお茶で一息つくと、優希に自分の祖父が予知夢を見ることが出来るという説明をし、暫くの沈黙で勿体つけたあと、漸く口を開いた。
「春が来るらしい」
「なんだと!それは本当か!」
大げさなほど驚いたディークは、そのまま信じられないといった風に目を見開いている。正直優希には驚く意味が分からなかった。
「春が来るのなんて当たり前じゃないの?」
何気なく指摘したつもりだったが、それも驚くべきことだったらしい。驚きの視線は今度は優希に注がれていた。
「えっ?俺変なこと言った……?」
「ユーキ、ここは春が来ないんだ」
ディークの短すぎる説明では理解できず、頭を傾げる。春が来ないとはどういうことだろうか。外の状態からして明らかに今は冬であるし、暫くすれば雪が溶けて春になるのではないのか。
「ユーキ君はやっぱりここの国の人間ではないんだね。ここはね、ずーっと冬なの。だから、冬が終わることもないし、春も夏も秋もないんだよ」
シェルの詳しい説明でやっと理解した。それなら春がくるというなら嬉しいだろう。何しろ冬は作物も育たない不毛の季節だからだ。
「そうなんだ……。ずっと冬って、大変だったろうな」
「大変なのは俺たちだけさ。殆どの人間は楽園で暮らしてるからね」
「楽園?」
「こことは真逆の、一年中温暖な場所だよ。この国は元々気候が厳しくて、一年の殆どが冬だったんだ。でも短くてもちゃんと春も夏も秋も来るし、その間に冬に向けてじっくり準備することができたんだ。でも当時すごく強い魔力を持っていた人が、住みやすいようにって季節を固定させちゃったわけ」
説明を聞いていて、ふと疑問に思う。季節を固定と簡単に言うが、普通季節の固定などできるのだろうか?優希の知っているゲームや本の中の魔法というのは、できて天候を操るくらいだろう。
それに、何故ここは温暖ではないのだろうか。
優希が疑問に思っていた時、黙って聞いていたデュークが口を開く。
「数百年前の話だ。どういう魔法を使ったのか、一般人は知ることが出来ない」
「もっとも、その魔法を使ったところで、一部分しか温暖にはできかったようだけどね。その代償か、その他の国内は一番厳しい冬で固定されてしまった」
「それは酷いな。でもどうしてディーク達はその楽園で暮らさないの?」
温暖な場所があるのなら、そこで暮らす方がいいのではないか、わざわざこんな厳しい環境の場所にとどまっている必要はないように思えたのだ。シェルはうーんと考えると、困ったような顔をした。
「俺たちは原住民ってやつで、その楽園に住んでるのが移住民なんだよ。移住民は原住民をあまりよく思ってないから……。それにこっち側の古い人間は地元を離れるのを嫌がるからさ」
「あーそうだよな。誰でも生まれ育った場所って特別だもんなぁ」
「俺は楽園でもこっちでもいいんだけどさ。あ、ユーキ君、行くとこないなら楽園で一緒に住もうか?」
「何言ってるんだ」