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天気予報はあたらない

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 「こーちゃん、意外と、早い。」
 「そっちが遅いんす。」

 俺が駅の近くのマクドナルドの前の駐輪所に着くと、浩二はすでに着いていて、俺が視界に入ったとたんあきれたような顔をしていた。

 「ごめん、ちょっと準備に手間取っちゃって。」

 本当にあのバラエティーは見なければよかったと思う。そうしなければ、こんな気持ちを何度も確認しなくて済んだし、男前な浩二の顔をしかめっ面にして台無しにすることなんてなかっただろう。そう考えている合間にも浩二は目で訴えかけていた。

 「悟志さん、オレ、だいぶ待ったんすけどぉー。」
 「あー、もうわかったって、なんか奢るからさ。その顔やめろよ。」
 「あざーす。」

 自分の意図していることが叶っただけで、こんなにも嬉しそうに笑うのだ。そんなところに惹かれているのは事実で、浩二の魅力の一つである。

 ただ、今日はそんな自分の色恋沙汰のためじゃない。これが二人だけのデートだというのなら、心が弾んで仕方がないのだが今は違う。

 俺は、俊二と啓太の間に何が起きたのかを知る友人として、浩二は啓太を放っておけず、守ってやりたいと思う弟としてこの場に来ているのだ。

 そう思いながら二人で注文カウンターへと進む。深夜に働いているお兄さんが満面の笑みで『いらっしゃいませ』と言うと、注文を待ち構える。深夜に物を食べる気も起きないので、簡単にコーラを注文すると、ただいまキャンペーンをやっているらしく、Lサイズでも百円だと言われたのだが、そんなに飲める気もしなくて、『Mサイズでいいです』と断りをいれた。

 「こーちゃんは、なんにする。」

 そう聞いた時にはもう決まっているようで、メニューを指さし店員さんに告げる。

 「おれは、チーズバーガーをセットで。」
 「食べんのかよ、夜中だぜ。」
 「奢ってくれるんでしょ。」

 そういうと飄々ともう一品追加しようとメニューに目を落とす。さすがに体が大きいだけあって食べるんだな、と思って見ていると納得いくものに決まったようで、笑顔のまま突っ立ている店員さんに告げる。

 「あ、やっぱ遠慮しないで好きなやついこっと。店員さん、フィレオフィッシュ、追加で一つで。」

 少しだけ、どきっとした。自分の好きだった幼馴染の鉱物がこれで、今好きになりかけている男が同じものを注文したという事実だけなのに少し動揺してしまう。

 ――なんだ、俺はフィレオフィッシュが好きな男が好きなのか……。なんだよ、それ。

 こんな少女漫画みたいなときめきなんてこの場には微塵も必要ないのに、二人っきりという状況が頭を侵していく。

 「ただいま、お時間頂いてますが、よろしいですか。」
 「いっすよ。」

 店員さんの無機質なカットインによって我に返ると、浩二が慣れた感じで店員の対応を軽くあしらう。

 「ごちそーさんです。」

 キラキラとした笑顔で振り替えたふざけた感じでお礼を言われる。少しだけいらっとしたので皮肉交じりにコメントを返す。

 「お前、何しに来たんだよ。太るぞ。」
 「俺、成長期なんで、エネルギー必要なんすよ。それに、」

 ふと真剣な表情にかわると、少しトーンの低い声で言う。

 「わかってますよ。俺にとって、兄貴は絶対なんですから。」

 だめだ、嫉妬する。浩二にこんな風に愛されている啓太が羨ましくて仕方がない。浩二の中のそのポジションに自分が慣れたら、つまり、自分の迷える手を引いてくれたらどんなにいいだろうか。

 「わかってんならいいよ。俺、先行って座ってるから、できたらもってこいよ。」

 そう言い会計を済ませて立ち去る。この気持ちが爆発してしまう前に、一度小さく距離を置く。

 ――何考えてんだ、俺。

 こんな事をしにきたわけじゃない、と自分に何度も言い聞かせる。適当なテーブルに座り待っている間に手持無沙汰になって携帯をいじる。

 といってもこんな夜遅くにメールをくれる奴なんてそうそういないのだから、いじっていたところで携帯の電池を消耗するだけなので無駄なのだから、いじらない方がいいのだが、こうやって誰かを何もせずに待つというのは、なぜか耐えがたいのだ。

 「おまたせっす。」

 しばらく意味のない携帯いじりをしていたときにやっと浩二が二人分の注文が乗ったトレー片手に目の前に座る。トレーをテーブルの上に下ろすと、俺が頼んだコーラにストローをさして渡してくれる。

 「別に、ささなくてもいいのに。」
 「あ、それ兄貴にもよく言われるっす。」
 「いつもやってるんだ。へんなの。」

 全くもってこの兄弟のやることはおかしいことだらけだと思う。妙にべたべたしすぎというか、高校生にもなってここまでの関係性を維持するのは余程難しいことだろう。

 「やっぱ、そうなんすかね。兄貴もいっつもいやがるんすよ。」

 訂正。おかしいのは浩二だ。

 「なんで、そんなにけーちゃんのこと溺愛してんのさ。」

 ストローのことも、今回のことも。

 啓太と俊二の間に起きたことを説明するためにした前置きというよりかは、ただの興味本位の方に近かった。

 「うち、父親いないじゃないすか。昔っから兄貴はいろんなもの我慢してきたんすよ。兄貴にオレが敵うのは、バカでかい図体しかないんで。だから兄貴は、オレが守ってやんなきゃいけないんすよ。」
 「そっか。」

 高校からの啓太しか知らない俺にとって、彼らの間にある深い絆を見せつけられただけだった。浩二は啓太のことを深く愛しているし、きっと、啓太もそんな浩二のことをウザがることも無く、突き放さずに愛しているのだろう。

 ――みーんな、けーちゃんばっか。こんなに思ってくれる人がいんのに、ばかだな。

 これだけのことが起きたというのに、それでもなお啓太の置かれている境遇が羨ましいとすら思ってしまう。こんな俺はおかしいのだろうか。

 ふと、目の前を見れば、買ったばかりのチーズバーガーを大きな口で頬張る浩二の姿があった。緊張感があるのだか、ないのだか。よくわかんなくなってきた。

 「よく、深夜にそれ食えんな。」
 「うまいっすよ。食べますか。」
 「いや、いい。見てるだけで吐きそうだから。」
 「じゃ、遠慮なく。」

 そういうと、再び口に含む。吐きそうと言ったが、実際に目が行くのは浩二の仕草ばかりで、手が大きくてゴツゴツしていることや、飲み込むたびに上下する喉仏ばかり見てしまっていた。

 ――いやいやいやいや、何してんだよ俺はっ。はやく本題行かなきゃ。

 このままだと、何もせずに一人の妄想デートになってしまいそうなので、そうなってしまう前に話を切り出す。

 「じゃあ、話すけど、いいの。」
 「お願いします。」

 浩二が軽くお辞儀をする。その様子を確認し、目の前のコーラを一口含む。緊張で喉がすぐに渇いてしまいそうだった。喉が一瞬のうちに干からびてしまいそうなくらい、水分を欲している。

 それほどの緊張感を持ちつつ、自分ははたしてどれだけのことを伝えることができるのだろう。

 迷いもあった。しかし、同時に目の前の浩二の目を見ると、その真剣さが滲み出ていた。

 ――覚悟、きめようよ、俺。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂