天気予報はあたらない
深夜帯のバラエティー番組を流しながら見つつ、携帯電話をいじる。塾から帰ってもなお、詰め込むことは膨大で毎晩このくらいの時間に一息つくのがもはや日課のようだ。この時間帯にやっているバラエティー番組はある意味では心の中のオアシスで、ずっと勉強のことを考えていた脳には乾いた笑い声が心地よい。
「くっだらねぇーな。」
画面の中ではおよそゴールデンの時間帯ではできないような罰ゲームが伴った作りがチープなゲームが行われており、中堅どころの芸人やグラビアアイドルがわいわいはしゃぎながら番組を進行している。
そんな世界が自分の今の生活とかけ離れている気がして、くだらないと思いつつ少しうらやましかったりする。少し前まではこんな気まずいこともなく、毎日のように笑って過ごせていたはずだ。
画面の中で行われているような下衆い話題に乗っかったり、ちょっとしたゲームに本気になってみたり、これから大人になった時に、あんなことでよく笑えたなと思うことに、全力で楽しめていた気がする。
――ケーちゃんと俊二はどうなることやら。
最近思うことは、そのことばかりである。あの夏の日から二人の関係はどうやら平行線を辿っているようで、俊二は相変わらず彼女と別れていないみたいだし、啓太も思いを打ち明けていないようだ。
さらに、受験も佳境に入ってきて、推薦組の俊二と受験組の俺たちとの間には次第に隙間があきつつあった。
――一応、同じクラスなんだけどな。
秋になると次第に推薦を得たものは行き先が決まり始め、それによって受験組と隔離され始める。同じクラスのはずなのに、受験組の大半の授業は受験対策になり、推薦組は別教室で受験生の邪魔にならないように別教室で当たり障りのない授業をするのだ。
「はやく、受験終わらないかな。」
そういえば、今日は俊二の推薦の説明会の日だったと思う。いくら隔離されているとはいえ昼飯くらいは一緒に食べるもので、相変わらず俺と俊二と啓太と三人で過ごしている。
ただ、あの一件以来、少し空気が張り詰めたようなものを感じるが、気にした時点でどうにかなるものでもない。
この件に関しては、この前号泣しながら啓太に協力すると言ったものの所詮は当の本人同士が向き合わなければならないものだ。
だから、気にしないふりを徹底する。それで、不安定なこの状態が崩れないというのならそれはそれでいいのだ。その中で、俊二が今日の説明会について語っていたのを覚えている。
「ケーちゃん、いつ言うんだろ。」
いつも、昼食を食べながら思うことがある。
俊二に、同じ大学には行かない、といつ告げるのだろうか。
俊二の大学合格は、かなりのどんでん返しだった。四月の段階では俺と啓太は受かる可能性があり、俊二に関しては絶望的だった。特に英語の点数は最悪で、今の時代、余程の極端な専門性のある大学でないかぎり、どこの大学の試験にも必ず出てくるであろう項目に欠陥を抱えていたのだ。
何度も三人で申し合わせて模試の判定に同じ大学名を第一志望で書き、発表の度に比べてきたのだが啓太の余裕のある判定に比べて、俊二にはE判定ばかりが並んでいたのだ。
それが今では、三人の中で一番に決めたのは俊二だった。顧問の監督の推薦とはいえ、持ち前の度量とバスケットへの真摯な姿勢でつかみ取ったのだから、賞賛すべきだろう。
人生は何が起こるか分からないのだ。
俊二が不可能だと言われていた大学に合格したことも、啓太が黙って志望校を変えたことも。
啓太が志望校を変えたのを知ったのは先日だった。対策授業の移動教室の合間に話があると言われ、おもむろに先日の模試の結果の紙を無言で差し出された。
話じゃないじゃん、と思って第一志望を覗き込むと、今まで三人が一緒に目指していたはずの大学名がそこには見当たらなかった。
――考えたんだけど、やっぱり俊二とは距離を置くのが一番だと思う、か。
最初はまったく意味がわからなかった。好きなら一緒に居たいと思うのが当然だと思っていたし、他人にもそうあるべきだと思っていたからだ。
それは、自分が叶えることができなったことだから、さらに強く思う。でも、伝えてしまうことがとてつもない恐怖を孕んでいることもわかる。だから、二人の今日までのぎこちなさは仕方がないのだろう。
ただ、あの日、啓太が泣きながら俺に言った、逃げない、という言葉が頭に引っかかる。啓太のことだ、何か考えがあってのことなのだろう。思い悩んで、思い悩んでの結果で、俺があれこれ思い悩むことではない問題なのだ。
でも、あの時からずっと言えずにいたのだが、このことを逃げたとみなしてしまう俺は、はたして考えが浅いのだろうか。
――絶対、両思いだと思うんだけどな。
確信はある。いくら俊二に彼女がいようが、俊二が啓太のことを幼馴染以上に思っているのは見ていればわかる。お互いにこの事実を避けて避けて避けまくってしまった結果がこれなのだから、あとはお互いがぶつかるしかないのだ。
「あ、電話来た。」
静かにバイブレーションが鳴る。最近では学校から塾という流れが多かったので、バイブレーション機能にしてることが多く、今日も鳴ってはいけない状況から脱したのに、設定を変えずにいたみたいだ。
「けーちゃんだ。」
相手は啓太だった。すぐさまテレビの音量を下げて応答のボタンを押す。
「もしもし、けーちゃんじゃん。どうしたん。」
『言っちゃった、俊二に。』
電話から漏れる声は泣いていた。はたして、この涙はどちらの涙なのだろうか。嬉しくて泣いているのか、悲しくて泣いているのだろうか。
『好きだって、言った。』
その日は、突然、そして俺の知らないところで進んでいたようだ。
「それで、どうし……。」
『俺、逃げたのかな。』
結果を聞こうと話を紡ごうとした時に、啓太が独り言のように呟く声がカットインした。
「けーちゃん。」
強く問いかける。電話越しに聞こえる嗚咽が啓太の耳を遠くしているようで、啓太の声ばかりがぽろぽろとこぼれていく。
『幼馴染で居ることが、自分たちにとって大切だと思ってた。それがお互いに望んでることなんだなって、思ってたのにさ。
勘違いだったみたいだ。ははっ、笑っちゃうよね。一人で勘違いして、泣いて大騒ぎしてさ。馬鹿みたい、考えて損した。俊二と普通の幼馴染に戻りたくてさ、彼女のことまで引き合いに出して、嫌な奴だよね。
こんな幼馴染なんて重くていらないや、俺なら。
だから、同じ大学に行ったら、俊二が好きっていう気持ちに、歯止めがきかなくなる気がして、だから別の道を選んだのに、俊二にあんな顔させて。
もう、無理だよ。何もかも、終わり。
俊二は笑ってくれたけど、あんなの嘘だよ、嘘。俊二、優しいから。そんなこと俺が一番知ってるはずなのに。もう、終わっちゃったんだよ。
幼馴染も、この気持ちも、全部、形だけのものになっちゃった。
いやだ、いやだ、いやだ、もう、なにもないよ。つかれた、しにたい、しにたい、しにたい。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂