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金枝堂古書店 三冊目

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 ポール・ギャリコ。『スノー・グース』『ルドミーラ』などの動物を扱った著作が多い作家だ。中には擬人化ものもある。
「ははあ、さっきの猫の教訓は『ジェニィ』か」
 猫に変身してしまった少年が、猫生活のなんたるかを教えてくれる白猫ジェニィと大冒険を繰り広げる話だ。精緻に描写された身づくろいの方法やミルクをなめるコツを講義するジェニィの姿は、紫織の言うとおりトンデモない労苦の結晶だろう。
 紫織はソーセキの顎の下あたりにちょっかいをかけている。やつはゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「『雪のひとひら』などはもはや主人公が有機物ですらありません。ほんとうに広く、豊かで、やさしい世界を持っていた人だったのでしょう。スポーツライター時代にはかのデンプシーのパンチを直接受けて体験を書いたとか、ボビー・ジョーンズとゴルフをしたとか言われています。興味と好奇心の塊のような人だったのですね」
「猫そのもののように自由な人だ」
「そうかもしれません」
 俺は自由に憧れるばかりだ。気ままさでいえば紫織のほうがよほど上である。否、彼女ほど自由な者はなかなかいまい。
 ふと、紫織が物語を書いたらどのようになるだろう……ととりとめもなく思った。心の豊かさが作品を柔軟にするならば、読書量と知識が深みを与えるならば、くすぶったまま灰になり尽くしそうな俺なんぞより、はるかに優れた作家になりうるのではないか。物を書く身からすれば空恐ろしい想像だ。同時に夢があった。彼女の横顔を眺める。紫織の指先がくるくるとおさげを弄び始める。
「私を観察していても得るものはありませんよ」
 またぼうっとしてしまっていたようだ。彼女は俺の視線に敏感である。イヤラシイものとでも思っているのかもしれない。
「眼福は得るもののうちに入らないかな」
 俺が軽口に言うと、紫織はふんと鼻で笑って、宮沢賢治の音読に戻った。ソーセキがなあおと鳴くのにつられて、俺もひとつ欠伸をした。


/三冊目 了