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天気予報はあたらない

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 一言、踏み出す。

 「けーちゃん、いや、えっと、啓太は俊二のことが好きで、それで……。」

 次の言葉を紡ごうとした瞬間に自分の携帯電話が大きく鳴動した。ポケットの中にあれば浩二も気づかなかっただろうが、先ほどいじっているときにテーブルの上に出しっぱなしだったことがあだになったようだ。

 「あーもう、タイミング悪い。」

 折角、心をきめて話し始めたのにも関わらず鳴る携帯を開かずに止めて、元の話題に戻ろうとする。

 「ごめんな、鳴っちゃって。」
 「いっすよ。それより出なくていいんすか。別にオレ気にしないっすけど。」
 「いいの、いいの。」

 そう言って、話を続けようと試みる。しかし、とうの浩二は逆になぜかこの俺がメールを確認しない状況が気になってしまっているらしく、確認だけでもしてみたら、と携帯を指し示す。

 そこまでさせて、何もなかったかのように話すこともできなかったので、確認だけと思い、携帯を手にする。きっと、この時間だから迷惑メールだろうと思ったのだが、その相手がそうではなかったので、驚いて思わず声に出してしまった。

 「俊二……。」

 しまった。よりによって、いま出すべきじゃない名前だということくらいわかっていたのに、思わず出てしまった自分の不注意さ加減にほとほとあきれる。

 とうの浩二はというと、確認することを薦めたくせに、妙に不機嫌だ。

 「俊さんなんすか。」

 声が鋭い。人違いだよ、と嘘でも誤魔化せばよかったのだが、それもできない雰囲気に背筋が凍りつく。

 「いや、別に……。」
 「俊さん、なんすね。」

 どうやら浩二は後には引かないようだ。観念したほうがいいだろう。

 「……、うん。」
 「俊さん、何だって。」

 そう言われて、もう一度携帯のメール画面を開く。先ほどはあまりのタイミングの悪さに一瞬しか見えていなかった内容を、まじまじと見つめなおす。そして、そこに書いてある文字を一字一句違わず浩二に伝える。

 「今、大学の近くにいるんだけど、もうすぐ始発動くから、会えないかって。」
 「なんだよ、それ。」

 浩二の顔が見る見るうちに怒りに染まってく。怒気を孕んだ声で、言葉を続ける。

 「あいつ、許せねぇ。あいつのせいで兄貴があんななってんのに、遊び歩いてんじゃねぇよ。」
 「こ、こーちゃん、そんな、別にそう決まった訳じゃ……。」

 先ほどまで、俊二のことを『俊さん』と呼んでいたのが、急にあいつ呼ばわりになったことに動揺する。俊二のことだ、きっと家に帰っていないことに何か訳があるに違いない。

 そう思っているのだがなかなか上手にフォローをすることができずにいた。

 「それよりさ、けーちゃんのことまだちゃんと説明できてないし。誤解して……。」
 「呼んで。」
 「え。」

 浩二の口からどんどん漏れてくる言葉に、自分の状況予測がついていかない。全員が全員、勝手に突っ走ってしまっているのだ。だから、それぞれの思惑の結末に何があるのかも、誰にもわからないし、それ故に、それぞれが、自分の思うままにしか進めていない。

 多分、浩二の頭の中には、もう目の前の俺の存在なんてほとんど消えてしまって、啓太のことしかないのだろう。

 あまりにも、惨めだ。

 さっきまで、この状況下で脳内デートを妄想してしまっていた自分も、そのために啓太を利用した自分も、浩二の啓太への態度に嫉妬してしまった自分も、全部、惨めだ。

 はじめから、俺なんて誰の中にも存在していなかったというのに。

 「丁度いいや。直接、あいつに聞くから。兄貴のこと、全部。」
 「こーちゃん……。」

 もう、そうするしかなかった。そう言った、仲介者として利用されるしか、もうこの問題の中における自分の価値なんて皆無なのだから。

 「うん、わかった。ちょっとまってね。」
 「悟志さん、ありがとう、わかってくれて。」
 「そりゃ、そうだよ。早く解決してあげたいもん。」

 何を言っても自分の中で消化できずに、に垂れ流されてしまう気持ちのない言葉ばかり。それでも仕方がないのだ。

 自分がメッセージを発信したところで、対角線上に居る彼らには何も届かないことがわかってしまったのだから。だから、中継点でもここに居てもいいことが、少しだけ嬉しい。

 ――ありがとうか、辛いな……。

 そのなかで、先ほど浩二に言われたありがとうを何度もリフレインさせる。嬉しいはずなのにこんなに切ないのはなぜなのだろう。

 そう思いながら、俊二に、なんの変哲もないメールを作成する。

 『いつもの、駅前のマクドナルドにいるから、おいでー。』

 そう、打った。いつも通りの文体で、いつも通りのテンションで、いつも通りのキャラクターで、俊二に何も違和感を持たせないように、打った。

 「じゃあ、送るね。」

 そう言い、送信ボタンを確実に押す。その様子を見る浩二の様子を見るが、その目はもう俺に向いてはいなかった。視線を辿れば俺の手の中にある携帯で、例えば俺が今、どれだけ悲しい顔をしていたとしても、その微妙な変化には気づかないだろう。

 意外と返事は早かった。返信してから五分と経たないうちに自分の携帯のバイブが再びテーブル上でけたたましく鳴り、俺たちの間に緊迫した空気を差し込んでくる。

 メール画面を慣れた手つきで開き、その内容を確認する。自分からの返信を見て速攻送り返したのだろう。了解の二文字だけそこに存在していた。

 「俊二、来るって。」
 「そっすか。」

 これで、中継地点としての役目は全部終えてしまった。もう、俊二が来るまで、この話は一切動くことはない。俺はこの店内の中でただの二酸化炭素を吐く無駄なものなのだ。きっと、店内の観葉植物よりも役に立つことはないだろう。

 「なんか、こーちゃん見てたら、やっぱなんか食べようかな。」

 浩二の顔は、すでに真剣さを帯びていた。もう他愛のない話をするのは無理な空気感を漂わせていたので、それに耐えられずに適当な理由をつけて席を立つ。

 「待ち合わせ、ここにしてよかったな。こんなにメニューがいっぱいあるんだし、気が紛らわせられるや。」

 さて、俊二が来るまでの間、何を食べようか。そうだ、揚げものにしよう。深夜は時間がかかるってさっき言ってたし、時間稼ぎになるや。

 「すみません、フィレオフィッシュ、一つで。」
 「ただいま、お時間頂いてますが、よろしいですか。」
 「大丈夫です。いつでも。」

 ふと入口を見ると、夜が白んできていた。

 始発まで、もう少しだ。

作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂