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金枝堂古書店 三冊目

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三冊目

 キック、キックトントン、キックキックトントン。
 軽快そうな響きに似合わず、平坦で、朗々というわけでもなく、ただ発声しているというような音読が聴こえている。ただ声色だけは透明で、子をあやすそれのようにやわらかい。
 学校から帰ってきた紫織は、皺にならぬようにと制服のスカートだけ色気のないジャージに履き替えて、上はワイシャツのままというあべこべな服装だ。どうせ部屋着、先生くらいしか見る人がいませんから、と言う。
 縁側で足を投げ出した、その膝の上にはキジトラの猫。名をソーセキという。俺の案を二つ三つ却下して紫織が命名した。男前で髭が立派なのでということらしい。猫の美醜は判じかねるが、俺にはてんで懐かぬので可愛げがないと言い張ることにしている。
 元はたまたま入り込んできた野良だが、紫織がやたら可愛がって餌をやるようになって後、よく来るようになった。そのうちきちんと飼ってやらねばならぬかもしれない。
 キックキックトントン、キックキックトントン。
 今日も上がりこんできたソーセキを掴まえると、紫織は宮沢賢治を読み聞かせ始めた。なるほど声に出して読みたい日本語じゃあないが、賢治は音読に向いている。猫はというと欠伸などして半ば眠りに落ちている。「ほんとうのたべもの」よりも夕餉の残りのほうがお好みのようだ。
 俺がぼけっとその光景を眺めていると、紫織が気づいて言った。
「そんなに私の膝枕が羨ましいのですか」
「……その自由気ままさは少し羨ましいかな」
 俺の脱力に気づかずか無視してか、紫織は本を閉じる。
「猫だってこう見えて大変なのですよ」俺が自由と言ったのはお前のほうだ、とは黙っておいた。「猫になるのはもっと大変です。猫の世界には知っておかなければならないことが山ほどあるのです。まず何はともあれ身づくろい。『疑いが起きたら身づくろいをすること』。体中の隅々まできれいにできなくてはいけません。それから『出口で必ず立ち止まること』『しきいでは急がぬこと』――」
「お前がそれほど猫社会に詳しいとは恐れ入った」
 紫織はやれやれというふうに首をすくめて後、ソーセキの背中を撫でながら続ける。
「猫社会を知るには観察が重要です。そして想像力。たゆまぬ愛情と鋭い観察眼を以て見、強靭な想像力で猫社会を書き上げたギャリコという作家がいます」