ファントム・サイバー
――お願い、マナお姉ちゃん力を貸して。
薔薇の香がした。それを感じたのか、ナイトメアを辺り見回す。けれど、ファントム・ローズの姿はどこにもない。
刀が突然、眩い光を放った。刃に刻まれていく薔薇の紋様。長細かった刀がズッシリと重くなり、その刃はあたしの顔を映せるほど太くなった。
……力を貸してって言ったけど、重くて使えない。
お姉ちゃんのドジ!
だいじょぶ、あたしにならできる。
できるもん!
大狼君の電気コードを躱すナイトメアに向かってあたしは駆け出した。
重くて地面に付いてしまっている切っ先から火花が散る。
ナイトメアが嘲笑う。
「見た目だけ大そうになっても、わたしには敵わないわよ」
クスクス嗤うナイトメアの眼が急に見開かれた。
なぜかナイトメアの動きが止まった。
その隙に電気コードが巻き付き、さらにナイトメアの身体を拘束する。
そして、あたしは想い込めて刀を振り上げた。
「このバカ女!!」
股の下から頭の先まで、ナイトメアの身体が真っ二つに割れた。
そして、あたしの足元で二つに割れた身体が別の形に変形しはじめた。
まさか……?
割れた身体は二人の少女――ナイとメアになったのだ。
いち早く立ち上がったメアが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「おのれナイめ……」
闇色の渦を巻きながらメアの身体が霞み消える。
「待て!」
大狼君がメアを掴もうとしたが遅かった。
元の大きさに戻った刀を鞘に収め、あたしは地面に倒れているナイを抱き起こした。
「大丈夫ナイ?」
「ううん、う〜ん……あまりよくない……メアにだいぶ力を……」
ぐったりして、スゴク疲れた顔をしている。
もしかしてナイトメアの動きが突然止まったのは、ナイが助けてくれたから?
大狼君がナイに訊く。
「メアはどうなった?」
「空間転送、つまりワープしたみたい。けど、メア独りじゃ力が安定しないから、そんなに遠くには飛べないと思うし、座標も安定しないから飛ぶ場所も自分じゃ選べない」
「滅びてはないのだな」
大狼君は近くにあった車の窓ガラスを割り、ドアを開けると何か細工をしてエンジンを掛けた。
「行くぞ」
と、大狼君はあたしたちに顔を向けた。
「行くって、さっきはあたしのこと置いていったのに、なんかムカツク」
「足手まといにならないと証明されたからだ」
なんか打算的。
《5》
ナイはナイトメアとしてメアと意識を融合させることにより、メアがどこに向かおうとしているのか知った。ケド何を企んでいるかのまでは、意識をブロックされてしまったためにわからなかったらしい。
そしてあたしたち三人を乗せた車は、このサイバーワールドの中心に建つという電波塔に向かっていた。
タワーの一階にあるビルフロアが見えてきた。ガラスのドアの前には機械人が二人、見張りに立っている。
大狼君がアクセルを踏んだ。
「少々手荒に乗り込むぞ」
車は速度をドンドン上げながら、見張りを薙ぎ倒してドアを突き破った。
タイヤが悲鳴をあげて急ブレーキが踏まれた。
すぐにあたしたちは車を降りる。
ロボットたちがあたしたちを排除しようと沸いてくる。
電撃弾で一気にロボットを殲滅させながら大狼君が叫ぶ。
「どこに向かえばいい!」
それにナイが答える。
「上、とにかく上!」
エレベーターに乗ろうとボタンを押したあたしの腕を大狼君が掴んだ。
「もっと頭を使え!」
そのまま階段まで引きずられた。
まさか階段を上れってこと?
「ダルッ……どこまで上るんですかぁ?」
「とりあえず展望台まで!」
答えてくれてありがとうナイ。そして、そんなに元気に言わないで、上る前から疲れる。
すぐ後ろからはロボットが追いかけてくる。
上から来るロボットは大狼君が電気コードで薙ぎ払う。倒されたロボットがあたしの行く手を阻むケド、文句なんて言って体力を使わず上り続けた。
このタワーの大きさって東京タワーと同じくらいかな。あそこの展望台って何メートルにあるんだろ……一〇〇、二〇〇かも……もっと上かな?
あはは、死ねる。
上っても、登っても、階段ばかり。
階段がやっと途切れ、そのフロアにあたしたちは飛び込んだ。
広い展望台。壁は一面ガラス張りで、外の景色がよく眺められる。
そして、このフロアであたしたちを待っていたのは――。
白い仮面の使者。ファントム・メアでも、ファントム・ローズでもない。
大狼君の口元が歪んだ。
「……ザキマ」
そう、あのヘヴィメタな格好とモヒカン頭はザキマだ。そして、彼の仮面は半分だけだった。
「ケーケケケケッ、よく来たなクソガキどもと、大狼君!」
大狼君はザキマに顔を向けたまま、噛み潰したような声であたしたちに言う。
「先を急げ、ザキマの相手は私がする」
その言葉に重みを感じた。
先を急ごうとしたナイとあたしの前にザキマが立ち塞がろうとした。ケド、それを大狼君が許さない。
「貴様の相手はこの私だ!」
電流を帯びた電気コードが床を焼いた。
がんばって大狼君……。
ナイの後を追ってあたしは新たな階段を上った。
もぉ、ホント何段階段上ればいいワケ?
行く手を阻むロボットたちの姿はなかった。頑張ってあたしは階段を上り続けた。
そして、ついに無限とも思えた階段に終わりが見えてきた。また別のところに階段があるとか、そういうトラップないよね?
階段は一週間くらいもう見たくない。
扉を開けて入ったその先は、真っ暗な闇だった。
世界に閃光が走った。
白い渦と、黒い渦が、決して混ざり合うことなく世界を取り巻く。
まるで異次元の世界に迷い込んでしまったような雰囲気。
どこかで女の人の叫び声が聴こえた。
恐ろしい獣の咆哮も聴こえる。
古びた時計の鳴る音。
闇の中から影がヌッと現れた。
「わたしの悪夢へようこそ」
メアが月のように微笑んでいた。
そして、もう一つの影――ファントム・メアが現れた。
「ナギサを連れてくる手間が省けたな」
ここまで来たら一歩も引けない。
ケド、どうすればいいの?
あたしはリョウに帰って来て欲しい。戦うために来たんじゃない。あの頃のリョウに戻って欲しいだけ。
この世界を取り囲む光と闇が暴れまわった。ケド、光のほうが弱々しく感じる。横を見るとナイが苦しそうな顔をしていた。
向かい合うナイとメア。
「メアの相手はウチがする」
「お姉さま、苦しそうだけれど平気かしら、クスクス。無理もないわ、ここは私のテリトリーだものね」
「姉が妹に負けるかボケッ! ウチが絶対この世界を光で溢れさせてやる!」
「姉と妹なんて言い方、便宜上でしょう。古来から魔力は私のほうが上よ、お姉さま」
クスクスと嗤う声が世界に木霊した。
ナイがメアと戦うなら、あたしはファントム・メアと戦わなきゃいけない。でも、彼に刀を向けることはあたしにはできない。
光と闇が激しいぶつかり合いをはじめた。
あたしは深く息を吐いて呼吸を整える。
「リョウ、お願いだから昔のリョウに戻って」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)