ファントム・サイバー
黒猫が僕に一歩近づいた。
「人が車に轢かれて死ぬのを二度、貴方は目撃されましたわね?」
この言葉にちょっとビビったけど、二度とも夢の中なんだから、何か繋がりがあっても可笑しくない。そして、僕の目の前を二度も横切ったのは、この黒猫に間違いない。
「見たけど何か?」
「一度目は向こうの世界。二度目はこちらの世界。向こうでの出来事が影響して、彼は死にましたのよ」
「何を言っているのかよくわからない。もっと詳しく説明してくれませんか?」
「ナースが死んだのはサイバーワールド、オタクの男が死んだのがこの世界なのよ。つまり二人は同一自分だったということなの」
うっそだー。美少女ナースと中肉中背男が同一人物なんて想像もしたくない。テーマパークのマスコットの中に、どんな人が入っているのか想像しちゃいけないのと同じだ。
「だって同じ人間が二度も死ぬわけないじゃないか」
「彼はナースマニアだったの。それがサイバーワールドで投影され、彼はナースの姿をしていた。本来なら向こう側で死んでも、こちらに影響することはなかったのだけれど、世界のバランスが崩れはじめているせいで、向こうの想いがこちらの現実となったのよ」
「はぁ?」
さすが夢だ。荒唐無稽で理解しがたい。
こっちとか、向こうとか、サイバーワールドとか、ナースマニアとか、よくわからない。
どこから質問するべきか、やっぱりナース……いや、サイバーワールドかな?
「そのサイバーワールドって言うのを、まず僕は知らないんだけど?」
「俗に多くの人間が現実と呼ぶ世界の名がホームワールド。世界は今このときも生まれ、そして消えて逝くのよ」
「で?」
「中には強く想われて生き残る世界もあるわ。夢から生まれたドリームワールドは数ある世界の中でも、揺ぎない強固な存在で歴史も古く、いくつもの階層に分かれている。他にも確立された世界は鏡の世界、ミラーワールドなどがあるわ。そして、ごく最近、急速に存在を確立しつつあるのがサイバーワールドよ」
理解できそうでできない。わからない単語が二つも増えた。僕に理解力がないんじゃなくて、このメアとかいう猫が説明ベタなんだ、絶対。
このまま説明を聞いても、時間がかかりそうだから、別のことを聞こう。
「それで僕にどんな頼みがあるの?」
「サイバーワールドで捕れられてしまった姉を助けて欲しいのよ」
宇宙刑事の任務に違いない。
「でもなんで僕に頼むの?」
「貴方がこちらとサイバーワールドを行き来できる選ばれた存在だからよ」
選ばれた存在って響きがいい感じだ。まるで伝説の勇者の響き。
でもやっぱりメンドウなことに巻き込まれるのはごめんだ。
「危険そうだし、僕が君のお姉さんを助けてあげる義理もないし、お断りします」
「駄目よ、これは定めなの。貴方はわたしと一緒に来なければならない」
「ヤダ、絶対ヤダ」
「さあ行きましょう、サイバーワールドへ」
黒猫が僕の身体に触れた瞬間、貧血のように意識が遠退いた。
《2》
目を開けると……もう僕の部屋じゃなかった。
どこか荒んだ雰囲気を受けるビル街。
僕の目の前には少女がひとり立っていた。
「……誰?」
「メアよ。向こうの世界ではわたしの力が弱められ、黒猫の姿を取らざるを得なかったの」
つまり黒猫=少女。
ネコミミ少女かッ!
残念ながら、目の前の少女にネコミミはなかった。
メアは僕のことを見ながら、流し目でクスクス笑っている。
「アタシの何が可笑しいの?」
僕は自分の胸に手を当てて、メアに尋ねた瞬間、物凄い違和感に襲われた。
「……マジでっ!?」
思わず僕は自分の胸をモミモミしてしまった。
「胸だ……胸がある……なんでアタシ、スカート穿いてるの!?」
女の子の胸が僕の身体についている。それだけじゃない、どうやらメイド服を着用しているようだし、声も女の子だ!
メアは悪戯に笑いながら僕を見つめた。
「貴方ネカマだったのね」
「えっ?」
「サイバーワールドの法則はドリームランドに近いのよ。なりたいモノになれる世界。貴方が普段ネットで演じているキャラが投影されたようね」
そうだ、そう言えば、中肉中背の男が美少女ナースと同一人物だったって……。
こういうことだったのか!
僕はネットで女の子のフリをしている。つまりネカマってやつだ。今ここにいる僕は、ネットで演じている女の子そのものなんだ。
「てゆか、スカートってこんなに股がスースーするものだったのね」
「嫌なら別の姿になればいいわ。ただし、想いが強くなければ別の姿にはなれないわ。ほら、あそこを見て頂戴」
メアの指さした方向を見ると、人影のようなモノが行き来していた。まるで幽霊みたいだ。いつから僕は霊能力が開眼したのだろうか?
「それにしても幽霊たくさんいすぎ」
「あれは幽霊ではないわ。似たようなものだから?ゴースト?とこの世界では呼ばれているの」
「ゴーストってデスクトップアクセサリじゃないの?」
「それはこの世界では?プログラム?や?擬人化?の種族に分類されるわね。今そこにいるゴーストは、顔がなく、存在があやふやで確立した存在ではない種族。ホームワールドのネット社会に対応させると、捨てハンや名無しなどがなりやすい種族かしらね」
?ゴースト?の中にもいろいろいるらしく、影が濃いものから薄いもの、口にジッパーがついているモノまでいた。
「なんでアイツ口にチャックが付いているの?」
「あれは?傍観者?。ネットを見ているだけの種族ね」
「だんだんこの世界のことがわかってきたかもー」
「この世界の法則は創想(そうそう)と創(そう)言(げん)によって成り立っているの。なりたいモノになれる世界。ただし、それには周りをある程度信じ込ませることが大切なのよ。貴方が周りに自分が女だと信じ込ませているように」
つまりキャラ設定が甘いと化けの皮が剥がれるってことかな?
その点に関して僕は完璧だ。
ツインテールで脚が長い、出かけるときはいつも厚底ブーツの、メイド喫茶でバイトしている十六歳の女子高生だ。
他にもいろいろ設定があるぞ、一日一パック納豆を食べるとか……。
そうそう、名前は――。
「そう言えばアタシ名前言ってなかったよね? レイって言うのよろしくね♪」
もちろん本名じゃなくてハンネだけど、こっちのほうがリアルネームより愛着がある。
営業スマイルで僕が握手を求めると、見事にスルーされた。ショックだ!
メアは僕のことを放置でさっさと歩きはじめている。勝手に僕をこの世界に連れて来て、もう少し僕に気を使うとかなんとかすればいいと思う。
そう言えば、姉を助けるのを手伝って欲しいとかなんとか……?
「ねえ、お姉さんを助けに行くんでしょ?」
「そうよ、姉を攫った奴等はわかっているわ」
「どこのどいつ? アタシがコテンパンにやっつけてやるわ!」
いつもの僕だったら、そんなメンドクサイことしたくないけど、このキャラを演じてると積極的になれる。
「姉を攫ったのはハッカーやクラッカーの集団――黒い狼団よ」
「なんで攫われたの?」
「それは追々話していくわ」
「アタシに協力しろって言って、そんなことも教えてくれないわけ?」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)