雪の王国
優希のために使っていたお湯とタオルを片付けている男を見る。
男は寝ている優希からみても身長が高く見えた。200cmはあるのではないだろうか。
厚着の服越しにもがっしりとした筋肉が見て取れた。
ここに住んでいるこの男ならここがどこなのか分かるだろう。無口で怖そうな印象の男だが、勇気を出して声をかけようとすると、男の方が先に言葉を発した。
「ディークだ」
男の名前だろう。ディークは振り返り暖炉の近くの椅子を持って来て座った。
まだ自己紹介をしていなかったと思い出し、優希は頬を赤くした。
「俺、優希っていいます。助けてくれてありがとう。ディークさん」
にっこり微笑んで改めて礼を言うと、ディークは眉をピクリと動かし、気まずそうに視線を逸らす。
「?」
「ユーキ、少し聞きたいことがある」
目線を逸らしたまま言葉を続ける態度に疑問を持ちつつも、身体を起こしてどうぞと促した。
「何処から来た?」
予想していた質問だった。優希とディークの服装はまるで違う。それに突然雪原に薄着の人間が倒れていたのだ、この地の者だと思う方がおかしいだろう。
「日本から来ました」
「……ニホン?聞いたことが無いな」
ディークは日本を知らないようだった。これには優希も驚いた。
日本ではない異国だとしても、言葉が日本語で通じるのだから、日本を知らないはずはないと思っていたのだ。
「え?!じゃあ、ここは何と言う国ですか?」
「ここはレシファウムだ」
初めて聞く名前だった。優希は自分が本当に異界へと来てしまったのだと痛感した。
優希が呆然とした顔をしていたからだろう。ディークはためらいがちに優希の頬に触れた。
何の苦労も知らない優希の頬は柔らかく綺麗で、ディークの手は硬く武骨だった。
「何か訳有りのようだな」
心配そうな声に優希の胸に一気に熱いものが込みあげる。優希は自分の知る世界から切り離された孤独を感じてどうしようもなかった。
「お、おい泣くな」
涙を零さないよう必死に堪えているのだろう。優希は俯き、毛布をギュッと握った。
おろおろとディークの手が背中をさする。
「俺、どうしてここに来てしまったのか分からないんです……。洞窟を進んでいったらここに出て、戻ろうにも洞窟がなくなってしまって……。俺……もう戻れないんですか」
声を絞り出し、優希は縋るようにディークを見た。
ディークの精悍な顔には僅かに心配の表情が浮かんでいる。
「俺が知る限りでは、今まで別の世界から人間が来たなんて聞いたことがない」
前例がないのだ。戻る方法など、ディークに分かるはずもなかった。
「戻る方法が見つかるまでここにいるといい」
「え……でも……」
「気にするな。一人暮らしで部屋は余っている」
悲しそうな顔をしている優希を心配してくれたのだろう。
申し訳ないとは思うが、帰る場所が無くなってしまった優希にはありがたかった。
「ありがとうございます」
正直まだ夢だと期待していた。しかし、現実なのだ。
優希はこれから、この厳しい寒さの土地で暮らしていかなければいけない。
心の整理には、まだ少し時間がかかりそうだった。
それから、落ち着くまで一人にしてもらい、身体を休めながらこれからのことを考えた。
優希を助けてくれたディークは一見怖そうだが、とても優しい男だった。
彼も気にするなと言っており、帰る方法が分かるまでお世話になる事に決めた。
突然いなくなってしまい、優希の家族はきっと心配しているだろう。だからこそ、いつまでもウジウジ悩んでいないで、頑張って変える方法を探そうと思った。
それをディークに伝えると、「出来る限り手伝う」と言ってくれ、優しく微笑んで頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。