天気予報はあたらない
「ほんとに、無理だって、どうやったって笑っちまうもん。」
学園祭本番を間もなく控え、練習にも熱が入るころ、俺はどうしようもないスランプに陥っていた。どうしても気恥かしくて、俊二の顔が見れない、というか、見たら笑ってしまうのだ。原因は、やはりその俊二なのだから、もうこれはどうしようもない。
「てめぇ、本気過ぎんだよ。」
俊二の演技が本気過ぎるのだ。
部活も授業も何事にも全力投球なのが俊二のいいところなのだが、まさか、たかが学園祭のためにここまで役になりきっているなんて思わずに臨んでしまった自分ももちろん悪いのだが、それがたまらなくおかしくて仕方がないのだから、俊二にも責任があると思っている。
「ケータこそ、なんで役にはいらねぇんだよ。」
「こちとら、性別を超越してんのじゃ、そんな簡単じゃねぇよ。」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。」
ちゃっかり、舞台監督というポジションに落ち着いている悟志になだめられる。
「ケーちゃんだってだいぶ克服してきたんだしさ、ほら、ほかのシーンは完璧だろ。」
そうなのだ。自分で言うのもなんだが、最初に比べたら、格段に女の子に近い演技ができるようになった。夢見る女の子のように、『いつか王子様という名のセレブが迎えに来てくれるわ。』なんてセリフは、教室で衣装を作っている女子から、黄色い悲鳴が出るくらいなりきっているし、小人あらため自分の取り巻きの冴えない男子たちに対する、思わせぶりな態度は自分でもびっくりするくらいうまいと思う。
「だからって、物語の一番肝の部分から進まないんじゃしょうがないじゃん。」
そう、問題は俊二との、つまりセレブな王子様とのキスシーンがどうしても笑ってしまうのだ。
本来であれば目をつむっていれば、至近距離まで俊二の顔がせまろうが、なんとも思わないのだが、なぜか、目をあけたまま催眠薬によって永遠の眠りにつくという余計な設定が邪魔をする。悟志に、現代風なのだからなんか秘薬とか飲ませる感じでいいじゃん、と変更をせがんだが、王子様と姫様のキスシーンは外せないというよくわかんない意向のために却下になった。
「あー、もういい。悟志、休憩。」
悟志にそういうと、教室から飛び出す。
たぶん、こういう時、悟志はオレのフォローをしてくれているのだろう。今日だって俺が出て行った瞬間に、主演女優さんの機嫌が悪いので休憩にしまーす、というふざけた声が聞こえ、クラスがちょっとした笑いに包まれたのが聞こえた。
こうやってクラスの空気を、あっちだって大変なのだ仕方がない、という空気にかえてくれるのだ。
ほとんど、俺のわがままなのに、本当にありがたい。
だからこそ、頑張りたいのだ。
けれど、なかなか自分の中のスイッチが本気モードに入らない。
それが、もどかしい。
「ケータ、どこ行くんだよ。」
急に、手首をつかまれたと思ったら、真剣な顔をした俊二がいた。
「屋上。」
「待てよ。おれも行く。」
二人で沈黙したまま、階段をのぼり、ドアを開く。学校中が必死に作業を行っているため、そこには誰もおらず、二人だけの空間ができあがる。
「ケータ、聞いて。」
沈黙を破るように、俊二が話し出す。
「おれは、どうしてもこれを成功させたいんだ。」
今日の天気は青空で、太陽が強く屋上を照らす。日陰に座り込む俺とは対照的に、太陽をバックに語るその姿はまさにスターだ。こういう時、やはりこいつには天性の何かをひきつける力があるのだと感じる。
「おれはこのクラスが好きだ。だから、なんとしてもいい思い出が作りたいんだ。」
「そんなの、おれも一緒だよ。だから、頑張ろうと思ってる。」
どんなになし崩しで始まったとしても、仕方なくはじめは取り組んでいても、やはり、思い出は大切にしたいのである。そういう気持ちは、自分にだってあった。
「でも、できないんだよ、うまく。」
そういうと、うつむく。こんな情けない顔、怖くて俊二には見せられない。
「おれが、王子役やるって言ったわけ知りたいか。」
知りたくないといっても、たぶん、俊二は言う。
だから、黙る。
「お前と、ケータと今年で離れてしまうかもって思ったら、いてもたってもいられなくなった。だって……。」
「だって、何。」
うつむいていた顔を上げる。
「おれたち、幼馴染だから。たったふたりの幼馴染だから。」
なぜ、笑うのだ、そこで。
見上げた俊二は笑っていた。ここは感動する場面だろ、と思ったが、なぜかそれが俊二らしくて、こっちまで意味もなく笑っていた。
「あーあ、悩んで損したかも。」
「なんだよ、ケータ。」
いつものアヒル口。拗ねたりする時にする俊二のくせ。これも、幼馴染だから知りえたこと。
「おれも、俊二との時間、大切にしたい。」
日陰から立ち上がる。俊二のいる日なたへ飛び込む。
「おー、じゃあ、景気づけに、本気で一回練習するか。」
「うん、なんかできそうな気がする。」
「じゃ、キスシーンからな。」
俊二がそういうので、俺は横になる。もちろん目をあけて。
「おお、なんて美しいのか」
笑わない、笑わない。
あいつが、本気でやっているのだから、俺もそれにこたえる。
「いまからお前をこのキスで目覚めさせてやろう。」
俊二の整った顔面が近づいてくる。やはりこうしてみると、光をバックにしているせいか、いつも以上にかっこいいのだと意識させられる
さん、に、いち。
「んっ。」
なんでほんとにキスしてんの、俺。
なにが、起こったんだ、わからない。
「何してんだよ。」
あわてて後ずさりし、急いで口を拭う。
「あ、い、いや、本気でやってたから。その、しちゃった、キス。」
もはや、俊二はしどろもどろだ。たぶん、本気で何も考えずにしてしまったのだろう。
耳は真っ赤になり、かなり動揺している。
「な、にしてんだよ。」
「ケータこそ、なんて顔してんだよ。」
何、言ってんのお前。
お前とのキスなんてなんのこともない、はずだ。
ただの友達同士の、ふざけあいだろ。
普通みたく、気持ち悪いことすんなや、って悪態をつけ。
ほら、しかめっ面してさぁ、できてるだろ。
なぜ、そういうことをいう。
「あー、いまのなし、忘れろ。」
「言われなくても、忘れてるし。」
お互い、視線が定まらない。
「あー、とにかく、ケータ、練習戻るぞ。これ以上、悟志待たすのかわいそうだしな。」
「先、行って。すぐ行くから。」
「おう。」
俊二の後ろ姿を見送る。バタン、と立てつけの悪いドアの音がした瞬間に、涙が止まらなくなってしまった。
気付いてしまった。
なんで、キスシーンができなかったのか。
いつも俊二ばかり見ているのか。
幼馴染という言葉がこんなに切ないのか。
俺が俊二に知らないうちに恋をしてしまっているということが。
知ってしまった。
きっと、もう、戻れない。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂