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天気予報はあたらない

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 自分の口から出た、思ったよりもあっさりとした返事に、自ら驚いてしまう。もっと、いろんな感情が溢れてくるものだと思っていた。あんなに思い悩んで自分自身を責めていたのに、いざ結果が良い方向に行くと、あっさりとその熱がひいてしまう自分に、ほとほと嫌気がさす。

 こんなんだから、自分は愛されないのだ。

 あの日、あの場所で自分の幼馴染に、好きだとはっきりと伝えていれば、何かが変わっていたのではないかと思ってしまう自分も、あいつにその気はないのだとはっきりとしているのだから言っても変わらないのだと思ってしまう自分も、その両方の気持ちを持っているのに、自分の中で表に出ないように曖昧に共存させて、なんとなく過ごしている自分も、全部、嫌い。

 嫌って、嫌って、嫌って、嫌いすぎて、そんな風に自分自身を評価しているのだ。愛されるわけがない。

 そんな事実が何度も心の中に打ちつけるようで、このまま感情ごと自分という存在を全て無に帰してしまえれば、どんなにいいことなのだろう。

 『俊さんなんだろ、原因。』

 浩二は、どこまで知っているのだろう。この問題は複雑すぎて、普通の感情を持った人間はとうていすぐには理解することができないであろう。

 「どうだろ。」

 とりあえず、はぐらかす。すると、もともと低い浩二の声は、さらに低く重みを増加させてきた。

 『知っているのなら、教えてほしい。』

 普段とは全くと言っていいほど想像できない言葉遣いだ。人に対して物おじしない性格の浩二は、非常にフランクな言葉遣いの持ち主だ。自分のように慣れ親しんだ間柄の人物に関しては、時折同じ目線で茶化しあったりでき、それでいて、部活動の先輩や目上の人にはしっかりとそれなりの対応を心掛けている。

 それにもかかわらず、普段から慣れ親しんだ自分にはもっと砕けた言い方をしているはずなのに、『いるのなら』なんて国語の教科書じみた堅い言い回しを使ってくる浩二に少したじろいでしまう。

 「会おっか。」

 こんな真夜中に、高校生が出歩くのはそんなによしとされていることではない。その上、自分は受験生だ。明日が土曜日で学校がないとはいえ、塾だってある。寝不足で行くなんて折角払ったお金の無駄だと思うし、行かせてくれている祖父母の手前上避けるべきだ。

 浩二だって部活の主力だ。明日だってハードな練習が待っているだろう。そのことも上手に考慮したらいまここで電話のみで簡潔に済ませるべきだろう。

 でも、無理だ。

 こんなに複雑で、こんなに人が悲しんで、こんなに運命を左右していることを、相手の目を見ずに伝えることなんて到底できそうになかった。

 「いまから、会えるなら、いいよ。」

 ずるい言い方。まるで、今じゃないと一生話さないともとれる。そんなことしなくたって、話さなければならない状況まで陥っているのに、まだ自分が優位に立ちたいのか。

 『ありがとうっす。』

 ひとこと、返事。

 ――いいな、けーちゃんは。愛されていて。

 浩二の即答にはそれくらい大きな意味があった。きっと浩二は対角線上に啓太がいても一瞬で見つけて手を引くことができるのだろう。おれの手は誰にもひかれないまま、啓太の手ばかり、いつも誰かが握っている。

 ――ずるい、ずるい、ずるい。

 嫉妬が渦巻く。さっきまであんなに啓太のために心配してうろたえていたのに、いざ無事がわかって、自分との境遇の違いが見えた瞬間にこんな風に考えてしまう。

 自分なんか、大嫌いだ。

 そんな大嫌いな自分を隠すのが、今の俺の使命であり、運命だ。

 「うん、わかった。じゃあ、会おう。会ってちゃんと言うよ。そっちいったほうがいいよね。」」

 タクシーでもなんでも使えるものは使って行くべきであると思った。そういう風にして、なにか形になるもので示しておかないと、啓太のことが大好きな自分が保てない気がした。

 『オレが、悟志さんの家の近くまで、行きます。』
 「え、でも……。」

 終電はとっくに終わっている。そう言おうとしたのだが、浩二はその言葉を丸めこむように言う。

 『近いんで、大丈夫すよ。オレ、体育会系すから、自転車でちょちょいっといけますよ。だいたい、そもそも自転車で行ける距離じゃないすか。』

 実際よく考えてみれば、二駅なのだ。北海道の二駅とこっちの二駅の距離は果てしなく間隔が違う。意外と歩いて一駅なんて簡単なのだ。しかし、定期券があることをいいことにその距離すらめんどくさがって、移動は電車というのが基本的な考えに落ち着いてしまっていたのだ。

 「俺、自転車乗れないし。」

 そのうえ、学生の見方である自転車に乗れないのだ。いや、乗れなくなったというのが本当であろう。過去に起きた自転車にまつわるトラウマが邪魔して、自転車というものを遠巻きにしてきた結果、そのものに縁のない生活に慣れてしまっていたのだ。

 『こんな距離で毎回電車使ってたら金もったいないすよ。』
 「定期あるし。家の前コンビニあるから不便じゃないもん。」

 高校生が『もん』なんてかわいい言葉遣いをしても、だれの得にもならない。浩二はどう思っているのだろう。こっちは即座に気がついて、拒否反応を示して吐いてしまいそうだというのに。

 『待ち合わせ、どこすか。』
 「駅前のマックで。」
 『了解っす。兄貴家に連れ帰ったら、すぐ行きます。』
 「うん、わかった。じゃあ、あとで。」

 そう言うと、向こうが先に電話を切ったようで耳にプープープーと機械音が入ってくる。

 頭の中で浩二のすぐの基準を考えながら一度リビングに戻る。啓太の家からうちから最寄りの駅の近くにあるマクドナルドまで何分、ぐずる啓太を家に無理やり連れて帰るまでに何分、と加算していきある程度の見通しをたてる。

 「のど、渇いたな。」

 自分の見立てでは、だいぶ時間に余裕があるようなので、今の自分を落ち着かせるべくおもむろにテレビをつける。先ほどまで見ていたバラエティ番組はすでに終わっていて、そのあとに予定されていた、地元ローカル枠のバラエティが繰り広げられていた。

 それを横目に台所へ行き、水を一杯コップに注ぎ口に含む。口に広がるかすかな冷たさが、体の中へそっと降りて行き、体を潤していく。

 テレビの中ではゴールデン帯のバラエティには到底及ばないような作りの芸人に対するドッキリ企画が行われていた。テレビの中では一組のコンビの解散ドッキリをやっているようで、最近ピンで売れ出した相方が急に解散を持ちかけたらどうするといった内容だった。

 ――この人、ピン芸人じゃなかったんだ。

 最近よく先輩芸人からいじられているその人物がじつはコンビだったことに驚き、同時にくだらないなと思う。特に見たいものじゃないと思い、会いに行く準備をしようとテレビを消すためリモコンに手を伸ばす。

 こういうのは結局仕掛けられた側がどんな行動をするかを見て楽しむものだ。しかし、そういった番組慣れをしてしまった身にいまさら作業を止めて見るほど新鮮さはなく、予想の範囲内の結末はすでに脳内に用意されていた。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂