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りんみや 陸風4

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 いつも通りの葛の声で電話は途切れた。ぼんやりと電話を見ている。あの世界に自分はつい最近まで居た。刻々と変化する情勢の中で溺れないように常に気を張っている世界だった。それは、もう自分から遠く離れてしまった。置き去りにされたように寂寥感を感じる。ひとつずつ、知らない間に手配されて、自分は仕事というものから切り離された。ぽつんと個人の城戸陸風に戻ってみると、なんと自分は小さいのだろうと思う。何もないのだ。家族も趣味も・・・仕事以外のものを自分は持たなかった。ぷつりと緊張の糸が切れたように感じた。厭世観などというものが頭をぐるぐると回って、何もかもが虚しく映っていく。
「りっちゃん、みあが居る。絶対にみあはりっちゃんの傍を離れない。りっちゃんはひとりじゃないっっ、みあがいるっっっ。」
 ドンと足に衝撃が加わった。小さな子供が体当たりしてきた。よろよろと城戸が座り込んで、子供を抱き締めた。もう何もない。子供以外に自分を人間でいさせてくれる術はなくなってしまった。離せば、自分は感情も無くしてしまう。これ以上にどれかひとつでも手放したら、自分は人間ではないものになるだろう。昔、ゆきが逃げ込んだところに自分も逃げてしまう。
「だめっっ、逃げないで。りっちゃんはみあと一緒に居るの。みあの傍を離れちゃ駄目。・・・りっちゃん、りっちゃん、みあはここにいるっっ。」
 必死の形相で、子供が城戸を叩いている。痛みすら感じないほど城戸はぼんやりとしている。遠いところへ行ってしまう。それだけは絶対にさせない。非力な子供が叩いたところで、城戸には痛みは感じさせられない。ゆきが自分に残してくれた唯一の形ある贈り物だ。これは生涯、自分のもののはずだ。
「りっちゃん、ゆきのところへ行かないで。みあをひとりにしないでっっ。」
 その叫び声で、多賀が動いた。虚ろな様子の城戸の頬を強く平手打ちした。そしてガタガタと城戸を揺さ振った。
「おい、リッキー、しっかりしろっっ。おまえはとしちゃんと約束したんじゃないのか? このガキの世話を、としちゃんに頼まれたんだろうがっ、最後の頼みごとくらい聞いてやれ。」
 望むことを滅多に口にしなかったゆきが、最後に自分に託したものは、小さな娘の行く末だった。自分は娘に付き合う時間はないから、頼みたいとゆきは言ったのだ。あの時、ゆきは知っていた。そして、自分も知っていた。それが別れの挨拶で、長くはないのだと暗に城戸に伝えた。わかっていたのに、それでも認められない。
「・・・なんで・・・ゆきは死ななくちゃならなかったんだ。・・・俺は認めない。ゆきはもっと幸せにならなきゃいけなかったのに・・・ゆきはもっと笑っていなきゃいけなかったんだ・・・もっと・・・もっと・・・」
 何にも知らない。広い世界のことも、美しい景色のことも・・・ほとんど、篭と箱庭で生きていた壊れた小鳥は何も知らないままに眠ってしまった。たくさんの幸せな思い出を作ってやりたかった。眠りたくないと思わせてやりたかったのに、それは叶わなかった。やはり、小鳥は眠ることに憧れて、ようやく終焉を迎えることに安堵した。それが、あの最後の光景だ。誰にも看取られることもなく、ただ、悲しませないように静かに眠ってしまったのだ。そんな終わり方をさせたことが辛かった。
「りっちゃん、ゆきは、りっちゃんに、「ありがとう」って何度も言ってたよ。すごく楽しくて幸せだったって喜んでだ。だから、りっちゃん、ゆきは悲しいことなんてない。天国で待ってるって、りっちゃんが来たらお礼を言いたいって・・・ゆきは幸せだったの。ものすごく幸せだったから、りっちゃんは泣いちゃ駄目。ゆきが困るでしょ? 」
 子供が母親から見せてもらえる映像で、何度もりっちゃんにお礼を言っていた。どんなに大切にしてくれたか、それを嬉しそうに話していた。儚げな微笑みのゆきは、とても嬉しかったのだと子供にもわかるほどに丁寧に城戸のことを伝えていた。何もしてやれなかったと嘆く城戸の言葉とは裏腹に、ゆきはたくさん思い出を貰ったよと微笑んでいる。どちらが正しいということはない。受け止めたゆきの言葉のほうが子供にはわかる。むしろ、貰うばかりで何も返せないから、子供に代わりに返してほしいと頼んだくらいだ。
「リッキー、実の親と同じくらい、おまえはとしちゃんを大切に守ってやった。あれ以上には誰にもできない。・・・これからは、この子を大切に守ってやるんだ。」
 城戸の呟きに、多賀のほうも慌てた。何もしてやれなかった、と城戸は嘆く。あんなに大切にしていたくせに、あれでも足りないと城戸は思っているのだ。壊れているのだと多賀にもわかった。手元からなくしてしまったものは城戸にとっては生き甲斐だった。それ以外の生き甲斐のない城戸は認めると生きる意味を無くしてしまう。だから、逃げていた。事実を認めさせられることから、その事実を如実に著している場所から、逃げていたのだ。仕事という、逃げ道を無くして城戸は隠れようとしている。それをさせたら終わりだ。ガラガラと音を立てて城戸の心が倒壊していく。止める手立てはあるだろうか。多賀は一瞬戸惑いながらも、子供を抱き上げた。
「おい、クソガキ・・・わかってるだろうが・・・俺は本気だ、いいな?」
 返事など待っている暇はない。手近の輸液のボトルを叩き割って欠けらを子供の手に滑らせた。するりと傷口が開いて血が流れる。
「リッキー、おまえが子供を守らないなら、俺は子供を傷つける。それでもいいな? どんどん傷つけて、しまいには失血死だ。それでいいんだな? としちゃんの娘はとしちゃんのところに先に逝かせるぞ。それでいいんだな? 」
 ポタリポタリと床に血が落ちる。多賀は医者だから手加減はしている。それでも結構な傷だ。強気の子供といっても怪我には弱い。痛い、痛いと泣いている。泣き声が届いたのか、目の前の光景に城戸の瞳に色が戻る。 多賀の手から奪い去る様にして自分の腕に隠すと同時に多賀を蹴り飛ばした。
「バカ、何してるんだっ。」
 突然に視界に現われた光景に城戸は立ち戻った。慌てて子供の傷を押さえている。止血しなければ、と包帯を探す。その城戸の首に傷ついた腕がまわった。
「どこにも行っちゃやだっっ。りっちゃんはみあの傍にいないと駄目なのっっっ。絶対にどこにも行かないで。」
「うん、大丈夫だよ、美愛。私はどこにも行かない。ずっと美愛の傍に居る・・・約束する。おまえが大空に飛び立つ日まで、傍に居る。」
「絶対よ、絶対に、りっちゃんは離れちゃ駄目。」
「うん、絶対に・・・約束する。・・・何をやらかしたんだ? ガラスでも悪戯したのか? おい、タガー、そんなところで転がっていないで手当てしてくれ。」
 いつも通りの城戸に戻っていた。それまでのことは覚えていないらしく、蹴り飛ばしたことも記憶に残っていない。蹴られ損というやつだ。けれど、正気には還ったから、作戦としては成功だ。
「大したことはない。薄皮一枚のことだ。止血して消毒する。」
 救急箱から必要なものを取り出して、子供の傷を手当てした。べったりと血糊がついている城戸のパジャマを着替えるように指示する。
「ついでにシャワーも浴びて着替えろ。」
作品名:りんみや 陸風4 作家名:篠義