天気予報はあたらない
学園祭の本番を明日に迎え、あとは本番を待つのみであった。教室では、衣装の最終チェックが行われているようで、残すは、おれとケータだけであった。
「長瀬君から、やるね。」
クラスでもほとんど発言しないような、控えめ系の女子がケータを呼ぶ。その手の中には、丁寧に作られた、特製のセーラー服が見えた。
すげぇな、と素直に思う。
たとえ普段からクラスの中で目立たなくとも、こういう時にしっかりと実力を示せるやつなのだ。それはたとえ洋裁といった、こんな特殊な状況下でしか見られないようなものであったとしてもだ。
――じゃあ、おれには、何があるのだろう。
クラスの中心にいつも居たって、心は常に自分の必要性を探してしまっている。あんなに笑っていても、不安で、不安で、不安でしかたがない。
こんなに背が高くたって。
手が大きかったって。
声が渋かったって。
運動ができたって。
必要とされなかったら、意味がないのだ。
「平井さん、すごいじゃん。」
衣装を受け取ったケータの声は弾んでいた。
今から女装をするというのに、しかも、はじめは嫌がっていたのだ。
「ケーちゃん、なにそのテンション。」
「だってさぁ、俺のために作ってくれたんだぜ。」
悟志が、ケータを茶化すと、ケータは怒るわけでもなく興奮気味に話し続ける。
「そういうのって、なんか嬉しいじゃん。」
「そんなたいしたものじゃ、ないよ。ちょっとづつ、ミスもしてるし。」
平井さんは謙遜して顔をうつむかせる。でも、きっと嬉しいのだろう。こんなに素直な感情を目の前にして、心が弾まないやつはいない。
「全然、いいって。そんなの気になんねぇし。なぁ、悟志。」
「そーだよー。俺らとか絶対無理だし。早く着てみてよ。」
「あ、そーいう時間だったよね。」
そういうと嬉々として、机を重ね布をかぶせて作った簡易更衣室の中へ入っていく。衣装班のみんなは、全員嬉しそうにケータの着替えを待っている。
だから、おれはケータと今でも一緒にいるのだ。
本当に幼馴染でよかったとつくづく思う。特別な理由がなくても、一緒にいることができる。
おれはケータをいつでも必要としているのだ。あいつをいつでも見ていたいと思うし、居るだけで世界が一転するのだ。つまらない授業でも、ありきたりな涙ものの映画でも、負けるとわかったスポーツ中継でも、あいつ越しに見るだけで、自分のなかに違った何かが沸き起こるのだ。その何かはまだわからないけど、それはとても気持ちがいいものだった。
――じゃあ、ケータはなんでおれと一緒にいてくれるのだろう。
おれがわからないのはそこだ。ケータはおれの何を見ているのだろうか。何を、必要としてくれているのか。
わからないわからないわからない。
「俊二。おーい、俊二ってば。」
「あ、驚いたぁ。悟志か。」
少し、考えこんでいたようで、目の前に来た悟志に声をかけられはっとする。
「もうおれの順番きたのか。」
「違うよ、まだケーちゃんの番だよ。」
「おっそいなぁ、あいつ。」
見えない布越しに呟いてみる。
「違うんだよ、それがさ。」
悟志が、笑いながらフォローをする。この状況が楽しくて仕方がないようだ。
「着てみたら似合いすぎてるらしくて、急だけどこのままメイクもしてみることになってさ。」
そういうことか、と思った。
さっきから、女子の出入りが激しいなと思ったら、一枚布の奥では本番同様のメイクが行われているらしい。
「それでさ。」
急に、悟志が声をひそめる。さっきまでの笑いとは違い、その落差に驚く。
「俊二にだけ、話があるんだけど、ちょっといい。」
「別にいいけど。」
ゆっくりと椅子から立ち上がる。順番待ちの間ずっと座っていたせいか、少しばかり腰が痛い。
「どこいくん。」
「とりあえず、人のいないとこ。」
どんだけ重要な話なのかと思い少し気おくれする。賑やかな教室をでて、悟志につられるがまま、校内を歩く。
「ここでいっか。」
誰もいない空き教室のドアを開け、入るように促される。学校の端っこにあるそこは、学級数の減少によって空いてしまった教室で、
ほとんど使われていない机や、教材の備品などが乱雑に置かれているところである。換気をされていない湿ったにおいが鼻を突き、薄暗い教室は少し不気味だ。
「話ってなんだよ。」
悟志が話しやすいように、先に切り出してやる。
「あの、さ。」
「うん。」
「最近、ケーちゃんと、なんかあったん。」
動揺をするな。
「別に、なんもないけど。」
精一杯の余裕をもって、嘘をつく。ばれていないか心配になる。あまりにも悟志の顔が真剣すぎて、見透かされそうになる。
「ホントに、ないん。」
「べーっつに、なんもないって。」
おれはどんな顔をしているのだろう。ちゃんと平静を装えないと、幼馴染が壊れてしまう。
「なんだよ、悟志。なんかあってほしいみたいじゃん。」
「別にそういうわけじゃ、なくてさ。」
耐えろ。じっと我慢して、悟志の次の言葉を待つ。
「なんか、最近、ときどき、一瞬だよ、二人ともすごくつらそうな顔するから、心配で。」
「つらそうって、おれがか。」
――何を言ってるんだ、悟志は。
意味がわからない。ちゃんとできていたはずだ、普通の、幼馴染としての長瀬啓太に接する西野俊二の扱い方が。あいつだって、そんな顔は一切してなかったじゃないか。
「そんなわけないだろ、少なくともおれは大丈夫だし。」
「そうなん。」
早く終わらせるべきだ、この会話を。
「そうだよ、なにナーバスになってんだよ。舞台近くて緊張してんのか。」
限りなく明るく茶化す。
「ほら、もういくぞ。」
「あ、うん。なんか、ごめん。」
「いいって、いいって。心配してくれたんだろ。」
「うん。そうだけどさ。」
「べっつに、おれもケータ見てたけど、そんな変わりないだろ。」
「だけどさ、」
話を、切って切って切ってしまえ。これ以上、この場で悟志に話をさせるな。
「あのさ、おれトイレ行ってから教室戻るわ。」
「ほんとに、ごめんな。」
「なんか、気になるなら、ケータにも聞いといてよ。」
ガラガラと立てつけの悪い音をさせながらドアを開ける。
完璧なはずだ、限りなく明るくふるまったし、これでこそいつものおれだ。
「よかった。」
後ろから、悟志の安堵の声も聞こえた。
――よかった、納得してくれて。
心配なのは、自分の顔つきだけだ。いくら言葉でごまかせていても、表情にでていては元も子もない。たとえ教室が薄暗くても、ごまかしきれないだろう。でも、納得したのだからできていたはずだ。
そうだ、これは確認だ。これからも、幼馴染を維持していくための確認だ。
「なんで、こんな顔してるんだよ。おれは。」
自然と笑みがこぼれる。自分の顔を見て笑えるなんて、どうかしているなと思う。あわてて顔を洗う。何度も何度も何度も。
「俊二、大丈夫か。」
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂