ファントム・サイバー
「結構です」
僕は足を一八〇度回転させ、逆方向に歩き出そうとした。
けど、ピエロは僕の前にいた。
「あなたのお探しのモノを知っていると言ったらどうしますか?」
「…………」
ピエロの仮面が僕を覗き込んでいる。何か得体の知れないモノを感じる。
「例えば、道に落としたお金のありか。例えば、なくしてしまった昔の記憶。例えば、このアジトにある牢屋の場所」
「今の教えて!」
「道に落としたお金ですか?」
「違う! このアジトの牢屋よ」
そこにナイがいるかもしれない。メアもすでに入れられているかもしれない。ただ、気がかりなのは、このピエロの得体が知れないってことだ。
罠かもしれない。
でも罠だったら、こんな回りくどいことしないで、さっさと僕を煮るなり焼くなりすればいい。
「キーッ!」
戦闘員の声が向こう側から聴こえた。
しまった、見つかってしまった。
「きゃっ」
突然、僕の身体が浮いた。
ピエロが僕をお姫様抱っこして、軽やかなステップで走り出した。
《5》
「さあ、お姫様、着きましたよ」
僕はピエロに降ろされた。
辺りは薄暗く、少し湿った空気が流れていた。
奥のほうに牢屋の鉄格子が見える。本当に牢屋に着いたようだ。
「ありがと……?」
振り返るとピエロの姿はなく、微かに花の香りがするような気がした。
そして、薄闇から足音が近づいて来た。
何かが闇の中で煌いた。
「レイ?」
刀を持ったロングコートの美青年――ナギだった。
あんまり二人っきりで会いたくなかった。
ナギは刀を腰に差し、僕の横を通り過ぎて牢屋に向かった。僕も着いていく。
牢屋の中で何かが蠢いているようだった。?ゴースト?だ、?ゴースト?が牢屋の中に入れられていた。
いくつかあった牢屋を全部見たけど、ここには?ゴースト?しかいない。メアもナイの姿もない。
突然ナギが抜刀した。
抜くと同時に斬り、鞘に戻すと同時に竹を切るように格子が落ちた。
スゴイ刀の使い手だ。現実だったら絶対ありえないな。
牢屋が破られたというのに、?ゴースト?たちは出ようとしなかった。
ナギは言う。
「後はお前たちの自由だ」
ナギは踵を返しコートを翻した。
歩き出すナギの背中を僕は追った。
「待ってよ、どこに行くの?」
「大狼君を倒しに行く。そして、ナンバー2のザキマも必ず倒す」
「タイロウクンって誰?」
「なにも知らずにこの場所に来たのか?」
「何か悪い?」
別にそんなの知らなくてもいいじゃんね。ちゃんとナイさえ助ければ問題なくない?
「狼どもの君主。大狼君とは黒い狼団の団長の名だ」
「つまり諸悪の根源、悪の大魔王ってことね」
「そのようなところだ」
早足で先を行くナギを僕が追う形だ。
廊下ではまだ警報が鳴り止まずにいる。
ナギが二本の刀を抜いた。
前から戦闘員たちが迫っていた。でも、何かいつもと違うぞ?
ハチマキが青い!
全身黒タイツが下っ端だとしたら、たぶんそれのバージョンアップ版に違いない。きっと、赤とか、黄色の戦闘員もいるような気がする。
ナギが風のように走った。
刀が煌き、風切音が鳴り、赤い飛沫が次々と噴いた。
戦闘員たちはみんな一撃で消えて逝った。
悔しいけど強い。いや、戦闘員がザコなんだ。
次々と戦闘員たちを薙ぎ倒し、僕は楽をしながら先に進んだ。
そして、ついになんか特別そうな大きな扉の前まで来た。
「ここだ、この先に大狼君がいる」
ナギはそう言って重たそうな扉を押した。
僕らが部屋に乗り込むと、広い部屋の奥でノートパソコンを傍らに、リクライニングチェアに座っていた痩せ男が立ち上がった。きっとこいつが大狼君だ。
「また君か……」
腰まで伸びた長い黒髪が揺らし、大狼君の顔はサイバースコープでほとんど隠れてしまっている。
メアの声がする。
「早くここから出して頂戴」
部屋を見渡すと、大きなガラス管みたいな中に、ホログラム映像みたいなメアが入っていた。
「ワザと捕まってみたのだけれど、どうやらナイはすでにここにはいないそうよ」
すっごい魔法使えるクセに、簡単に連れ去られたと思ったら、ワザと敵の手に落ちたらしい。ワザと捕まるのいいけど、自分ひとりで逃げられるようにもして欲しかった。
大狼君には片腕がなかった。肩の付け根から電気コードのよう物が伸び、まるで何かにもがれたようだった。
「腕はどうした?」
ナギが訊いた。
「些細なバグがあってね、腕を破壊された」
大狼君はヒップバッグに手を突っ込み、ドロップキャンディーを取り出すと口に放り込んだ。
ドロップを噛み砕く音に合わせて、僕の背後から足音が聴こえた。
戦闘員たちがこの部屋に飛び込んで来た。
部屋の出口を塞がれてしまった。
「逃げ場はないぞ、どうする?」
大狼君の声が響いた。
どうしようもない。銃弾だって切れてるし、僕は戦力外だ。
ナギが二本の刀を抜いた。
「戦闘員は任せた、オレは大狼君を仕留める」
そんなこと言い残されても困る。ナギはさっさと大狼君に向かって行ってしまった。
戦闘員の数はたくさんだ。これを僕一人で倒せと?
「……ムリ」
後退りをする僕を追い詰めるように、戦闘員たちがジリジリと詰め寄ってくる。美少女を集団で甚振ろうなんて卑劣だ。
「レイ、想言プログラムを発動させるのよ」
僕の後ろでメアの声がした。
そんなこと言われてもどうしていいかわからないし!
戦闘員が僕に飛び掛って来た。
「キーッ!」
「きゃっ!」
僕は必死で床に飛び込んで避けた。
うつ伏せの体制から僕はすぐ立ち上がろうとしたけど、そこに次々と戦闘員たちが飛び込んで来た。
「……く……苦しい」
僕の上にどんとん山形に積み重なっていく戦闘員。このままじゃ圧迫死しそうだ。
どうにか僕は隙間を探して、匍匐全身で戦闘員の山から抜け出せた。
でもすぐに戦闘員に気付かれて追われるハメに――。
「もぉ追って来ないでよ!」
僕は部屋をグルグル逃げ回り、何かいい物はないかと自分の身体を探った。
「……あれ?」
腰の辺りになんかある。
僕はすぐにそれを引っ張って胸の前に出した。
……手榴弾だ。
いつの間に僕はこんな物を持ち歩いていたんだろう?
手榴弾をよく見てみると、ピエロのイラストが手榴弾にプリントされていた。あのピエロが僕にプレゼントしてくれたのか!
とにかく僕が助かるためにはこれを使うしかない。
おそらくここにあるピンを抜いて投げればいいハズだ、たぶん。
「えい!」
僕は可愛らしく手榴弾を投げてみた。
手榴弾は放物線を描いて戦闘員たちのど真ん中に落ちた。急に慌て出した戦闘員たちが散り散りに逃げていく。
「…………爆発しない?」
不発かと思った瞬間、手榴弾が爆発して僕は咄嗟に伏せた。投げてすぐ爆発するんじゃないらしい。
手榴弾はあと二個あった。
立ち上がった僕は手榴弾を胸の前に突き出し、戦闘員たちに見せつけて牽制した。
「近づいたら投げるからね!」
戦闘員たちは恐れおののいて近づいてこうとしない。今だ、今のうちにメアを助けよう。
僕はメアが閉じ込められている装置の前に立った。
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)