りんみや 陸風3
「いいよ、ちょっときついとは思ってた。・・・フォローさせて悪かったな、タガー。」「いいや、おまえはすごいよ。俺なんかには真似できない。」
「・・・そうでもないさ・・・私は厳しいから、タガーのフォローがあって、ちょうどいい具合だ。美愛はゆきと違って成長するのが早いはずだ。少しずつ覚えさせる・・・手伝ってくれ。」
小さな子供を拾う。それが大変なことだと城戸は知っている。リィーンが拾ったゆきは弱くて、たくさんの保護者に守られて生かされた。自分が拾う子供は健康ではあるが普通ではない。やはり、たくさんの保護者の協力がなくては外へと出せない。
「ああ、手伝うさ。俺がリタイヤするまではな。」
「・・・心配しなくても、それまでには大人になる。それよりも俺のほうが先にお役後免になるかもしれない。」
こんなふうに叱ったり説教していれば、子供がいつの日か自分を避けることになる。そうなったら、自分が排除される。その時は水野からも離れるつもりはしている。それまでにできるかぎりのことはする。そこからは、子供の責任だ。
「バカ、年令的に考えたって、おまえのほうが長生きするよ。なぁーに、気弱なことぬかしてるんだ。このガキに三指ついて礼を言ってもらうまで働け。」
それは子供が結婚するまでという意味だ。カラカラと城戸が笑って、子供の頭を撫でる。とても長い未来のことだ。この子は自分より先に眠らない。今度は眠ることはない。それだけが救いだ。二度と、あんな別れはしたくなかった。
「・・・うん・・・そうだな。がんばってみるよ。」
ぽつりと城戸が吐き出した。もはや、城戸は美愛なくしては精神の均衡は保てない。多賀と九鬼が出した結論である。そこまで思い詰めてしまった城戸だから、亡くした子供の代わりを与えれば安心して委せておける。絶対に離すな、と九鬼から頼まれている。精神的により依存していたのは城戸のほうだったのかもしれない。それを知っていたから、歳幸は城戸との距離を置きたがっていた。自分が消えれば城戸がおかしくなるとわかっていたのだろう。今更ながらに、ふたりは亡くなった子供の優しさを想う。途中から、九鬼は城戸の拠点を日本に移してもらうように手配しようとしていた。ちょうど、歳幸の限界までの時間が十年を切った頃である。
「絶対に、それは認めないよ、クッキー。次期オーナーとして命じる。りっちゃんに余計なことはしなくていい。正式なオーダーとして従ってくれ。」
ただ一度だけ、歳幸は九鬼に命じた。それ以外は九鬼のやることに反対などしたこともなかったのに、それは強制力のある命令として発せられた。
「だが・・・おまえはリッキーに傍に居てほしいだろ?」
九鬼の反論に、相手は悲しそうに微笑んだ。そして、再度、「オーダーだ。絶対にりっちゃんを日本に呼び寄せるな。守れないなら、クッキーをニューヨークオフィスに飛ばすぞ。」 と、いつにもなく強固に押し切られた。それに関しての動きは歳幸から完全に止められてしまった。
「たぶん、わかってたんだ。みやは自分の寿命が長くないことをさ・・・だから、リッキーを呼び寄せなかった。もし、自分が倒れてしまったら・・・リッキーは立直れないって・・・自分が寂しいことより、リッキーの心を気にしてた。」
気付けばよかった、と九鬼は後悔した。それから二年で歳幸は、この世を去ったのだ。一番近くにいて、何一つ気付かぬうちに歳幸は消えてしまった。誰にも相談せず、ひとりで決めていた。宣告されるだけでも辛いことなのに、それでも笑っていた。今度は、そんなことはさせない。美愛には好きにさせてやりたいと、九鬼は願っている。だから、ふたつ返事で城戸を手渡した。打ち明けられた多賀はそれを了承した。医者として携わっている自分にとっても突然の逝去は信じられなかった。健康状態は良好で事業拡大を進めようとしていた矢先に、突然に水野の別荘で大きな発作に見舞われたと報告された。それから数時間であっけなく眠ってしまったのだ。日本にいた自分たちには為す術もなかった。どちらかでも付き添えばよかったのに、元気にしていたから油断していた。たった一枚のファックスが悲しくて悔しかった。そして、城戸のことを案じていた。目の前の男は沈黙して、誰とも顔を合わせなくなった。五年も水野のオフィスに顔を見せず、仕事だけはこなしていた。探せ、とスタッフの誰もがやっきになったのに、相手はすらりと躱して逃げた。自覚のないままに壊れていた。それを物語っているのが城戸の健康状態だ。いつ過労死していてもおかしくないほどにボロボロになっていた。かなり自覚症状があったはずなのに、それに気付くこともなかったというから本当に壊れている。自分自身のことすら気が行かないほどにショックだったわけだ。
「・・・おまえも、ガキと一緒に成長しろ、いいな。」
「? なんのことだ? 」
城戸自身も精神的に打撃を被っているから、それにビクともしないぐらいの図太い神経になれと多賀は言いたい。説明したところで理解しないだろう。もう身体は治ったと言い張る城戸である。
「もう少し、図太いこと考えろ。そのガキを傀儡にして水野の帝国を奪うぐらいのことをな。」
「馬鹿なことを言うな。だいたい、私はスタッフから外された人間なんだぞ。・・・もう、水野との縁は切れたも同然だ。」
本気で言ってるから始末が悪い。外されたどころか、未来の女王の教育係などという重大にして、これほど水野の中枢に影響力のある職務を委されていることを失念している。「ほんとにバカだよ、おまえは・・・としちゃんと変わらんぐらいにバカだ。」
「すまないな、タガー・・・・さて、返してくるとしよう。」
ひょっこりと起き上がって子供を抱き上げた。本当に一日、逢わないつもりらしく、眠っている間に母親の元へ送り届ける。慈愛に満ちた瞳で子供に微笑みかけて歩き出す。あれが城戸の手の内にある限り、城戸は大丈夫だ。自分自身に気が回らなくても子供が、それを見極めてくれる。その子供を外で暮らせるように城戸は考える。一種の共生関係を結んでいる。リィーンととしちゃんの関係もそうだったということか・・・多賀は、リィーンから美愛の教育一切は城戸に委せると言われている。九鬼と結論したように、リィーンも同じことを導きだしていた。自分は最初から最後まで付き合った。だから、あの子供のことは城戸に委せるというのだ。今度は城戸が最初から最後まで付き合えばいいと言う。「城戸くんを壊したのは俺の所為だ。それを回復させるというなら、美愛を渡すしかない。もう、あいつには結婚して自分の子供を育てることは無理なんだ。・・・あいつは、そういう暮らしに馴染んでしまったからな。これはじいさまも認めてる。そっちからのクレームはこない。城戸くんのやることは止めるな。」