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天気予報はあたらない

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 逃げずに自分の気持ちさえ押し殺せたら元に戻ると思ったのに、もう嫌だ、やだ、やだ。もう、どうしていいか、わからん。生きるのってつらいね。だから、もうこの世からいなくなりたいよ、ねぇ、悟志、おれ、もう、しにた……。』

 「やめろっ。」

 言っていることが、徐々に支離滅裂になっていき、死にたいと言ったところで、たまらず大声で叫ぶ。きっと、言っている自分自身も訳が分からなくなっているのだろう。
 突発的なものほど怖いものはない。かつての俺の消したくても消えない経験がそうものがたり、体全体に危険信号が発せられる。

 啓太を、止めろ、と。

 「やめろよ、啓太。」

 そう改めて言いなおす。強い語気は変わらず、言い聞かせるように、しっかりと。啓太の心に何も響かない言葉など、もう必要ないのだ。一つ一つを、しっかりと紡いでいく。

 「死ぬなよ、啓太。少なくとも、俺は、啓太が大事なんだよ。」

 反応は返ってこない。俺が、やめろと言った瞬間から電話越しに聞こえていた啓太の声は完全になくなった。この言葉を啓太が聞いているかどうかも怪しい。もしかしたら、通話機能はオンのまま、電話口に耳は当ててないかもしれない。

 しかし、僅かな可能性を信じて語り続ける。電話の向こうで、啓太はどんな表情をしているのだろう。俺の言葉ははたして届いているのか、それだけを信じて。

 「あのさ、けーちゃん。俺はさ、やっぱりまだ信じられないんだよ。」

 自分の気持ちを、言葉に乗せる。

 「けーちゃんは、さっき、なにもなくなったって言ってたけど、そんなはずないんだよ。
 二人の築いてきたものが大きすぎて、俺はさ、どう頑張っても二人の間には一生入れない気がすんだ。俊二とけーちゃんの間柄って、そんなもんじゃないはずだよ。
 俺が言うのもなんだけどさ、絶対、絶対、絶対、元に戻してみせる。だからさ、生きて、解決策をさ、一緒に考えよ。」

 我ながら汚い文章だと思う。一般的なきれいごとと言われるような文章ばかりで、普段だったら嘘だと思われてしまうような、そんな表現ばかりが口から次々と出ていた。
 それでも、今この場では自分が自信を持って言える言葉で、これに変えられる表現など思いつかなかった。

 「だからさ、今から、会おうよ。」

 今すぐ会って、話を聞いてあげたい。こういうことは時間が経ってしまうと、難しくなってしまうのだと思う。今起こっていることを、過去に起こってしまった仕方がないことに変わってしまう前に、取り戻しておかなくてはいけないものが、ここにはある気がしていた。

 幸いなことに、電話はまだつながり続けているようだ。

 俺の放ったセリフは、啓太の耳にダイレクトに入っていなくとも、この場で空回りとともに宙に浮くこともなく、とりあえずは何らかの形で向こうの空間に伝わっているはずだ。あとは、啓太からの返事が来ることをただ信じて、祈る。

 『悟志は、やさしいね。』

 唐突に出た、予想外の返答に思わずたじろいでしまう。同調した場合や、即座に拒否された場合の言葉は用意していたのに、何を言っていいかわからなくなった。

 『でも、いいや。』
 「いいって、なに言って……。」

 遠くに車のクラクションの音が聞こえる。家からかけてるとばっかり思っていたが、どうやら外に居るようだ。

 こんなに心に傷を負った人が、深夜の街に一人でいる。そう感づいた途端に、不安の波は大勢押し寄せてきた。

 「けーちゃん、いま、どこ。」
 『……。』
 「なぁ、どこだよ。」

 ここで突き止めなければ、本当に居なくなってしまう気がした。そう思い、震える声を抑えて聞くが、啓太は再び口を閉ざした。

 「なぁ、教えてくれよ。心配なんだ。」

 心配、という言葉を口にするたびに、自分の余裕のなさが見透かされてしまいそうで、少し怖い。

 「けーちゃん……。」
 『天気予報って、やっぱ当たるんだよ。』

 俺の頭がおかしくなったのだろうか。話の展開の速さに、処理ができない。そのため、啓太の紡ぐ話の流れについていけない。

 『晴れ、って言ったら、晴れ。雨って言ったら、雨。』
 「答えろよっ、今どこにいんだって。」

 話を元に戻そうと必死だ。それでも、止まらない。

 『運命って、やっぱ、決まってるんだよ。』
 「けーちゃんっ。」
 『だから、自分がいくら頑張ろうが、俊二と俺はこうなる運命なんだ。』

 話の展開が、怪しい。まるで、死ぬ前の遺書のようじゃないか。

 「なんだよ、それ。」
 『なのに、変に期待して、運命を捻じ曲げようとした俺に神様が罰を与えたんだ。』

 自嘲した笑いが、電話越しにこぼれている。背中に寒気が走り、手が震える。

 天気は科学でそのメカニズムが証明されていると分かっているはずなのに、なぜかそう思わせてしまうような言葉の雰囲気にたじろいでしまう。

 俺が今すべきことは、この話をやめさせて居場所を突き止めてこの悲しみの原因を救い出すことなのに、それすらもできない威圧感を感じていた。

 『神様っていじわるだな、俺から、俊二の一番の友達と言うポジションまで奪うなんてさ。
 笑ってんだろうな、きっと。
 何もしないでそのまんまにして、おとなしくしておけばいいものを、ってさ。ははっ。ばっかみたい。悟志も、気をつけないと、大切なものなくしちゃうぞ。』

 痛い、いたい、イタイ。

 とがったもので、何度も心を突き刺してくる。その凶器は目に見えず、時空を超越してくるので防ぎようがない。その勢いを殺せないままに、丸腰でそれを全て受け入れてしまう。

 『なにしたって、無駄なんだ。』

 まるで、鬱と躁の繰り返しだ。ウルトラマンのタイマーのように危険信号がちかちかと点滅をしつづける。時折、電波の向こう側からカットインして入ってくるバックグラウンドの街の生活音が、啓太の話声の聞こえを悪くし恐怖を煽る。

 『悟志、なんで俺を煽ったんだよ。』

 頭の中で自分がしたことを巡らせる。この数日の中ではたしてどんな心境の変化が起こったのだろうか。想像してもそれが追いつく間もなく、啓太の涙声は耳へと流れ込んでくる。

 『悟志が、あんなこと言わなかったら、まだ、幼馴染でいられたのにっ……。』

 この前、俊二と向き合うと確かに言った啓太と、今、電話の向こうで話している啓太が同一人物だとは思えないほど、俺は戸惑うばかりだった。

 「けーちゃん。聞いて。」

 ひとまず整理しようと、声をかける。しかし、それさえも今の啓太には届かないようで、啓太が辛辣な言葉を放つ。

 『聞いたら、元に戻んの。』
 「それは……。」
 『元に戻してくれよ。なぁ、お願いだよ。』

 弱々しさを伴いながらも、その言葉には言葉の圧がかすかに残っていて、心を圧迫していく。

 何を言えば正解なのか、わからない。

 それでも、形にしようと口を開こうと、いくつか言葉を紡ぐ。

 「けーちゃん、ごめん。でも、おれ、何とか頑張って……。」
 『何言ってんだよ、俺。』

 俊二との間を取り持ってみせる、と言おうとした時に割り込むように啓太の声が電話越しに割り込む。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂