天気予報はあたらない
それ以上にそんな雄平の存在が今の自分と相まってより神々しく見えて、自分はまるで光に吸い寄せられる蛾のように一瞬にして引きつられていた。こんなことは自分の経験上初めてで、どうしていいかわからないのだ。
「ほらよ。」
そっと手を差し伸べられる。気恥かしさから目をそらしながら手をとると、一気に引き上げられる。
雄平の勝ち誇った顔が、なんかムカつく。
状態でいえば、完全にマウント状態だ。ここは思い切り強がっておこう。
「仕方ないな。」
「この期に及んで、なんだよ。」
「うるせ。」
本当にその通りだと思う。態度が豹変しすぎだ。あんな弱々しそうな声で呼んで、すがっておきながら、すでにそんなことなどなかったかのように通常運転に戻ろうとしている。駅で起きた人身事故よりも素早い対応だ。
でもこれでいいのだろう。雄平もすでに苦笑をとおりこして笑顔を見せている。
「ま、いっか。じゃ、案内よろしくな、西野。」
体育会系のノリで肩を組まれる。夕飯はきっと焼肉だったのだろう。ポロシャツに染み込む肉のにおいと汗のにおい、そして柔軟剤のにおいが、一気にそこに居る雄平という存在を意識させる。
これだけで今会ったばかりなのに、なんか近づいた気がする。
だが、同時に自分の今日の修羅場のにおいも気づかれてしまうのではないかとひやひやして、自分のにおいが気になってしまう。
啓太を泣かせたり、浩二に胸倉を掴まれたり、途方もなくさまよったり、悲しみと怒りが混じったにおい。
「やめろって。」
「ん、肩くらいいいじゃんか、西野ぉ。これからチームメートなんだしさー。」
「今日、おれくさいからさ。」
そう言って力づくで腕を遠のける。
それにしても人の懐に入るのがうまいな。自分もそういうタイプだが、こんなにも短時間で関係性を縮められたことはないんじゃないか。
「べっつに、男同士なんだし、気にすんなって。それに、西野、俺たち春から共同生活だぞ。」
進学先の大学では、バスケ部の面々は余程のことがない限り、寮に入ることになっている。母親はもうすぐせまる大学進学に、やっと大量のご飯作らなくていい、と感慨深げに話していたのを思い出す。
――そっか、そうだよ。
啓太とこれまで通りの、馬鹿やって一緒に笑いあう時間を過ごすするのも、こんなことがなくても結局は来年の春までで終わりなんだと意識したら、またさらに気持ちが軽くなった。
大学に入れば部活三昧なんだ。啓太に構う暇がなくなるかもしれない。それで崩壊してしまうなら、今亀裂が入った方が後々よかったのかもしれない。
――遅かれ早かれ、こんな結末なんだよ。
「さっきから気になってたんだけど。」
それよりも、自分のこの先に待ち構える未来を楽しんだ方が、自分のためになるんじゃないか。
こんな沈んでるおれなんておれじゃない。
「名前の呼び方、俊二でいいよ。」
「そっか、じゃあ、シュンって呼ぶわ。よろしく。」
相変わらず笑顔が眩しいな。
「おれは、なんて呼んだらいい。」
「特にこだわりはねぇな。」
「じゃあ、ユーヘイでいっか。」
「まぁ、無難だな。」
名前からゆーちゃんとか、名字からザッキーとか一瞬にして何通りか浮かんだが、顔的に似合わないものが多すぎて、結局呼び捨てに落ち着いた。
まぁ、いいだろ、これで。
「よろしくな、ユーヘイ。」
「おうっ。よろしく。」
そういうと、手を差し出される。しっかりとその手を握り締めるとふざけて握力を最大にされる。いたい、と声が漏れそうになったがこらえてそれに応酬する。
「ほら、県境。いかないん。」
「行くよ、お前が降参したらな。」
なんだよそれ、と思ったがこのままじゃ埒があかないので、今回は譲ってやろう。
「はいはい、コーサンコーサン。」
そう言い力をゆるめる。こんなわざとらしい負け方だったがとりあえずは満足したようだ。ゆっくりと手を離すとにかっと笑う。
「じゃあ、いくべ。」
「あ、北海道弁。」
「馬鹿にすんなよ。仕方ないだろ、方言は。」
「べっつに、そんな気ないし。」
他愛のないじゃれあい。最近まで啓太としていたはずのじゃれあい。そんな新鮮さと懐かしさでおれの心は少しずつ、柔らかくほぐれていく。
そのまま、優しい気持ちでそっと言葉を放つ。
「ほら、行くぞ。」
夜は、まだまだこれからだ。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂