天気予報はあたらない
――たかやん、来なくてよかったかも……。
普段から発揮されまくっている、隆也の残念さがここで生きるとは、また運命とは分からないものである。
「ところで、ケーちゃんはさ、花火行かないの。」
「あ、うん。別に今年はいいかなーって思って。最近、人ごみめんどくさくってさ。」
「うわっ、休日のお父さんみたいなこと言っちゃって。ケーちゃん、寂しいなー。」
ふざけた同情が、少し心地いい。こういう会話をしているだけで、今年は自分が行けなかったのではなく、自らの判断で行かなかったという気分にさせてくれる。
そうだよ、行けなかったんじゃない。行かなかったんだ。別に、俊二がいないからとかじゃなくて、自分自身のために行かなかったんだ。
そう思っていると、目の前で陽子が急にひらめいたそぶりで、こちらを見る。
「じゃあさ、ケーちゃん。暇なんだったらさ、花火、一緒に行こうよ。」
「えー、めんどくさいや。お前一人で、ラブラブな二人の邪魔者になって来いや。」
いきなりの誘いに、少し動揺するもいつものスタンスで答える。俺と陽子はいつもこうだ。ふざけたしゃべり方でお互い思ったことを言い合う。
「えー、やだよ。むーりー。ね、ね、お願いだからさ。」
「お前、ぶりっこすんなって、キャラ違うし。」
「もー、ケーちゃん、見捨てないでよー。ねっ、お願いだからさぁー。」
「えーっ、どうしよっかなー。」
「じゃぁ、たこやき。おごるからさ。」
「仕方ないな、いいよ、行くから。もう、お前めんどくさいなぁ。忘れんなよ、たこやき。」
陽子が出してきた交換条件のたこやきは、俺の好物の一つで、それをとっさに出してくるあたりこの執念はすごいなと思った。よほど、二人の邪魔者になるのが嫌なのだろう。このやりとりをし始めた段階で、行ってやる気にはなっていたのだが、俺にだってキャラというものがある。高校生にとってキャラクターは大切なのだ。男女関係なくズケズケと会話をしてくる陽子しかり、隆也の残念さしかり、俺にも今までの学生生活で作り上げたものがある。それによると、こういった場面ですぐにオッケーをしないのが、俺というキャラクターの基本なのだ。
そうこうしているうちに、由香と雄太が到着したみたいだ。
「おっ、ケータじゃん。」
「あっ、本当だ、ケー君だぁ。」
いち早く俺の存在を見つけた雄太がそれを言葉にして発すると、ゆったりとした甘い声で由香がしゃべる。クラスの女子のほとんどがあだ名の『ケーちゃん』か名字の『長瀬君』のどちらかで俺を呼ぶのに、なぜか由香は『ケー君』と呼ぶ。そのせいで、きっとそのゆったりとした話し方もあいまって、目をつぶっていてもこの言葉を由香が発していることは分かるだろう。
「よっ。」
二人に向けて、軽く挨拶をする。ちゃっかり手なんて繋いじゃって、これで恥ずかしいからとか、よくそんな理由で誘えたななんて思う。
「ケー君、なんで、ここに居るのぉ。」
「あ、たまたま駅きたら、ヨーコに呼びとめられてさ。」
「そ、あたしが呼びとめたの。」
陽子が会話に割って入る。そのまま、人の話を奪って続ける
「たかやん、風邪だっていうしさ。」
「そうなんだよ、隆也のやつ、マジであり得んし。」
雄太がキレた素振りを見せる。きっとこれはふざけたものなのだろうが、少しは本気も混じっているような気がする。そりゃそうだ、折角お膳立てしたものが、パァになってしまったのだからそういう気持ちになるのも仕方がない。
「でさ、そんなたかやんのせいで、めーちゃこの小一時間気まずくて。あたし今日どんなスタンスでいたらいいのー、とかさ。ほんとはダブルデートの予定だったから、二人の間に一人で割り込むの気まずかったー。」
「そんなぁ、別に気にしなくていいのに。」
由香が陽子を慰めるしぐさを見せる。由香の事だからきっとこの言葉に裏なんてなくって、全部本心なのだろう。でも、きっと俺だったら、本当にそう思うなら、手を繋いで現れない。幸せって心底恐ろしいと感じる。まぁ、そんな風に斜めから考えているのは自分だけみたいだ。その言葉を受けると、陽子がこう続ける。
「だから、ケーちゃん、連れてっちゃおーってひらめいて、声かけたら、釣れちゃってさー。」
「おい、俺は魚じゃねーぞ。」
いきなり話題に上がったと思ったら、まさかの魚扱いでびっくりする。俺が魚だとしたらさっきまで花火大会に行く人の群れをかき分けるようにして逆行していた行為は、まるで鮭の遡上ようだと、心の中でそっとつっこみを入れてみる。
「そーなんだぁ。じゃあ、早く四人でいこうよぉ。」
由香は急に予定外の人が増えても気にしないタイプの人のようで、雄太の浴衣の裾を引っ張ると上目づかいで同意を求める。このふわふわした感じが許されるのはきっと由香だからなのであろう。
「急に俺、増えたみたいな感じだけどいいの。」
なんか、逆に不安になってしまって、思わず二人に聞いてしまう。
「えー、なんでぇそんなこと聞くのぉ。いっぱいいたほうが、楽しいじゃんね。」
「おう、そうだな。」
相変わらず由香はゆったりと答えると、雄太もそれに同調する。きっと二人とも今日は楽しく遊ぶスタンスなんだろう。誰かが減ったり増えたりしたところで、二人にとってはデートには変わりがないのだから。
「よかったね、ケーちゃん。」
陽子がそういうと、由香がお祭りの楽しい雰囲気にじっとしている我慢がもう出来ないらしく、俺たちをせかすようにして人ごみの中へ連れ出そうとする。
「行こ。」
予定外だが、今日外に出て良かったと今更ながら思う。天気予報が当たらなかったことが、上手い具合に憂鬱しかなかったこの日を、みるみるうちに楽しいものへと変えていっている。
「わかったって。待てよ。」
そう言うと、面倒だと思っていた人ごみに自分が溶け込んでいくのを感じた。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂