天気予報はあたらない
「……それで、泣きながら歩いてたら、悟志とあったわけ。」
こうやって、一日を振り返るだけでも今日はいろいろなことがあったなと思う。降り始めた雨は未だやんでいなくて、朝の自分にタイムスリップして教えてやりたいくらいだ。
「結局はさ、こんな想い持ってちゃいけないんだよ。」
あてのない未来に何も期待してはいけない。それが今日学んだことだ。男が男に恋をすること自体が、世間に広まったマイノリティである限り、その概念をもたない者には一生届くことはないのだと。そして、そんな思いにばかり振り回されてしまう自分ばかり惨めになっていくのだと。今日、一日でたくさん教訓を得たはずだ。
「だから、悟志には申し訳ないんだけど、俊二の事は諦めるよ。」
そう、誰にも迷惑をかけないように、今までみたいに自分の心にふたをしてしまえばいい。今日はいろいろありすぎて緩んでしまったが、今後はそんな事がないように、しっかりと自制して。
「そのうち、俊二がそういう対象だったってことも、忘れる。だから、もう、いいんだ。」
明るく言い放ったつもりだった。乾いた自分の笑いだけが部屋の中を埋め尽くす。
「あんな、ケーちゃん。」
その空気を変えるように、悟志が一言呟いた。その顔は覚悟を決めたようで、俺を見つめる目はまっすぐで強い。
「うん。」
そっと相槌をうつ。相手にプレッシャーを与えないように声を張らずそっとこの空間に置く。
「俺、それは違うと思うんだ。」
急に、否定されると自分の心に防波堤を張らない分だけ強く響く。
「ケーちゃんがそこまで言うなら、俺も一つ、自分の気持ちでどうしようもならないことを言うよ。」
悟志はここで一呼吸置いた。緊張感だけが二人を包んでいく。
「俺、ゲイなんよ。」
「え、あ、うん。」
想像していたもの以上の答えが返ってきて、すこし声がどもってしまう。『ゲイ』という言葉は聞いたことがあるし、もちろん意味も性質も理解していたつもりだ。ただ、それは遥か遠巻きに見ていたことで、いざ親友がそうだとなったときに、どうしたらいいのかわからなくなる。
正解が見つからないから、何も言えない。何も言えないから、正解が見つからない。
「引いたか。」
沈黙を破るように悟志が切り込む。その顔はひどく悲しげで、後悔すらその奥に潜んでいるような気がした。なぜ、もっといい返事ができなかったのかと、少し前の自分を恨んだ。
「引いてないよ。」
「うそだ。」
「嘘じゃない。」
少し、言葉が強くなる。間違ってはいないと思う。俺だって俊二が好きなんだ。男が好きなことには変わりない。こんなことで、引くはずがない。
「俺とお前は違う。」
「違わない。」
「違うっ。」
真っ向から否定される。それがなんだか頭にきてキッと悟志を睨みつける。
「違わないって言ってんだろ。現に今、俺だって俊二のことが……。」
「好きだって言いたいんだろ。違うんだよ、それじゃあ。」
「そうだよ、一緒だろ。」
なんでこんなことになっているんだ。俺は悟志とケンカがしたい訳じゃない。むなしい思いだけが募っていく。
――なんで、分かってくれないんだよ、悟志……。
「一緒じゃないよ。お前はが好きな男は俊二だけだろ。それ以外だったら、普通に女の子と付き合えるし、基本的には女の子が好きなんだよ。けど、俺は違う。」
何も言えない。心のどこかにあった核心を的確に突かれている様で、浅はかな自分にひどく悲しくなる。
「悟志……。」
「俺は、男として男が好きで、むしろ男じゃないとだめで。」
まくしたてるように話し続ける。まるで、俺の相槌すら拒否するように、次々と言葉が、そして新しい事実が紡ぎだされていく。
「こーちゃんの事がタイプで、というか、どストライクで、毎回会うたびにかっこいいなって思ってて。」
「悟志。」
名前を呼ぶことしかできない。
「きっかけさえあれば、そこらへんのおっさんでも、俊二でも、もちろんお前だって好きになっちゃうし、抱かれたいとも思っちゃうんだよ。」
いままで曇っていた表情が、あまりに思いつめすぎて気がふれたのか、急に悟志が笑って一言放つ。
「気持ち悪いだろ。」
声をあげて笑う。言い知れない恐怖が体を支配していく。目の前にいる悟志が別人に乗っ取られてしまった気がして、直視することができない。
「やめろよ。」
「はぁ、なにが。だって、気持ち悪いじゃん、俺だって気持ち悪いと思うもん。」
挑発した視線で見下される。見ていられない。
「だから、やめろって、そんなに自分のこと傷つけることないだろ。」
「自分で傷つけなかったら、どうするんだよ。」
再びうつむく。悟志はもう壊れてしまったのではないか。こんなに短時間でいくつも表情を変える姿はめずらしく、体の機能そのものがおかしくなってしまったのではないかと思うほどだ。
「みんなそうだよ。そんな風にかばっておいて、裏ではみんな俺のことを蔑んでるんだよ。だって、俺自身、自分のこと嫌いすぎて死にたいくらい。」
「……。」
「友達なんて、一瞬だったさ。学校で、あることがきっかけで俺がそうだってばれた瞬間にみんな離れていっちゃった。」
「俺は、違う。」
自分に言い聞かせているようだった。なんとかして自傷行為をやめてもらわなくてはならないと必死で仕方がなかったが、なかなか止めることができずにどんどんナイフのような過去があふれてくる。
「忘れられない言葉があってさ。」
きっと一番の核心部分だろう。それを、俺は受け止めきれるのかわからない。けれど、遮る事も出来ず、視線だけは逸らぬよう、しっかりと見つめる。涙が自然と溢れそうになった堪える。
すると、浩二が携帯電話を取り出し一枚の写メールを見せる。そこには浩二ともう一人の男が仲良く肩を組んで写っていた。二人の制服が違うからきっと高校は違うのだろう。
「こいつ幼馴染なんだけどさ、同じ中学の仲間からこいつにまで噂が広まっちゃって、ある日言われたんだよ、俺のことそういう目で見てないよな、って。」
「……。」
「言えなかった、違うって。そうじゃないよ、当たり前じゃんって、言えなかったんだよ。だって、好きだったんだ。俺の初恋は紛れもなくこいつで、十年間好きで、好きで仕方がなかったんだから。」
「もう、やめろ。」
「何も言えなくて黙ってたら、ごめん、俺、そうじゃないから、だってさ。」
「悟志……。」
「わかってたのに、なんで期待しちゃったんだろう。」
悟志の視線が空を仰ぐ。その表情は切なすぎて、こちらまでその感傷が広がっていく。
「距離置かれちゃって、話さんようになって、いつの間にかメアドも変わってて、ひどくない、最低だよね。」
また、笑い始める。いや、自嘲というべきか、もうその姿は見ていられない。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂