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 一つを取り出すと、美術の専門学校関係の資料だった。
 他のも手に取ってみる。その中に、見覚えがある資料も入っていて、思わず小さな声が漏れてしまう。
「なんで、これ」
 取り寄せたのか、封筒には信尋の住所氏名が書かれているものもあり、どうして……という疑問と、相手が多紀の気持ちを汲み取ってくれていた嬉しさが綯い交ぜになる。
 今日会った時、何も言われなかった。
「全部、専門学校だな。この時期に入学案内書とか、どうするんだ?」
 久保井の疑問は最もだ。
 けれど、ここにあるものは全部夜間コースの春期と秋期。なかには、もっと細かい時期が設定された入学制度がある学校もある。
「これ、こちらでアルバイトをするきっかけになったものなんです。どうしても行きたくて、学費を貯めてるんです」
 多紀は手に持っていた封筒を両手で抱きしめ、信尋の優しさに感謝した。
「そうか。広瀬は絵を描くのが本当に好きなんだな」
「はい。ずっと……色を作っていきたいんです」
 久保井はもう一度軽く多紀の頭をぽんと撫でると、引き留めて悪かったと言いながら、信尋に今度奢ってやったらどうだと、小さな笑みを見せる。
「そうですね。ここの料理、ほんとうに美味しいし」
「温にそれを伝えたら、ちょっとオマケしてくれるかもしれないぞ」
「それは、ぼくもオマケが欲しいです」
 いつも、まかないで出して貰っている料理を思い出し、自然と頬が緩む。
 雨宮の料理を初めて食べて、たまたまアルバイト募集していたのでそのまま勢いで応募したのを思い出した。
 ここで働いたら、毎日食べられるかもしれない。だから面接の時も、雨宮の料理が好きだからと素直に伝えた。
 その時は、学費の事も多紀の頭の中から消えていて、後から思い出したくらいだ。
「伝えておいてやる」
 気がつけば結構話していた。
 後は帰るだけの多紀とは違い、久保井にはまだ仕事がある。
「それじゃお疲れさまでした」
 裏口から出ると、昼間の暑さが少しだけ和らいでいた。
 立ち止まって空を少しだけ仰ぐ。初夏特有の匂いを感じていると、短いクラクションの音が聞こえた。
「お疲れさま。遅かったね」
「お疲れ」
 二人の声が多紀を呼ぶ。
 止まっていた車には、昼間に別れた信尋と助手席には姉の広瀬真帆が座っていた。
 肩まで伸ばしたブラウン色の髪を後ろで一つに纏め、ジーンズにTシャツ。その上に軽く黒い薄手のパーカーを羽織っているだけ。メイクはナチュラルでほんのりとピンク系。多紀とどことなく似ているくりっとした大きな瞳と、少しふっくらとした頬がどこかあどけなく、隣に座っている信尋が大人びているだけに、真帆が幾分幼く見えた。
「ほら、乗って乗って」
「広瀬さん。これ俺の車なんですけど」
「あ、そうだった」
「真帆ちゃんてば、仕事でもこうなの?」
 きっぱりはっきりと、気性が男勝りな真帆は中学になってから家族になったけれど、それまでにも交流があったので本当の姉の様に慕っている。信尋のアルバイトをしている先が真帆の勤務先でもあるのだけれど、こんな風に二人一緒にいるのを見るのは初めてだった。
 多紀は後部席に乗り、二人に問いかける。
「そうそう。大抵、荷物運びの時は声を掛けられて、周りのバイトに指示してるよ。今じゃ俺たちの教育係を任されてるし」
「社会人二年目の先輩として、ビシビシしごいてあげるから。アルバイトだからって容赦はしないよ」
「それは身を持って分かっていますよ」
 二人のやりとりに、普段からの仲の良さを垣間見た気がする。信尋も真帆も楽しそうで、多紀も自然と笑みがこぼれた。
 遅くならないうちにと、信尋が多紀と真帆のマンションに向かう。その間も多紀は二人の会話に耳を傾け続けた。
 自分が知っているのは、主に大学での信尋だ。だから、こんな風に知らない顔が見れるのはなんだから胸がじわりと暖かくなる。
(描けたらいいのに)
 彼の表情を留めておきたい。
 それは、信尋に会ってから生まれた衝動だった。ふとした時に見せる柔らかい雰囲気や、多紀を見つめる瞳の色。それらに触れると、心が震える瞬間がある。
 その度に、多紀は胸の中にある感情を吐き出したくなる。
「今日はありがとね、蓑田君。明日のバイトもよろしく」
「分かってますよ。じゃあな、多紀」
 信尋は車から降りて多紀と真帆をエントラスまで送ってくれた。
 くしゃりと頭を撫でられ、多紀の鼓動が少し高鳴る。それは、ここ最近、そしてさっき久保井に封筒を渡された時にも感じたものだった。
「うん、ありがと。また明日ね」
「ああ」
 信尋が微笑む。それだけで、多紀の胸がさっきよりも熱くなっていく。
 別れた後、真帆は部屋に入るなりソファーに身を投げた。
「あー、疲れたー」
「お疲れさま。信尋もそうだけど、真帆ちゃんもすごく頑張ってるよね。毎日、九時過ぎてるんじゃない?」
「まあ、仕事の進行状況もあるけど、まだまだ覚える事もたくさんあるし、それに最近楽しいんだよね」
 真帆の頬が微かに赤くなる。
 どうしたんだろうと見つめると、いきなり着替えるからと、自分の部屋に入っていく。多紀は首を傾げたけれど、手に持っていた紙袋の存在を思い出して、ソファーに座り、中に入っている封筒を一通取り出した。
 開けられていないそれは、多紀の為に取り寄せたもの。
 多紀は丁重に開封していく。
 以前にも、ずっと見ていた事のあるパンフレットを取り出す。
 めくっていくと、各学科の説明、カリキュラム、年間のスケジュールが載っていて、主に美術系の大学を目指す中学生や高校生をメインにした授業が組まれている中に、大学在学中でも進路変更を検討している者を対象としたクラスも設置されていた。
 多紀が調べた中では、ここが一番通いやすい場所にある。
「それって、お父さんに捨てられたやつじゃないの?」
 グレーのスエットに着替えた真帆が隣に座り、パンフレットを覗き込んでくる。
「これは、信尋が取り寄せてくれたんだ」
「……お父さんもそこまでやることないのに」
「時期が時期だったからじゃないかな」
 真帆の眉間が微かによせられる。
「そりゃあ、そうかもしれないけどさ。私が知る限り、あんたがあんなに自分を出したのって、後にも先にもあの時だけだから、ちょっとは考慮してもいいんじゃないかなって」
「ありがと。まあ、怒って当たり前かもって、今なら思うよ。もっと早くに、出会ってたらよかったんだけど」
「進路を変えたいって思ったきっかけに?」
「うん。さすがに受験一ヶ月前は、だめだよね」
 多紀が持っていたパンフレットを真帆が手に取る。
(反対されても、欲しいものって……あるんだよね)
 受験はしないと伝えた時、初めて義父に殴られた。
勢いで家を飛び出したのを、探して迎えに来てくれたのは真帆だった。
 譲らない父親の性格を熟知している彼女が、間に入り妥協案を出す。
受験に合格したら大学に行く事を約束し、もし駄目だったら美術系の専門学校に進みたいと伝えた。
 残り一ヶ月、夜遅くまで受験勉強に力を入れた。もともと勉強するのは嫌いじゃないし、手を抜くなんて絶対にしたくない。きっとそれで専門学校を選んだとしても、後悔する。
作品名:Remember 作家名:サエコ