ファントム・サイバー
怒った僕はここでハッとした。
言葉使いは女の子のままなのに、声が僕だ。
……ま、まさか。
僕は慌てて胸を両手で鷲掴みにした。鷲掴めるほども胸はなかった。股間にも手を当てみたら、こっちはちゃんとあった。
男に戻ってる。
これは変態だ!!
違った、大変だ。いや、やっぱり変態だ。
メイド服を着た男なんて変態だ。しかも、僕は自分のビジュアルくらい心得てる。ネクラの猫背で、前髪なんて口の辺りまである。こんなキモイ男がメイド服なんて着て、似合うはずがない。
美青年が僕と顔を合わせてくれないのも、美しくないモノを見たら目が腐るとでも思ってるんだコンチキショー!
「でも、どうして元の姿に?」
戦闘員に殴られて電流が身体に走ったような気がする。
「電磁ロッドによってプログラムが破壊されたんだ」
美青年はそう言った。
そこにメアが付け加える。
「この世界の大半はネット世界の幻影でしかないわ。だからウイルスや電気によって破壊が可能なの。けれど、貴方は別世界の住人だから、外装だけの破壊で済んだのよ」
口調は真面目なのに、顔が笑ってる。
笑いたければ笑うがいいさ!
笑われたら傷付いてやる!
ナイはクスクス、クスクス笑いながら僕にブレスレッドを差し出した。
「それは創想能力と創言能力を高めるブレスレッドよ。免疫化の効果と、使い方によっては全てを可能にするわ」
「どうやって使うの?」
「腕に嵌めて想うのよ。強く強く信じることが大切よ、それで貴方はまた美少女になれるわ」
僕はブレスレッドを腕に嵌め、メイド喫茶でバイトしているレイを思い描いた。
するとどうだ、胸が出た。
頭を振るとツインテールが踊った。
股間の男性オプションもなくなっている。
完璧だ!
美青年は僕の顔を一瞥して、立て掛けてあった二本の刀を持ち、ドアに向かって歩き出した。
「オレはもう行く」
無愛想な態度で出て行こうとした美青年を僕は呼び止めた。
「待って、まだ名前も聞いてない」
「お前たちに名乗る名前などない」
「ちょっと待ってよ、アタシ一緒に戦ってあげたじゃん!」
「ふっ、オレ一人でもどうとでもなった敵を、お前が勝手に割り込んで来てやられたせいで、余計な手間が掛ってしまった」
「ヒッドーイ!」
ムカツク野郎だ。
カッコイイからってなんでも許されると思うなよ。せいぜい夜道に気をつけな、ケッ。
再び出て行こうとする美青年の前にメアが立ちはだかった。
「わたしたちも黒い狼団と戦っているの。どうして貴方は追われていたの?」
「なぜお前たちは奴等と戦う?」
背の高い美青年が厳しい眼差しで、一回りも二回りも小さいメアを見つめた。
「黒い狼団に捕らえられた姉を助けたいの」
「もしかしたら、奴等のアジトで見ているかもしれない……」
「本当なの?」
少しメアは声を大きくしたけど、その顔は静かな月のようだ。
「奴等のアジトに乗り込んだとき、お前にそっくりな少女を見た。おそらく間違いないだろう」
「その少女はどうなったかしら?」
「さて? 返り討ちに遭って逃げるのが精一杯だったのでな、どうなったかまでは知らん」
僕もピンチになったら逃げるけど、カッコイイ奴が逃げるのはカッコ悪すぎ。
「敵のところに突っ込んでおいて、逆にやられて逃げてくるなんてダッサーイ」
悪意を込めて言ってやった。
するとすぐに美青年が睨み返して来た。
「またすぐに奴を倒しに行く」
「わたしたちも行くわ」
メアの申し出に美青年は首を横に振った。
「断る。あのネカマが足手まといだ」
「ネカマじゃなくて、十六歳女子高生、名前はレイ!」
「お前に何ができる? 足手まといの意味を理解できないのか?」
「アタシのことバカにしてるの! こんな奴と一緒に行くことないよ、ねっメア?」
どんどんこいつのこと嫌いになって来た。実はもともと綺麗な男って好きじゃないんだ。
「一緒に行かなくてはアジトの場所がわからないわ」
「オレにはオレの目的がある。お前らと行動を共にするつもりは毛頭ない」
この男には協調性ってやつがないのか?
再び部屋を出て行こうとする野郎の背中に、僕は腹の底の気持ちを吐き掛ける。
「もう正直に言っちゃうけど、アタシ、アンタのことなんかムカツク!」
ドアノブを握った野郎の動きが止まった。
そして、鋭い眼つきで僕を睨んだ。
「オレの名前はナギだ、その心に刻んで置け」
そう言ってあいつは僕に何かを投げ渡した。
強烈に閉められるドア。
あいつが姿を消したあと、僕は受け取った手の平を開いてみた。そこにはメモリーカードがあった。
「なにこれ?」
まさか僕を殺害せんとするウイルスが仕込まれてるとか?
「貸して頂戴」
メアが差し出した手に僕はメモリーカードを乗せた。
メモリーカードにはいったいどんな情報は入っているんだろう?
メアは壁にあったディスプレイ付きの端末に、メモリーカードを差し込んだ。
「サイバーワールドでは、いたるところにネットワークに繋げる端末があるのよ」
壁のボタンとタッチパネルを操り、メモリーカードの情報を調べてみると、中身は地図だった。
僕はメアの後ろから地図を覗いた。
赤い印がいくつも付けられ、そこには印を消すようにバツが引かれていた。その中のひとつ、バツ印がつけられていない赤い印の横に、?BW?と文字が書かれていた。
もしかして?BW?ってブラック・ウルフの頭文字?
メアも同じことを考えていたらしい。
「このバツがつけられていない場所が、黒い狼団のアジトに違いないわ」
ってことは、あの美青年が僕たちに敵のアジトを教えてくれたわけ?
でも僕は決してあいつが実はいい奴だなんて思わない。きっと、僕らに恩を押し売りするつもりなんだ。
「行くわよレイ」
メモリーカードを粉々に握りつぶし、メアはさっさと部屋を出て行ってしまった。
……粉々に握りつぶし?
ゴリラがリンゴを握りつぶすんじゃないんだから、メモリーカードがそんな簡単に粉々になるわけがない。少女の姿とは裏腹に、実は怪力の持ち主なのかもしれない。
この世界の人々は目に見える姿が本当だとは限らない、僕のように――。
もしかしたらメアも……?
《4》
ナギから貰った地図の情報は、全てメアの脳に刻み込まれているらしい。ちなみに僕はぜんぜん覚えられなかった。
メアを先頭に僕らは先を急いだ。
ビル街の裏路地に入り、マンホールから地下道に下りた。
地下だから下水道かと思ったけど、どうやら古い地下鉄の線路だったらしい。
長いトンネルに薄暗いライトが灯っている。
僕はメアの袖を掴んで、引っ張られるようにして先を進んだ。
メアが静かな口調で呟く。
「ナギが一度侵入したせいで、もっと警戒厳重かと思っていたけれど、まだ人の気配がしないわね」
「本当にアジトなんかあるのかなぁ?」
もしかして罠だったりして。
実はナギが戦闘員に追いかけられていたのも全部、自作自演だったりして……。
全ては僕らを罠にハメるための大いなる悪の陰謀なんだ。そうに違いない。
前を歩こうとしていた僕の身体を、メアが腕を伸ばして制止させた。
「静かに、人の気配がするわ」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)