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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・サイバー

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 返事は返ってこなかった。
 こいつのこと嫌な奴だと思ったこともあったけど……だけど……。
 ナギの身体に浮かび上がったプログラム言語が崩壊していく。
「ナギ!!」
 僕の胸の中でナギの身体がメタリックの光に包まれた。
 そして、僕は目を見開いた。
 僕の胸に抱かれている女の子の姿……これがナギ?
 そんなっ、ナギが女の子だったなんて……。
 僕と同じツインテールの女の子。同じ、僕と同じ……。
 知っている。
 僕はこの子のことを知っている。
 なぜか思い出せない。
 なんで?
 知っているのに……なんで思い出せないんだ。
 頭が痛い。
 走馬灯のように脳に流れ込んでくる断片的な映像。
 薔薇の香。
 恋人の死。
 偽りの記憶。
 改ざんされた記憶によって創られた偽りの恋人の名。
 ナギ……ナギ……そうナギだ。
 この子の名前はナギサだ!
 僕の本当の名前は?
 メアが僕の名を静かに呼んだ。
「我が君、ファントム・メア」
 ?レイ?の記憶はそこでぷっつりと切れた。

《5》

 ナギサを床に寝かせボクはゆっくりと立ち上がった。
 目の前にいる巨大な機械人の瞳に、今のボクの姿が映し出される。
 漆黒のローブを身に纏い、白い仮面を被るボクの姿。
 床に寝ているナギサが目を覚ましてボクに手を伸ばした。
「……リョウ……リョウ、リョウなんでしょう!」
 ボクは聞き流した。彼はもういない。
 奇怪な咆哮をあげて機械人がボクに襲い掛かって来た。
 即座にローブの中からボクは二丁拳銃を抜いた。
 銃弾の雨が機械人の躰を貫く。
 ローブを靡かせながらボクは飛翔し、機械人の頭部に掴みかかると、そのままこいつの首をへし折って頭をもいだ。
 首を失った箇所から火花が噴出し、それでも機械人はボクに向かって巨大な手を伸ばして来た。
「ボクに勝てるとでも思っているのか?」
 伸ばされた巨大な手を掴みへし折り、そのままもいだ腕を振り回して機械人の胴体にぶつけた。
 後方に大きく飛んだ機械人が機器類にぶつかり、爆発に巻き込まれて煙の中に消えた。
 煙幕の中に浮かび上がる巨大なシルエット。
「しつこい奴だ」
 ボクは呟きながら煙の中に飛び込んだ。
 目の前に迫った機械人の巨大な躰。その胴体にボクは力を込めて掌底を喰らわせた。
「ハッ!」
 再び後方に飛ばされた機械人は壁にぶつかり、手足が吹き吹き飛んで床に転がった。
 ボクの足元まで金属片は飛んできていた。これでもう機械人が再び動くことはないだろう。
 粉々になった機械人に近づき、その破片の中から少女の腕を掴んで立たせた。
 ボクの白い仮面を見つめるナイ。
「ファントム……メア!」
「久しぶりだねナイ」
「どうして……やっぱり復活して……」
「そのあたりの事情は復活したばかりでボクも把握できていない」
 ボクの背後で駆け寄る足音が聴こえた。
「目を覚ましてリョウ!」
 ふらつきながら駆け寄ってくるのはナギサだった。その前に立ちはだかるメアの姿。
「ファントム・メア様が復活した今、もう貴女はもう用済みよ」
 メアの手から放たれた見えない波動によって、小柄なナギサの躰はいとも簡単に吹き飛んだ。
 この状況を見ていた大狼君が声をあげる。
「これはいったいどういうことだ!」
「さあ、ボクにもよくわからない。メア、説明してくれないかな、なぜボクが復活したのか?」
 全員の視線がメアに集中した。
「全ては憎きファントム・ローズによって、ファントム・メア様が滅ぼされたことにはじまります」
 そこまでの記憶はボクにもある。
 ホームワールドとホームワールドの間にできた〈ハザマ〉。そこでボクとローズは一騎打ちをした。どちらもあれが最期の戦いだと思っていただろう。
 そして、ボクは滅ぼされた……筈だった。
「そうだ、ボクは確かに滅びた筈だ。では、今ここにいるボクは何者だ?」
「我が君、ファントム・メア様でございます」
 メアは断言した。
 ボク自身も疑う余地はない。だが、微かに記憶が残っている。
 ――レイ。ゼロ……から今に至るまでの課程。
 少しずつ状況が把握できてきた。
 ボクは掴んでいたナイの腕を引っ張り、そのままメアに投げつけた。
 ナイが声を張り上げる。
「全てはメアが仕組んだことだったの!」
 メアの腕を振り切り、ナイは壁際まで逃げた。
「ウチとメアが〈ハザマ〉に駆けつけたときには、もうすでにアナタは断片化して消えかけていた。その断片をメアは掻き集めて、ブレスレッドに加工したの」
 ブレスレッド……これか。
 ボクは腕に嵌められていたブレスレッドを皆に見せ付けた。
「これだな?」
 すでにブレスレッドは色褪せ役目を終えているようだった。
 ボクはメアに問う。
「それからどうした?」
「ホームネットワークからはすでに、ファントム・メア様の元なった者は完全に消滅しておりました。そこで私は新たな器をドリームワールドに見出したのです。ホームネットワークから発せられる想いが、ドリームワールドであの者を創り上げた」
「それがレイか……」
「その者は他人が創り上げた思念でしかありませんわ。ですので、本当に器になるか賭けでございました」
 レイ――それは人々の想いが生み出した幻影。
 もしかしたら、レイはボクではなく春日リョウになっていた可能性もあるのか。
 薔薇の香が一瞬にしてこの部屋に立ち込めた。
 ボクの視線の先には一人の道化師が立っていた。その姿の奥に何者が潜んでいるのか、ボクにはすぐわかった。
「鳴海マナ……いや、ファントム・ローズだな」
「そうだ。私の名はファントム・ローズ」
 道化師の姿が一瞬にして仮面の使者に変わった。
 白い仮面。しかし、ボクが想えば、それは別の顔へと変わる。ボクはローズの真の姿を見ることができる数少ない存在。
 ローズの白い仮面は哀しそうな表情をしていた。
「私は賭けに負けたのだ。私は君が春日リョウに戻ることを心から願っていた。しかし、君は再びファントム・メアとして目覚めてしまった」
 レイの前に度々姿を現した謎の道化師。レイはその者がファンム・ローズだと最後まで気付かなかった。もし、ファントム・ローズだと知れれば、リョウではなく、このボクの記憶を刺激してしまっていただろう。
 最後にボクの記憶を呼び覚ましたのは、そこに立っているナギサの存在。彼女は諸刃の剣だったに違いない。ボクを呼び覚ますか、それともリョウを呼び覚ますか。
 リョウとナギサは恋人関係にあった。しかしそれはホームネットワークが整合性を取るために、記憶を改ざんしてナギサに刷り込んだ事象に過ぎない。ボクの恋人は死んだのではなく、存在そのものが世界に否定されてしてしまった。そのため記憶の改ざんは行なわれた。
 ボクにとってナギサは真実の恋人ではなかった。しかし、ボクを呼び覚ますために必用だったのは、他者からの想い。強い想いが必用だった。
 今のボクはファントム・メアであるが、その根本はローズに滅ぼされる前のモノとは異なる。
 なぜならば、あのファントム・メアはあくまで春日リョウであった。しかし、今のボクは最初から幻影なのだ。ボクが存在するためには、前よりも強い想いが必用なのだ。