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天気予報はあたらない

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 啓太の家に着くと上半身裸の姿の弟の浩二にに出迎えられた。どうやら、風呂上りのようなのだが、客人を迎え入れるにあたってそれはどうなのかと思った。だが、本人はさほど気にならないようで首から下げたタオルで頭を拭きながら応対される。

 「俊さん、こんばんは。」
 「おう、コージ。久しぶりだな。あ、おばさんは。」
 「夜勤。」
 「そっか。」

 啓太の家はいわゆる共働きで、父親が単身赴任で別の地方へ行き、母親が看護師をやって生活をしている。啓太が家事が得意なのはそのせいで、毎日二人分の弁当を作っていると聞いたことがある。

 「それはそうと、俊さん、早かったじゃんか。」

 そう言われて、時刻を確認すると七時にはまだまだ早かった。しかし、ケータがなかなか現れない。普通なら、話し声を聞きつけて現れてもいいころだが。

 「ケータは。」
 「あ、兄貴なら、まだだと思って、まだ風呂入ってる。」
 「そっか。じゃあどうしようかな。」

 少し困ったそぶりを見せる。風呂に入り始めたんだからあと最低でも十分以上はかかるだろう。とりあえず、部屋で待たせてもらうか。そう思い浩二に視線を送って家に上がろうとする。その時だった。

 「もうすぐあがってくんじゃない。一緒にはいってたし。」
 「そっか、って、えええええええ。」

 まさか、一緒に入っていただなんて、想像もしなかった。だって、高校三年生と高校二年生のしかも男同士だぞ。普通に考えて、ありえないことだ。

 「おまえら、なにしてんの。」
 「なにしてんのって、スキンシップ。」
 「普通、しねーぞ、この歳になって。恥ずかしくねぇのかよ。」
 「まぁ、家族だし。母親と入るわけじゃないしさ。」
 「だからって、思春期はどこへいった。」
 「べっつに、兄貴が先に入ってたから、一緒に入ってやろって思って、無理やり入っただけだって。」
 「でた、ブラコン野郎。」

 啓太の弟の浩二は、重度のブラコンなのである。兄である啓太のことが好きすぎるのだ。母親が幼いころに看護師に復帰したため、啓太が兄として最大限の愛情を弟に注いだ結果がこれだ。隣で見ていてずっと思っていたことなのだが、啓太の身長が伸びなかったり、ガタイが良くならなかったのは、それらの要素をすべて浩二に吸い取られてしまったからなのではないかと思う。啓太が華奢でかわいらしいのに対して、浩二はバカでかく顔つきも精悍で男らしく育ちあがってしまったのだ。

 「ひどいなぁ、俊さん。オレは単に兄貴が好きなだけっすよ。」
 「だから、それが行き過ぎてんだって。」

 啓太の幼馴染として見てきた、この弟の異常なブラコン具合を語ってても仕方がないので、軽く受け流して啓太の部屋へ向かおうとする。

 「とりあえず、ケータの部屋で待ってるからって言っといて。」

 そう言い、浩二の肩を軽くポンポンと叩いて家に上がりこもうとする。すると、その手首をを浩二がギュッと握りしめた。

 「いってぇ。」
 「言っときますけど。」

 急に何すんだ、と言おうと思ったのだが、思いがけない威圧にタイミングを見失う。それだけ、真剣な表情で言われたので体がすこしたじろいでしまった。

 「なんだよ。」
 「兄貴、泣かしたら、殺すから。」
 「泣かすかよ。」

 突然の忠告に当然のように反論する。どうやら、おれは浩二に敵対されているようだ。浩二と出会って十数年が経つが、初めて知った浩二の本心に少しショックを受ける。最近まで尊敬してますとまで言われてたのだが、あれははたして嘘だったのか。

 ――なーんか、ショック……。

 とはいえ、内容も内容だ。おれが、啓太を泣かすなんて、ありえない。むしろ、おれは慰める側だ。

 「それなら、いいんですけど。」

 浩二が掴んでいた手首を離す。

 「浩二、マジ痛いわ。ってか、お前、おかしいよ。」
 「別に、普通だし。兄弟愛だよ、兄弟愛。」

 なんら表情を変えずに平然を装って言う姿に、この弟の兄貴に対する想いの強さが顕著に現れていた。いったい、何をどうしたらこんな風になってしまうのか。今まで、適度なブラコンだと知りながらも、自分の弟のように可愛がってきたのだが急にその異常なまでの兄貴への愛に、恐怖が全身を駆け巡った。

 「とりあえず、奥行くわ。啓太に伝えといて。」

 そういうと浩二の横をすり抜けて啓太の部屋に入り込む。早く、この状況から脱出したかった。啓太の部屋のドアを開けてなかへ入り扉を閉めた瞬間、一気に緊張の糸が解ける。
 その場に座り掴まれた手首を見ると、そこは赤くなっていた。

 「あいつ、力強すぎ。」

 そう、一言つぶやいた。そのまま、部屋を見渡すと部屋の真ん中のテーブルに見慣れた一枚の紙切れを見つけた。それは、最近行われた模試の結果のようで、悟志が見せてくれたので、その存在を偶然にも知っていたのだ。しかし、啓太は悪かったからと言い、悟志はおろかおれにも見せてくれなかったのだ。

 「どれどれ。」

 ここに置いておくほうが悪い、と勝手に自分を正当化して立ちあがり、テーブルまでつくとその紙に目を落としていく。なに、悪かったといってもそんなに急に落ちることはあるまい。啓太のことだ、きっと謙遜しているのだ。

 「俊二、何、見てるん。」
 「お、ケータ、あがったのか。」

 笑顔で振り返ったら、予想以上に啓太の顔は青ざめていた。

 「それ、見たの。」
 「なんだよ、ケータ。そんな顔して。ここに置いておくほうがわる……。」
 「だめっ、見ないでぇっ。」

 啓太は叫ぶように声をひねり出すと、その紙を回収にかかろうと、手を伸ばした。しかし、おれも意地だ。何としても見てやろうとそれを制する。もともとの力の差もあり、軽くいなすと本人が隠したがっていた判定のところへ目を見やる。

 「なんだよ、これ……。」
 「俊二……。」

 啓太は抵抗をやめ、その場にへなへなと座り込んだ。顔は俯いていて、目すら合わなくなっていた。しかし、それ以上におれは動揺していた。

 「ケータ、これ、どういうことだよ、なあっ。」

 判定はAばかりだった。志望欄は全部で五つありその全てに九〇パーセント以上の合格可能性が算出されていた。しかし、その志望校の欄に、おれの行く大学名、つまり、啓太が今まで目指してきた、おれと一緒に行くと信じて疑わなかった大学名がこれっぽっちも記載されていなかったのだ。大学受験のこの時期にお金を払ってまで本命をかかない受験生などいないだろう。つまり、啓太が隠したかったのは判定ではなくて、志望校の欄だったのだ。

 「なあ、なんとか言えよ。」

 啓太は黙ったままで、なんのリアクションも返ってこない。裏切られたという事実だけが体を支配していく。言いようのない気持ちばかりがこみあげてくる。

 ――なんか、おれバカみたいだ。

 自分ばかり舞い上がって、あんな程度の低い妄想をして、自分の未来がまだまだ明るいだなんて。

 「バカみたいじゃん、おれ。」

 そう一言、口をついて出る。一気に力が抜けその場に座り込んでしまった。すると、啓太が意を決したように俯いた顔をあげ、おれの目をしっかりと凝視し話し始めた。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂