ファントム・サイバー
なんだこの展開?
ザキマが腹を抱えて笑い出した。
「ケーケケケケケッ。三つ巴かよ、おもしれーじゃねえか。やってやろうじゃねえか、ここにいる全員とな!」
きっと感じたのは僕だけじゃない。みんなザキマの変化を感じ取ったに違いない。
何か鬼気迫るモノが素肌を刺した。
ザキマの身体に起こる変化。筋肉が何倍も膨れ上がり、破れた服の代わりに金属が身体を覆いはじめた。巨大化と機械化が同時に行なわれてる。ザキマは別のモノに変わろうとしていた。
前髪をかき上げた大狼君が涼しい口調で呟く。
「バージョン2になる気だ」
それってソフトウェアのバージョンみたいなもの?
ってことは性能がアップしたりするってこと?
鋼色をしたボディー。全長は僕の三倍以上。赤く光る目玉が僕らを睨み付けた。
「ケケケケケッ、オレ様ハ更ニ強クナッタゼ!」
合成音みたいな声でザキマは言った。もう完全に機械人間だ。
地響きを立てながらザキマは大狼君に向かって行った。違う、その脇にいたナイが狙いだ!
大狼君の身体は叩き飛ばされ、横にいたナイはザキマの巨大な両手が捕まってしまった。
「ウチに何する気!」
「ケケケケケッ!」
笑いながらザキマは、なんとナイを口の中に放り込み、大きくの咽喉を鳴らした。
それを見たメアは静かに怒りを露にした。
「よくもお姉さまを……」
「勘違イスルンジャネエ。ガキハオレ様ノ腹ン中デ生キテルゼ。オレ様ニハ、テメエラ姉妹ノ力ガ必用ダカラナ」
「わたしが力を貸すのはただ一人、お前ではないわ」
冷たい夜風が吹いた。
大狼君はドロップを口に入れ噛み砕き、指を鳴らした。
「ひとまず休戦にしようではないか。まずはザキマを片付けることが最善のルートだ」
ナギも刀の切っ先をザキマに向けた。
「オレはナイに必ず助けると約束した」
僕もリボルバーを抜いて構え……あ、弾切れしてるんだった。腰に手を回すと手榴弾が一個だけあった。
金属の鋭い歯が並ぶ口にザキマが大きく開けた。これはチャンスだと思ったけど、中にはナイがいる。
……しまったピン抜いちゃった。しかもピン投げちゃった。
僕がこの手榴弾のレバーから手を放したら……数秒でドーンだ。
ヤバイ、自らピンチを招いてしまった。早く床に落ちてるハズもピンを探して元に戻さなきゃ。
床に這いつくばって僕がピンを探している最中に、戦いは繰り広げられていた。
中の金属部が剥き出しになった電気コードを振るう大狼君。電気コードが腕に巻き付いたザキマがバランスを崩した。その瞬間、電気コードに電流が流され、さらにザキマはバランスを崩して巨大な足を上げた。
僕は上げられたザキマの足の裏を真下から見ていた。踏み潰される!
でも、あとちょっと腕を伸ばせばピンに手が……限界だ。僕は已む無く下りて来る足を避けて間一髪の危機を免れた。
ピンは……少し離れた場所に飛んでいた。
すぐにピンを拾うとしたとき――。
「デニード!」
メアが呪文を唱えたと同時に、床の下から巨大な針が迫り出して来た。次々と飛び出す針は、まるで春のタケノコパーティーだ!
そんなこと考えてる余裕なんて実はなかった。巨大な針は無差別に僕まで突き刺そうと襲ってくるのだ。バカ、アホかと、僕まで殺す気ですかと。
針が膝に刺さったザキマの動きが封じられた。動けなくなったザキマの眉間にナギの刀が突き刺さる。
「ガガガッギギギギギィィィィ!!」
奇怪なザキマの叫びが木霊した。
みんなが頑張ってる中で、ついに僕は、僕はピンを見つけた!
このピンを元に……僕を覆う巨大な影。しまったザキマが僕に向かって倒れてくる!
必死で僕は床に飛び込む勢いでザキマの巨体を避けた。
床に腹をついた僕に伝わる振動。ザキマは背中から床に倒れていた。
立ち上がろうと床に手をついた僕はあることに気付いた……握っていたハズの手榴弾がない!
どこだ、手榴弾はどこに行った?
轟音を立てながら爆発は起こってしまった。爆風に煽られて僕は大きく吹き飛ばされた。
床に激突した僕の目の先には誰かの足。見上げると……メアが僕を冷たい瞳で見下していた。
「さっきから何をやっているの?」
「あの……そのぉ……」
まったくだ、僕は何をやってるんだ。みんなが戦ってる中で僕は手榴弾と格闘か。
「だって銃弾が切れてるんだもん」
僕はカワイイ瞳でメアに訴えた。それを氷の眼で返すメア。
「弾くらいなら創想プログラムで創造可能よ」
「そうなの!?」
僕の腕に付けたブレスレット型増幅器に念じるんだったよね?
ザキマはすでに立ち上がり、ナギと大狼君が交戦している。僕も早くみんなを助けなきゃ!
銃口をザキマに向けた。この銃には弾が残ってるような気がする。僕は力強く引き金を引いた。
カチカチと引き金が鳴るだけで、弾が出ない。そうか、僕が疑ったからいけないんだ。残ってるような気がするじゃなくて、弾は絶対込められてるって信じなきゃいけないんだ。
――僕は信じた。
そして、引き金を引いた。
どんな鋼鉄も貫く弾丸が放たれた。でも、本当に機械化したザキマの身体を……ぐあっ!
やっぱり銃弾は弾かれた。貫くどころかザキマの身体にはかすり傷すらついてない。
メアが僕にアドバイスをする。
「強く想うのよ、決して疑っては駄目よ」
ちょっと貫くの無理かもと想ったのがいけなかったんだ。てゆかね、疑うななんて無理に決まってるじゃん。人間どこか心の片隅で、疑心を持ってるに決まってるじゃないか。
駄目だ、僕がそんなことだから駄目なんだ。もっと信じなきゃ。
僕は目を瞑り、心を鎮めた。
よし、いける!
僕はカッと目を開いて銃弾を放った。
想いの込められた銃弾はザキマに向かって一直線に飛んだ。
銃弾はザキマの胸に当たった。
「やったぁ!」
弾丸から漏れたウイルスがザキマの身体を犯す。
地面に両手両膝を付いてザキマが倒れた。そして、身体を構成している言語が浮き彫りになり、それが少しずつ崩壊をはじめた。
「ガガッギギギガガガッ!」
奇怪な声をあげてザキマは拳を床に何度も叩き付けた。
みんな攻撃の手を止めてザキマを見守った。
その中でメアが淡々と、
「復旧するわ」
その言葉どおり、急にザキマが立ち上がり、浮き彫りになっていた言語がなくなっていた。
「ケーケケケケケケッ!」
復活したザキマに大狼君が対峙した。
「免疫化されてしまったようだな」
そんな、やっと僕が……。
巨体を揺らしながらザキマは僕に向かって突進して来た。
大狼君がザキマの前に立ち塞がり、手から電撃弾を撃ち放った。
飛んで来た電撃弾を食ったザキマは大狼君を叩き飛ばし、僕に向かって鋭い鋼鉄の牙を覗かせた。
なんとザキマの口から呑み込んだ電撃弾が!
僕は避けるヒマもなかった。火花を散らした電流弾が僕の眼前まで迫っている。
もうダメだ!
「レイ!」
急に僕の前に飛び込んで来た人影。
その影が僕の代わりに全身で電撃弾を受け止めた。それはナギだった。
僕は倒れるナギの背中を受け止めた。強い電流がナギの身体から僕に伝わる。それでも僕はナギの身体を抱きとめた。
「ナギ!」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)