ファントム・サイバー
物陰に隠れて様子を窺うと、二人組みの人影が地面に倒れた人らしきものを、持ち上げて運んでいるようだった。
トンネル内に強い光が差し込み、ドアらしきものが開いたのを確認できた。その中へさっきの二人組みが人を抱えて入っていった。
メアは静かな足取りで駆けて、すぐにドアがあった場所に向かった。
金属の扉が僕らの前に立ちはだかる。
カードリーダーが扉には付いていて、それがカギになっているっぽい。
「どうやって開ける?」
尋ねるとメアは何も言わずカードリーダーの前に立ち、肘を引いてグーパンチ!
カードリーダーは木っ端微塵。小さい火花を飛ばしながら壊れてしまった。
「開かないわね?」
本当に不思議そうな顔をするメア。
今のギャグじゃなくて、本気で開くと思ってやったみたいだ。
「……開くわけないじゃん。カギを壊したらもう入れないじゃない?」
「なら扉を壊すわ。少し下がっていて頂戴」
壊すって、まさか怪力パンチ?
夜風のような冷たさが背中を撫でた。
メアの髪の毛が重力に反してふわりと持ち上がり、まるで地面からそよ風が上に向かって吹いているみたいだ。
何か独り言をブツブツと呟いたメアの手が扉に向けられた。
「クルデ!」
何その単語と思ったのも束の間、僕は眼を剥いて驚いた。
メアの手から茶色い飛沫が噴射され、扉を腐食させ溶かしてしまったのだ。
「ナニ今の!?」
驚きを隠せない僕にメアはにべもなく、
「魔法よ」
と、ひと言。それだけ言って、さっさと扉の向こうに行ってしまった。
今の現象をそれだけの言葉で片付けていいの?
魔法ってスゴクないの?
だって魔法だよ、魔法。
「メアって魔法使いだったの?」
僕の質問は見事にスルーされた。
扉が壊れた瞬間から、何やら警報らしき音が聴こえていた。やっぱり扉を破壊したのが不味かったのだろうか。
蛍光灯が照らす鼠色の金属が囲む廊下を、僕らは忍び足で進んだ。
子供の秘密基地よりレベル高いけど、鉄板を貼り付けてあるボルトが出てたり、溶接が雑だったりしている。静かに歩かないと、すぐに足音が立ちそうだ。
ほら、後ろから足音が聴こえて……!?
僕は慌てて振り返った。
「メア、戦闘員が!」
「わかっているわ」
僕らの後ろから戦闘員が駆け寄って来ていた。
前に顔を戻すと、こっちからも戦闘員が迫っている。挟み撃ちされてしまった。
でも大丈夫、こっちには美少女魔法使いメアがいるんだ。
「やれるもんなら掛って来い!」
「あら、レイったら戦う気満々なのね」
「アタシじゃなくて、メアがお得意の魔法でちょちょいのちょいみたいな」
「姉が近くにいないと連続して魔法が使えないのよ」
「……マジで!?」
絶望だ!
これってピンチとかそういう展開?
計画性ゼロで敵のアジトに突っ込んで、当たり前の如くピンチが訪れたみたいな?
全身黒タイツの戦闘員の数は、ニの四の六人だ。
絶対こっちが不利だし勝てるはずがない。
もう絶望だ!
困った顔をしている僕にメアが投げかける。
「早くリボルバーを抜いて、貴方ならできるわ」
「……わかった」
そうだ、僕だって武器を持ってるんだ。
僕はスカートを捲し上げ、太腿のホルスターからリボルバー抜いた。
迫りくる戦闘員に向かって僕は銃弾を打ち込んだ。
鳴り響く銃声……ハズレたぁッ!!
僕が銃を撃ったことで敵は一瞬怯んだ。でも、そんなの一時しのぎでしかない。
「リボルバーなんて連射できないから素人が的に当てられるわけない!」
メアが静かに諭す。
「想言プログラムを発動させるのよ。貴方の想いはブレスレッドによって増幅され、現実となる」
「想言プログラムなんて初耳だし、とにかく強くイメージすればいんでしょう!」
戦闘員との距離はもうない。
僕は想い、?レイ?に新たな一面を追加した。
「地元のゲーセンでアタシにガンシューティングで敵う者なし!」
これでどうだッ!
僕は無我夢中で銃を撃った。
「キーッ!」
奇声を上げなら次々と戦闘員たちがプログラム言語に戻って逝く。
「あと一匹!」
僕は最後の引き金を引いた。
カチカチと、引き金が鳴るばかりで弾が出ない。
「……弾切れ!?」
最初に一発外したから……。
僕が慌てている隙にメアは戦闘員に抱きかかえられていた。
「捕まってしまったわ」
淡々とまるで他人事のメア。もっとジタバタするとかないの?
メアを抱えた戦闘員が逃げ出した。
ヤバイ、これは新たなピンチだ。
「こら待て、メアを放して!」
僕はすぐに戦闘員を追ったけど、あいつ予想以上にすばしっこい。戦闘員ってやっぱり肉体労働だから体力あるんだなぁ。その割りに時給は安いに違いない。
感心している場合じゃなかった。
曲がり角で戦闘員が視界から消え、すぐに僕も曲がり角を曲がったけど、戦闘員の姿がどこにもない……メアを抱えた戦闘員は。
代わりにメアを抱えてない戦闘員がゴキブリのように湧いて来た。
銃弾の込められてないリボルバーなんて、ただの鈍器だ。あんな大勢で来られたら僕に勝ち目はない。
「……ごめんメア」
決してメアを見捨てたわけじゃない。ちょっと独りになって作戦を立てたいだけだ。
戦闘員に背を向けて僕は必死に逃げた。徒競走より真面目に走った。
近くの曲がり角を曲がった瞬間、何者かが僕の腕を引いた。
「ボクは敵ではありません」
僕は眼を丸くして相手の顔を見た。
ピエロの仮面を被った見るからにピエロだ。派手な衣装が眼に痛い。
「なんでこんな場所にピエロが?」
「話は後です。今は少しの間、耳を強く塞いでいてください」
耳を塞ぐ理由を尋ねる前に、ピエロはどこからかダイナマイトを取り出し、なんとそれに火を付けて――投げた!
すぐに爆発音が聴こえ、煙が僕の咽喉にも入りむせ返ってしまった。
ピエロは爆発跡を覗き込みながら、僕に親指を立てて見せた。
「見事に跡形もなく吹っ飛んじゃいましたねー。ちょっとやり過ぎちゃいましたかね」
ちょっとどころじゃない。非常識だ。
「アナタ何者なの?」
「申し遅れちゃいました。ボクのハンドルネームは休日の道化師です」
「なんでピエロがこんな場所にいるのよ?」
「最近ちょっとウェスト周りが気になって、ちょっとお散歩に」
彼の言うとおり、お腹が妊娠したみたいに大きく膨らんでいた。
でも……。
「絶対さっきまでそんなに膨れてなかった」
「あっ、わかっちゃいました?」
ピエロは服の下から風船を取り出して、両手でパンと音を立てて割った。
「……付き合ってらんない」
こんな得体の知れない奴と、コントなんてやってる場合じゃない。とにかくメアを探して、ナイも探さなきゃいけなかった。
「助けてくれてありがとう、じゃあまた」
僕は変質者と深く関わる前に逃げようとした。
けど、いつの間にかピエロは僕の前に立っていた。
「どこに行くんですか? ボクにできることならお手伝いしましょうか?」
「結構です」
「そんなつれないこと言わないで、ボクも連れて行ってくださいよぉ」
「しつこくすると警察呼びますよ」
「それは困りました。お詫びのしるしに良いこと教えましょうか?」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)