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天気予報はあたらない

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 いうなればおれと啓太は今じゃこの多摩川の対岸同士のように、簡単に乗り越えがたい深いラインを刻まれてしまった状態だ。

 最近まで手を伸ばせば届いていたはずだった。例えば砂場に作った川のように自分がその異変に気がついて踏み込んでしまえば消してしまえるものであり、そもそもそんなラインなんて、おれたちの間には存在しない言えるほどに限りなく極小であると思っていた。

 けれど現実は思ったよりもひどくかった。おれが思いあがっていた分だけ溝が深く、かつ、広くなっていた。渡ろうと一歩踏み出してしまえば、すぐに足を取られてしまい、対岸は果てしなく遠い。多摩川と言ったがおれがそう都合良く思っているだけで、啓太はもっと対岸が遠い利根川の河口付近のように二人の距離を思っているかも知れない。無理矢理渡れば、溺れてしまう。会いたいのに会いに行くことができない。

 まさに織姫と彦星だな。織姫が啓太で、彦星がおれ。織姫のそばに居たいがために、やるべきことをさぼった彦星に与えられた罰はまさに、思い違いで勝手に突っ走っていたおれに、内容は多少違えどぴったりとあてはまるような気がした。

 対岸でかすかに見える相手を思って過ごす日々。相手が心変わりしてしまうのではないかと神経をすり減らす日々。自分のことなど忘れられてしまうのではないかという恐怖と闘う日々。

 それらとともに過ごす精神的な余裕がはたして自分にあるのかどうか。不安がどんどんと降り積もっていく。そんなネガティブなことを考えないようにしても、次々とわきあがってくる想像は心をどんどん染めていく。一度汚れてしまった白い服が、もう二度と純正の真白には戻らないように。

 ――なんだよ、おれ。

 織姫と彦星なんて高校生男子が考えることにしてはなんてロマンチックなんだろう。さらにそれに自分たちを照らし合わせているなんて普段だったら寒気がするものだ。

 ――あ、でも違うや。

 ただ、決定的に違うのは、年に一度会える保証があった二人と違って、おれたちにはそんなものなど存在しないのだ。このまま、元に戻らない可能性が往々にして自身を恐怖に駆り立てる。

 「おーい。」
 「うわっ。」

 急に首に冷たさが走り、驚きで一段高い声が思わず出る。

 「向こうから呼んでんのに気づかないからさ。」

 差し出された手にはアクエリではなく、ポカリが握り締められていた。

 「アクエリじゃないじゃん。」
 「だから、売り切れなんだって。だから呼んでんのにさ。」

 そういいポカリを押しつけるように渡される。おれがそれを受け取り片手があいたのを確認すると自分の買ったものをあけて一口飲む。

 「そんな顔して、何考えてたんだよ。」

 そっと、落ち着いた声のトーンで聞かれる。そこには心配のエッセンスが入っていて、呼ばれても返事をしなかったおれに、何らかの異変を感じ取ったのだろう。

 今日会ったばかりだからこそ言えること。普段の西野俊二を知らないこいつだから言えることがあるのかもしれない。そう思い、一言切りだす。

 「織姫と彦星の話、あるじゃん。」
 「七夕のやつだよな。」

 大きく相槌をうつ。その様子に安心して言葉を紡いでいく。

 「そうそれ、二人を天の川をはさんで離れ離れにしたってやつ。」
 「それが、どうした。」

 普通に聞いていれば唐突な話題すぎて何を言っているかわからないだろう。だからこんな雄平の反応もある意味正しくて、変に、あなたのこと理解してます、的な雰囲気を醸し出してくる人より遥かに話しやすい。

 「神様って頭いいなって思って。」
 「なんでさ。」
 「川の対岸ってさ、こうも違うじゃん。」
 「そうだな。」

 今日、普段は全く意識しない県境に来てわかったこと。雄平が誘ってくれたからわかったこと。

 そして、その過程でおれと啓太について考えたおれの結論。

 「きっと、こうして離れ離れにするうちに、相手の考えていることも分からなくなって、きっと相手のことなんて忘れてしまうと思うんだ。」
 「……。」

 雄平は何も言わずに川の遠くを、真剣な顔で何か考えながら見つめている。腕を何度も組み替えて、うーんと低く相槌を打ちながら。

 「だから、その間、お互いに会おうと思っていろいろ模索したって、意思疎通ができないからお互いすれ違っちゃって、結局だめになってしまうんだよ。」

 言葉にすると余計悲しいことだと思う。すると、何かを思いついたのだろう。おれの肩に雄平が手を置くとそっと言い聞かせるような声で一言放つ。

 「でもさ、結局二人は会えたじゃん。」
 「……。」

 反論はしなかった。できないのではなく、しないだけ。あれは、昔話だからだとか言ってしまえばそこで何かが終わってしまう気がした。

 おれを変える何かが。おれの底知れぬ不安を取り除く何かが。

 雄平の言葉にそれがある気がして必死に言葉に耳を傾ける。

 「相手のことがわからなくて行動するのが不安なら、そこから動かなければいい。極論だけどさ、お互いのことを信じてに動かなければ、いつか神様が目の前に橋をかけてくれるんだよ。」
 「なんだよ、それ。」

 急に出た神的な存在を含んだ答えに、苦笑してしまう。それでも、自分の悩みを馬鹿にされたとは思えなくて、むしろ、その先の答えを求めている自分がいた。

 一口、また飲み物を口に含むと話し出す。

 「しかも、織姫と彦星って年に一回しか会ってないって言うけど、実は二回もあってんだぜ。」
 「なんだよ、それ。」

 急に変わったベクトルに思わず突っ込みをいれたくなる。昔話の世界のことにちゃちゃを入れるつもりはないが、七夕にしか会えない設定なのだから一回のはずだ。設定は設定で確かに存在するものなのだから、こんな都会の片隅でただの高校生がひっくり返してはいけないことのように思える。

 「まぁ、聞けって。北海道じゃ七夕って八月七日なんだよ。だから七月七日と八月七日で二回。」

 得意気に言い放つその横顔は妙に満足げで、思わず馬鹿馬鹿しくなってしまい大笑いしてしまう。この橋に来て初めての大笑い。

 いや、今日初めてではないだろうか。

 いつのまにか、もやもやもだいぶ晴れ、気持ちが軽い。その様子に安心したのだろう、雄平がへなへなと地面にしゃがみ込む。

 「屁理屈じゃん、それ。」

 上から見下ろすように、言う。すると、雄平は強がった声でおれを軽く睨みつけるようにして言い放つ。

 「でも、屁理屈でも、理屈は理屈だろ。」
 「はいはい、確かにそうだ。」
 「馬鹿にすんなよ。必死だったんだからさ。」

 みるみるうちに顔が赤くなっていく。そもそも出会って一日もたたない相手に、こんなに必死になってくれるのだと思うと、こういう出会いも捨てたもんじゃないなと思う。

 「ありがとな。」

 素直に礼をいうと、ふっと顔をそらす。知らない人間に突然話しかけることができるというのに、こんな感謝の言葉に恥ずかしがるなんて掴みどころのない性格だなと思う。

 「俺もさ、」

 雄平がおもむろに話し始める。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂