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天気予報はあたらない

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 「俊二、大学、おめでとう。」
 「はぁ、何言ってんだよ。」

 あまりに見当違いな答えに、語気が強くなる。しかも、啓太の行く気のない大学に、てっきり二人で行くもんだと騙されていたおれに対して、『おめでとう』とはなんなのだ。駅のホームで聞いた時はなんて甘美な響きなのだろうと思っていたのだが、今の自分にはバカにされてるとしか思えなくなってしまっていた。

 「今まで、騙してたのか。」
 「違う。」
 「じゃあ、なんで。」

 問い詰めれば、再び口ごもってしまう。自分が悲しくて悲しくて、もうここにいるのは耐えられないと思った。おれが守ろうと思ってきた幼馴染とはこんなものなのか。

 「帰るわ。」

 そっと立ち上がり啓太に背を向け立ち去ろうとする。

 「待って。」

 啓太は俯いたままおれの手首をつかむ。先ほどの浩二とは違い力は全く入っていないのだが、なぜか振りほどくことが出来なかった。

 「俺は、俊二のことが好きです。」
 「え……。」

 突然すぎる、告白だった。

 「何言って……。」
 「冗談とかじゃなくて、本気の好きです。」

 あまりに急すぎる展開に、今度はおれが黙ってしまう。

 「というか、俺は俊二に抱かれたいと思ってる。そういう意味で好きなんよ。」

 好きの意味がわかっていないと思われたのかさらに追加して好きの意味を並べられる。

 「それと……、それと、これと何の関係があんだよ。」

 ――じゃあ、好きならなんで、おれから逃げるように志望校変えたんだよ。

 声にならない思いがどんどん溢れていく。本当はこれを言えたらいいのだけれど、口から出たのは先ほどの一言で、そこから先は、声を発することが出来ずにいた。

 「だって、俊二の邪魔したくないんだよ。」
 「ケータ、何言って……。」
 「せっかく、努力で推薦貰ったのに、あの大学いけるようになってあんなに喜んでたのにさ、俺のせいできまずい思いさせたくないもん。」

 違う、邪魔なんかじゃない。おれが喜んだのはお前と同じだからなんだよ。

 そう言いたいけれど、頭の中に浮かび出る言葉はのどから先へ出てこない。

 「でも、俺の気持ちも限界だった。言わなきゃ死んじゃいそうなくらい辛くて、気持ち噛み殺せなくて、だから、今日、言うつもりだった。」
 「なんで……。」

 おれは間違ってたのか。

 「俊二が、完全に後戻りできなくなってからにしようって。ずるいよね。けど許して。だって、俊二はやさしいんだもん。やさしいから、きっと考えすぎて、変な方向へいっちゃう。」

 違う、違う、違う。

 「おれは……。」
 「俺、俊二と幼馴染ですっと居たかった。居れればいいと思ってたよ。」

 そう、それだよ。おれもそう思ってたんだよ。だから、好きな気持ち殺して、今の平行線を保とうとしてきたんだよ。

 「でも、本心はそれ以上を欲しがっていて、でも、それ以上に、俊二の幸せを願ってんだよ。俺の一歩的な感情に俊二の人生巻き込むことない。」
 「ケータっ。」

 これ以上、聞きたくないと思った。ついつい声を荒げてしまう。それでも、啓太は止まらなくて、まるで、今まで溜まっていたものを全て吐き出すようにしゃべり続ける。それをなんとか止めたいと思っているのだが、おれの頭の中は自分のしてしまった数々の失敗に苛まれていた。

 「だから、志望校こっそりかえたんだよ。俊二と幼馴染でいたいから。」
 「ケータ、聞いて。」
 「悟志にも相談したんだ。」

 なんだよ、それ。のけものはおれだったのか。次々と溢れてくるショックな情報に気力がどんどん奪われていく。

 「悟志は、両思いだって言ってたけど、俺はどうしてもそう思えなかった。」

 次が、最大の失敗だった。

 「だって、俊二、彼女いるじゃん。やっぱ大きいよ。彼女居るんだもん、俊二は。だから、気持ちだけはちゃんと伝えようと思って、今日呼んだんよ。」
 「そうだな、おれ彼女いるもんな。」

 気づいた時には、遅かった。気がつけば啓太はふにゃりとよわよわしい笑顔をみせていた。しかし、瞳はすでに涙を蓄えていて、少しの衝撃でこぼれおちてしまいそうでもあった。抱きしめることができたら、どんなに良かっただろう。でも、おれはその権利をもうとっくの間に、あの告白を受けた瞬間に失っていたのだと今さらに気づかされる。

 「泣くなよ、大丈夫だ。おれたちは、これからも幼馴染だよ。」

 口から出るのは、今までおれが切実に望み続けていたもの。そして、今では全く望んでいないものだった。

 「おれ、今日は帰るな。」
 「俊二は、やさしいね。」
 「おう、おれの半分はやさしさで出来てるからな。」

 精一杯のおふざけも、今となってはむなしい。慰めるのと同時に握った手に力すらこめられずにゆっくりと立ち上がる。

 それから他愛のない会話をいくつかしたが、その内容は全然頭の中に入ってこなかった。最後に『受験がんばれよ。』と『また学校で。』と言った記憶はあるのだが。視点すら定まらない状況で自分の言葉すら空を切り次々と霧散していった。

 啓太を一人部屋に残しドアを閉める。ドアにもたれかかると薄いドアの向こうで啓太の泣き声が聞こえる。その声に何もしてやれない自分ばかりが浮かび上がって情けない。

 ふと気配がしたので横をみると、そこには浩二が立っていた。

 「どけよ。」

 浩二の声は明らかに怒気を帯びているのだが、心なしか兄を一刻でも早く一人きりにしたくないという想いのほうが優っているような気がしていた。

 「どけって言ってんだろ。」
 「ああ、ごめん。」

 言葉に力が入らない。いっそこのまま、浩二に殺されてしまいたい。そう思ったのだが、同時に早く抱きしめてやってほしい思っていた。おれが、心底愛していたあの人を。今のおれじゃ抱きしめてやることもできないあの人を、早く。

 「浩二、殺すのは明日以降で頼むわ。」
 「言われなくても。」

 そう言われた瞬間に、しびれを切らしたのか力ずくでどかされる。ふっとばされた体は反対側の廊下の壁にぶつかって肩に鈍い痛みをのこす。浩二は威嚇したようにおれを睨みつけると啓太の部屋の中へ入って行った。

 「痛いや……。」

 何の感情でない自分は、なんて無駄な日々を過ごしていたのだろう。気持ちを押し殺してまで手に入れた幼馴染じゃないか。

 ――喜べ、喜べ、喜べ。

 「心が、痛いよ……。」

作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂