ファントム・サイバー
前を向いて歩いていたメアが、急に鋭い眼つきで僕を見た。違う、僕の後ろを見ている。
僕もすぐに振り返った。
目に飛び込んで来たのは、黒いロングコートを靡かせ走ってくる美青年だ。しかも、両手に刀を持っている。立派な銃刀法違反だ。
美青年っていうのは僕の主観だけど、他の人が見てもきっと美青年だと思う。
なぜならば!
逃げる美青年を男が追っているからだ。やっぱり美青年っていうのは、一部の同姓にも好かれるんだなぁ。
メアが身構えた。
「黒い狼団の戦闘員よ」
「あれが?」
美青年を追っていたのは全身黒タイツの男たちだった。ただの変態かと思った。
逃げられないと思ったのか、美青年は急に立ち止まって振り返った。
美青年の背中に傷があるのを僕は見た。鉤爪で引っ掻いたような、服に三本の線が走っていた。でも、どうやら血は出てないみたいだ。
刀を構える美青年の傍らにメアが駆け寄った。
「わたしも加勢するわ」
「手助けは無用だ」
冷たい声で美青年は切り捨て、二刀流で戦闘員に突っ込んで行った。
一方メアは手助け無用と釘を打たれたので、冷笑を浮かべながら美青年の戦いを見守っている。
で、僕はというと、戦闘員がすぐそこまで迫っていた。
「なんでアタシまで戦いに巻き込まれなきゃいけないのよ!」
きっとメアが加勢するなんか言ったせいだ。僕まで美青年の仲間に思われたに違いない。最悪だ。
でも大丈夫、ネットの世界では誰にも負ける気がしない!
僕は厚底ブーツを振り上げて回し蹴りを放った。
「きゃっ」
僕の声から可愛らしい声が漏れた。恥ずかしい。
しかも見事に蹴りは外れて、反動で僕は尻餅をついていた。かなり恥ずかしい。
たとえ姿かたちが変わっても、実践の蹴りのイメージがない僕には、回し蹴りなんてことはできないんだ……たぶん。
卑劣な戦闘員は僕が転んだ隙に、飛び掛って来ようとしている。仮にも僕は美少女だぞ、襲うなんて痴漢のすることだ。
「この全身タイツの変態!」
この言葉は心で思ったことだったんだけど、気付いたら思わず口から吐いていた。
襲いくる戦闘員に僕は尻餅をついたまま足を振り上げた。
「これでも喰らえ!」
「ぎゃっ!」
厚底ブーツは見事股間を抉り、戦闘員は股間を押さえながら、アスファルトの上でのた打ち回った。
僕にすぐに立ち上がってメアに助けを求める。
「突っ立てないで手を貸してよ」
「だってわたしのところには誰も来ていないもの」
全部で四人いた戦闘員のうち一人は僕のところへ、残りの三人は謎の美青年がまとめて相手をしていた。
だからって、突っ立てないで僕のことを助けてくれてもいいと思う。
股間を押さえていた戦闘員が持ち直して立ち上がった。
「キーッ!」
なんか怒ったような奇声を上げたぞ。
さっきはまぐれで蹴りが当たったけど、今度はどうにもいかない気がする。
ここは逃げるしかないと思った僕は、ダッシュでメアの後ろに回って彼女を盾にした。僕より幼い少女を盾にするなんて、汚い奴だと思われるかもしれない。けど、さっき美青年の加勢を申し入れたくらいだから、きっとメアは強いに違いない。だって宇宙刑事だし。
「こんな下っ端戦闘員なんてやっちゃってメア!」
「この世界の仕組みを覚えるためにも、レイが戦うべきだと思うわ」
そう言ってメアは僕にリボルバーを手渡した。
「アタシ銃なんて撃ったことない!」
遠い昔にゲーセンで撃ったくらいで、本物の銃なんて見たことも触ったこともなかった。
渡されたリボルバーはズッシリと重く、シリンダーには六発の銃弾が込められていた。
「なんでオートマじゃないの?」
「何か不満でもあるのかしら?」
「弾込めるのも大変だし、いちいちハンマーだって下ろさなきゃいけないじゃない?」
「特別な弾を使うから、リボルバーのほうが使い勝手がいいのよ。さあ、敵が目の前まで迫っているわよ、撃ちなさい」
メアの言ったとおり、戦闘員はすぐそこまで迫っていた。けど、銃なんて人に向けて撃てるハズないじゃないか。急所に当たったら人殺しだ。
僕が躊躇しているうちに、戦闘員はロッドを高く振り上げていた。当てられたら痛そうだ。痛いのは嫌だ。
大丈夫、ここは現実じゃないんだから、銃弾が人に当たっても死にはしない……と思う。
僕は無我夢中で引き金を引いた。
銃声が耳に届いたけど、目をつぶって撃ったから、弾丸が当たったのかわからない。
でも、僕が殴られてないってことは当たったのだろうか?
僕が恐る恐る目を開けると、戦闘員に恐るべき現象が起きていた。
根本から戦闘員が崩れようとしている。
戦闘員を構成していたプログラム言語が浮き彫りになり、それが弾け飛んで崩壊をはじめているのだ。
目の前にいる戦闘員は人間ではなかった。戦闘員だけじゃない、この世界に存在する全てのモノがそうなんだと思う。全部プログラムで構成され、言語によって形作っているんだ。
僕の傍らに立っているメアが補足をする。
「弾丸にはウイルスが仕込んであったのよ」
パソコンなどを破壊するウイルスと同質のものだと思う。この世界では効果的な攻撃方法なのだろう。
ところで美青年はどうなったんだろう?
自分のことで精一杯で他人のことまで気が回ってなかった。
美青年は軽やかに舞いながら、二刀流を趨らせていた。
煌く一刀が戦闘員の腹を斬ったが、まだプログラムは崩壊していない。空かさずニ撃目が首を刎ねた。
噴き出る血飛沫。血もちゃんと出るんだぁ……グロイ。
首を刎ねられた戦闘員は致命的な損傷を受けたことにより、修復不可能に陥ったプログラムが崩壊した。
戦闘員の数はさっきより増えているようだった。これって加勢したほうがいいのかな?
銃で加勢したいけど、外して美青年に当たった大変だから、もっと近づこう。
僕はカッコよく加勢するべく走った。
そこへちょうど、美青年の背後に迫る戦闘員の影。このピンチを救ったら、僕は絶対カッコイイ!
「危ない避けて美青年!」
僕は叫びながら戦闘員に飛び掛ろうとした。
が、こんな展開、想定外だ。
美青年を背後から殴ろうとしていた戦闘員が急に振り向き、電流の走る棍棒を僕に振りかざしたのだ。
バットスイングのようにロッドは僕の腹を抉った。
殴られた痛みは感じなかった。けど、身体中に電流が走り、意識が遠退くのを感じた。
まさか……死ぬの……?
《3》
僕はちゃんと目を覚ました。
自分の部屋じゃないのはわかった。
コンクリートの壁に囲まれた冷たい部屋。
ベッドから上半身を起こすと、あの美青年が壁に寄り掛って立っていた。
「目を覚ましたようだな」
「アナタがアタシをここに?」
「そうだ」
美青年は決して僕と顔を合わせようとしなかった。すぐ近くにメアもいて、クスクス僕を見て笑っている。
「……変態」
ボソッとメアが呟いた。言葉に毒とトゲがあった。
明らかに僕を見て、変態って言った。侵害だ。人間誰しも、少しくらいは変態の要素を持ってると思う。でも、少なくとも僕は人前じゃ変態要素を見せないように努力している。
「アタシのどこが変態なのよ!」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)