天気予報はあたらない
「あ、兄貴おはよう。」
今日の朝、いつもより遅めの起床をすませ、朝食を摂ろうとリビングへ行くと、浩二が意気揚々と弾んだ声で話しかけてきた。
「なんだよ、気持ち悪いなぁ。」
「だって、晴れたから。」
窓の外に目をやるとたしかにそうだ。昨日の天気予報が雨だったから、降っているものだと勝手に思い込んでいたが、外はその気配すらなく、しっかりと天気を保っていた。
「こうなると思ってたんだよねぇ。」
リビングのソファに座る浩二が自慢げに言う。昨日の夜は雨だと聞いてすねていたくせに、なんだこの変わりようは。
「気持ち悪っ。」
「もー、そんなこと言っちゃって。機嫌悪いなぁ。」
「別に、悪くないし。」
ただ、驚いてはいた。
いつもは当たる天気予報が外れた。それだけで何かがもしかしたら変わるかも、そんな気がしていた。
それが間違いだったのかもしれない。
「うーん。どうしようか、今日。」
一気に今日のやることがなくなった。
とりあえず、ただ立っているのもバカみたいなので、浩二の横に腰掛けようとする。三人掛けのソファには浩二の巨体がいつのまにか横たわっていて、それをどかすように、座ろうとする。
「てめ、よけろや。」
「やだねー。」
なかなか、スペースを空けてくれないので、空けてとお願いをするのを諦めて、無理やり潜り込もうとする。浩二はどうしても避けたくないらしく、必死に邪魔をしてくる。
「もーっ。いい加減にしーや。」
気が付いたら、笑っていた。こんな小さな悪戯ですら不思議と楽しくなってしまうのだから、兄弟とは不思議なものだ。だから昨日の予定では、本当に雨が降ってデートが中止になった浩二をいじり倒してかまってやろうと思っていたのだ。
――計画倒れだなぁ。
そんな事を思いながら深く座ると、浩二の関心はもう俺にはないみたいだ。さっきまであんなに抵抗していたのに、俺をソファに受け入れたかと思ったら、すでに隣では、浩二が嬉しそうに携帯電話で彼女とのメールにいそしんでいる。なんだ、この変わり様は。まったく、見てて面白すぎる。
「なんか、ムカつく。」
一言、呟いてみる。
「なんだよ、兄貴。」
それに、気付いたのか首をキュッと締められる。相変わらず力は俺なんかよりはるかに強くて息が詰まってしまいそうだ。向こうはスキンシップのつもりだろうが、こちらとしたらそんなことで生死の危機に晒されたくない。
「力加減しろよ、バカ。」
残りの力を振り絞って言う。
「あ、ごめん。痛かったか。」
「何笑ってんだよ。」
見上げると、とびっきりの笑顔をしていて、それだけで腹立たしくなる。こんなことでイライラしてしまう自分の精神状態の不安定さに、正直呆れる。
――もう、自分が嫌いになりそう。
そう思ったが、同時に、違うなとも思う。なりそう、ではなく、もうすでになっているのだから、違うのだ。
少なくとも、俊二の事を好きになっててしまった瞬間からは、自分の事が嫌いだ。だから、これは間違いないのだと、結論づける。
「だってオレ、今、かなり幸せだから、なんでも笑えちゃう気分なんだよね。」
「はいはい、そうですか。」
さっきのが皮肉交じりの言葉とは気付かずに真面目に答えてくる浩二の返答に流しながら答える。
「なんで、そう思えるん。」
「だって、晴れたから。」
少し前に聞いた答えだなと思って、思い返してみると数分前に似たような質問をした事を思い出す。そうだ、今日は予定外に晴れたのだ。雨が降っている、という現象が朝の時点で否定されたのだ。
「なんか、ムカつく。」
そう言うと、勢いをつけてソファから立ち上がる。
「どこいくん。」
浩二がそう聞くが、振り返らずに答える。
「外。」
「朝飯は、食わんの。」
そうだった、確か俺は朝飯を食おうとリビングに来たんだった。けれど、もうそんなことはどうでもよくて、とにかく、予報が外れたという、不確定な未来を実感するために、外に出て日差しを浴びたい衝動に駆られていた。
「いらん。」
もしかしたら、俊二の事なんて、どうでもよくなるかもしれない。今まで、好きで仕方がなくたって、未来は今日みたいに突然変異するのだから。
「そっか、いってらっしゃい。」
浩二が携帯を目にしながら形だけの送りの言葉を口にする。いつもだったら、なんだよ心がこもってないなと思ってつっかかるところだが、今日はそんなのどうでもよかった。一刻も早く着替えて家を飛び出したかった。
――早く、外に出なくては。
だって、今日は晴れたのだから。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂