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天気予報はあたらない

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 「昔、相手のことがわからなくて、自分で突っ走って大切なもの、というか、幼馴染だったんだけどさ、傷つけてなくしちゃってさ。」

 再び立ち上がり、おれの隣の欄干に腰掛ける。声のトーンがさっきよりも柔らかく細く感じた。

 「俺、他人の人生、捻じ曲げたんだ。」

 声がわずかに震える。

 「俺のせいで、そいつは全部を失わなくてはいけなくなって、もう再会は諦めてた。」
 「そっか。」

 静かに相槌を打つ。

 「でも、俺、やっぱり諦めてねぇから。」
 「うん。」
 「俺のせいで傷ついたんだ。俺が何とかしないといけない気がする。」
 「うん。」

 雄平には何ができるというのだろう。そう思ったが、その言葉を聞いていると、なぜだか変な納得が体を支配していく。その気にさせるプロなのだ、彼は。

 「東京に居ることはわかってんだ。」

 東京と言っても一体何人の同世代の人間が生活していると思っているのだ。名前を挙げたって同姓同名なんてざらにいるだろう。

 「せっかく、東京の大学に来たんだ。絶対にもう一度会ってみせんだって。」
 「おいおい、バスケの推薦だろ。」

 推薦のくせにそっちを疎かにしては、本末転倒だ。その上、若干ではあるが学費も免除になっているのだ。疎かにしてしまっては、いろんな方面に顔が向けられない。

 「わかってるよ、もちろん全力で取り組むさ。推してくれた監督のためにも。」
 「わかってんじゃん。」
 「けど、あいつは東京に居て、俺も東京に来ることができた。これって、神様がくれた最後のチャンスなんだと思うんだよ。」

 そういうと、雄平は拳を握る。その仕草の力強さに決意の強さがうかがえる。そして、そんな姿にその奇跡を見てみたいという風に、自分の中の何かが感化されている気がした。

 「しゃーないな、付き合ってやるか。」
 「本当か、マジで。」
 「マジでだよ。」

 強く念を押すと、ぱっと表情が晴れる。

 「やぁー、ありがとう。俺、東京詳しくないからさ、地元の人いると助かる。」
 「そのかわり、今日ホテル泊めろよ。」
 「交換条件かっ。まっ、いいか。減るもんじゃねぇし。ってか、ホテルに男連れ込むってウケルな。」

 連れ込む、という言葉に生々しさが香るが背に腹は代えられない。

 とにかく眠りたかった。

 今日、雄平と居ることで得たものが大きすぎて頭の中の容量がパンク寸前なのだ。家に帰れればいいのだが、終電ははるか先に行ってしまっている。とにかく、寝ることで明日の自分に良い展開が待ち受けているのではないかと心は浮かれて仕方がなかった。

 今の正確な時間を知りたいとほったらかしにしていた携帯を覗き込めば、待ち受けには彼女の着信を知らせる表示が延々と広がっていた。さすがに深夜なので連絡をとるのは諦めたのだろう。一通の最後のメールに『心配している』とわかる文言が数多く羅列してあった。

 だだ、待ち望んでいた啓太からの着信は一件もなかったのだけど。

 「なに、そんな深々とケータイ見ちゃって。彼女かっ、やるなぁ。」

 雄平がそう茶化してくる。何か答えようかと思ったが自分自身で納得したようなので、敢えてスルーしておこう。

 「それはそうと、そっちこそ、どんな奴なんだよ。神様にかけて会いたいやつってのは。やっぱ女か。」

 もしかして初恋の幼馴染だとか、みたいな展開なのではと勘繰ってみる。

 「違うよ、男だって。」

 即座に否定されて、中途半端な妄想が宙を舞う。同時に男同士で縁の袂を分かつ理由が大喧嘩しか思いつかないのは、自分がそういう経験をしてこなかったからなのだろうか、と疑問を持つ。

 「理由はなに。」
 「まぁ。いろいろあってさ。」

 軽く濁された。こういうときは本気で隠そうとしている時よりも、つっこんでほしくないことなのだろう。そう察して、理由にはあまり触れないでおこう。

 「そうだ、そいつの名前、スガワラサトシ、っていうんだけどさ、シュンの学校で聞いたことないか。」

 その質問に自分の周りの人間を総検索する。今のクラスメイト、隣のクラスや過去に同じクラスだったやつ、学年で目立ってるやつからチームメイトまでその幅を広げたが、『スガワラサトシ』に完全にあてはまる人はいなかった。

 サトシやスガワラは何人かいたのだが。

 ――サトシと言えば、悟志もそうだけど、あいつの名字って内藤だしな。

 「すまん、いないなぁ。」

 申し訳なさそうに言うと、さすがにこの結果は予測できていたみたいで、にこやかに、そうだよな、と相槌をうった。

 「でもさ、学校の学年全員の名前を知ってるわけじゃないし、まだ余地があるしさ、バスケの知り合いにも聞いてみるし。」
 「お、めっちゃ協力的じゃん。ありがとうな。」

 そう言うと手を強く握られる。その握力が強すぎて鈍い痛みが走った。

 「ったく、いってえな。」
 「あ、ごめんごめん。」
 「っていうかさ、写真とかないわけ。名前だけじゃさすがに難しいじゃん。」

 自分で言っててそう思う。もしこの捜索の過程で『スガワラサトシ』が何人も出てきたらどうしたというのだ。きっと本人同士ならわかるのだろうが、おれにも何らかのイメージくらいつけさせてくれたほうが、やりやすいに決まってる。

 「あるよ、ちょっと待て。」

 おもむろに携帯を取り出し、何らかの操作をする。奥の方のフォルダに大切に入れているのか少し手間取っていた。

 「ほら、こんなやつだよ。昔のケータイで撮ったやつだから、画質荒いけど。」

 その画面の中には、今と全く変わらない雄平の姿ともう一人の男。

 「うそだろ。」

 驚愕がとまらない。画面に映るその姿は、悟志だった。頭の中を情報が駆け巡る。

 ――どういうことだ、あいつは内藤悟志じゃねぇのか。

 確かに悟志とは高校からの付き合いだ。けれどそんなことは一言も言ってなかったじゃないか。

 「シュン、どうした。」

 明らかな動揺に雄平が心配そうに見つめてくる。これは、どうするべきなのか。訳が分からなくなって一言つぶやく。

 「ユーヘイ。もしかしたら、会えるかもよ。」

 頭の中はすでにショート寸前。この判断が正しいのかははたしてわからない。でも、その言葉を言った瞬間の、雄平の嬉しそうな顔に、これでよかったのだと不安を飲み込んでいく。

 「よっしゃあ、詳しく話が聞きたい。コンビニよってなんか買ってこうぜ。」

 多摩川にだって利根川にだって、待ち続けていればいつかは橋がかかるんだ。夜の街に咲く雄平の満面の笑みは、対岸でオロオロしているおれに、いいしれない安心感と未来への希望をもたらしていた。

 携帯をとりだしてメールを打つ。相手はもちろん悟志だ。こんな夜遅くにするのはどうかと思ったが、一刻も早く奇跡を目の当たりにしたいと気持ちがせいていた。

 「シュン、早く来いよ。」

 雄平がコンビニの前でおれをせかしている。

 「はいはい、今行くよ。」
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂