天気予報はあたらない
四人で出店を回ったあと、陽子が由香と雄太を二人っきりにしてあげたいというので、わざと人ごみではぐれたふりをして、二人との距離を作った。このままあてもなく歩き続けていても仕方がないので、そのへんのベンチに腰を下ろすと、隣で陽子が由香と電話をしおわったようだ。
「あとで、落ち合うって。」
「おう。」
こういう時、携帯電話は便利だと思う。お互いに探さなくても、電源さえ入っていればある程度の事は確認ができてしまうのだ。
「で、どうしよっか。」
陽子がそっと聞く。人ごみは予想よりも体力を消耗するようで、歩き疲れたことには変わりがなかった。あたりを見渡すとそこかしこにカップルばっかりで、こういうのってやっぱり一人で行くものではないと改めて感じる。少しばかりの沈黙が二人の間を取り巻いていく。
「あ、たこやき。」
急に思いついたように、陽子が口走る。
「忘れてた。ケーちゃん待ってて。あたし買ってくる。」
「いいよ、それ。もういらない。」
正直、初めに付けた条件のたこやきなんてもうどうでもよくなっていた。というより、逆に、暗くなっていたこの気持ちを陽子が晴らしてくれたのだ。逆に感謝している。
「今日、ヨーコのおかげでめっちゃ楽しかったから、いらない。誘ってくれて、ありがと。」
その言葉に陽子は視線を外す。なんか、普段の陽子とは違うオーラが見え隠れする。しおらしい空気を纏っていて、なんか切ない。
「あたしこそ、ケーちゃんとこれて良かった。」
「なに言ってんの、お前。キャラ変すんなよ。」
体中に危険信号が発せられる。
「あたしさ、実は、ケーちゃんのことずっと好きだったんだよね。」
「何、言って……。」
求めていたのはこんな展開ではない。普段通りにふざけあって、冗談で罵りあって、笑いあう。そういう関係だったはずだ。あまりの急な展開に頭がついていかない。
「お祭り、好きな人とくるの憧れてたんだよね。」
陽子がまるで悲恋のドラマの主人公のように話し出す。
「何度も、誘おうと思ってた。けど、三年かかっちゃった。」
「おん。」
動揺しすぎて、返事をかむ。三年という数字が一気に現実味を増して重い。
「ケーちゃん、人気あるんだよ。競争率高くって。」
気付かなかったわけじゃない。それなりに告白も受けてきたし、断ることも繰り返してきた。
「どうにもならないから諦めようって、どうにかなる自分の気持ちを、ひたすらに変えてきたけど、やっぱり、あたし無理だ。」
陽子は、俺と一緒なのか。これ以上聞いてはいけない。話を変えないと折角消せそうだった俊二への思いが暴走してしまう。
「あたし、ケーちゃんのことが好き。」
「ヨーコ、やめ。」
「だから、あたしと付き合ってください。」
俺にはこんなことできない。
なんて、強いのだと。目の前の女は、自分よりも遥かに強くてなんて綺麗なのだと、実感させられる。まわりには大勢の人が行きかっているはずなのに、今、目の前にいる人しか見ることができない。何か言葉を発しようとしても、人として自分の気持ちに正直になれない自分が何を言っても、目の前の彼女には及ばない気がして、そんな自分が恥ずかしくて嫌いになる。
――なんか言えよ、俺……。
再びの、沈黙。祭囃子はどことなく寂しく響く。その空気を察した陽子が急に立ち上がり俺に背を向ける。
「なーんてね、嘘でしたー。」
陽子の表情は分からない。
「ケーちゃん、そんなに悩まないでよ。いつもみたいにありえねーって突き放せばいいじゃん。」
俺は最低だ。
「ばっかじゃないの。あたしごときで、悩むな。優しすぎるよ、ケーちゃん。」
強いだなんて勘違いして、本当は泣きたいくらい不安で仕方なかった彼女の一世一代の勇気を、ぶっ壊した。
「ごめん。」
陽子の背中を抱きしめる。何を謝っているのか自分でもわからない。ただ、その言葉しか出なかった。
「返事はいらない。」
振り返った陽子は涙目で、でも、自分のキャラクターをこれ以上崩壊させまいと、じっとこらえているのがわかる。
「返事はいらないから、卒業まであと半年、今までどおり、一緒にいてください。」
こんな、つらいことを言わせて、俺は何をしている。でも、出てくるのは、一言だけ。
「ごめん。」
陽子へと一言。
「ごめん。」
俊二へと一言。
「ごめん。」
自分をごまかして、生きててごめんなさい。
「そんなに、謝らないでよ。ずるいなぁ。」
陽子が声を震わせて言う。俺は、言わなくてはいけない。こんな思いを引きずらせてはいけない。人としてダメな、自分のクローンを作ってしまう。
「陽子、返事はいらないって言ったけど、俺ちゃんと言うよ。ごめん。俺、好きな人がいるんだ。」
初めて、自分の気持ちを口にすると、堰を切ったように俊二への気持ちがが溢れてくる。ため込んでいた分、離れてしまっていた分、隠しきっていた分、大きくて大きくて、自分のキャパシティーを数倍近く超えた思いの波が押し寄せてくる。
「そっか、じゃあお別れだね。」
陽子が、一言呟く。でも、俺は続ける。
「だから、都合のいいことかもしれないけど、俺からお願いします。俺と、卒業まであと半年、今まで通り、一緒にいてください。」
なんて、自分本位なのだ。ああ、また自分を嫌いになる要素が一つ増えてしまった。陽子はどんな顔をしているのだろう。泣いているのか、呆れているのか、怒っているのか、でもどれであろうと、今、一歩進めた。陽子のおかげで一歩進めたのだ。すると抱きしめていた腕を解かれ、陽子がこちらを振り返る。
「なに、涙目になってんのさ。」
「お前こそ。」
陽子は笑っていた。いつもみたいな、はじける笑顔で、それがなぜか俺にとってすごく安心できるもので仕方がなかった。
「ケーちゃんのお願いだしなー。仕方がないからたこやきで手をうつとしよう。」
「うわ、なんだそれ。」
そう言うと、二人笑いあう。
「そうときまったら、たこやき買いに行こう。」
陽子がそう言って手を引いた瞬間だった。
「うわ、今頃雨降ってきたし。」
目の前に広がる大粒の雨。
「とりあえず、雨宿りしよう。」
そう提案をして、あわてて近くの交番の軒下へ滑り込む。交番の警察官は突然の豪雨によるパニックであわてつつ、走って駅に向かう人の防護にあわてて出て行った。
「ヨーコ、大丈夫か。」
「うん。ありがと。」
「こりゃ、中止だな、花火。」
「そうだね。」
少し、しんみりする。ここにきて、天気予報が当たったことが少し恨めしい。
「ここにいてもしょうがないから、俺、あそこのコンビニで傘買ってくるわ。」
そう言うと、四軒隣のコンビニを指さす。みるみるうちに人が吸い込まれていって、早くしないと傘が売り切れてしまうのではないかと思うほどだった。
「うん、じゃあ、あたし、その間に由香と連絡とっておくね。」
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂