ファントム・サイバー
果たして方向音痴に任せて平気なのだろうか。でも、強いんだからきっと平気。
「うん、わかった」
僕は元気に頷いて見せた。
先に進もうと歩き出すと、木の後ろから人影が飛び出してきた。敵かと思って構えたけど、違ったみたいだ。
「こんにちは、また会いましたねー」
ピエロだった。
「またお前か」
ナギはピエロを見てたしかにそう言った。面識があるのは僕だけじゃないのか。
ピエロは人懐っこく近づいてきた。
「何かお困りのようでしたらお手伝いしましょうか?」
まさか大狼君の居場所を知ってるわけないよな。でも一様聞いてみるか。
「あたしたちは大狼君を追ってここまで来たんだけど、まさか居場所知らないよねぇ?」
「知ってますよ」
「ホント!?」
マジか……九割ダメもとで聞いたのに、まさかそんな答えが返ってくるなんて思ってなかった。
「はい、知っていますよ。でも教えません」
なんだその思わせぶりな態度というか、手伝いするって言ったクセ教えないなんて、ヒドイ。
でも、ここはそんな感情は押し殺して冷静に――。
「どうして教えてくれないの?」
笑顔で僕は訊いた。
「おそらく君たちが探さなくてはいけないのはザキマです。彼は今このゲームの中にいます。そして、ナイも彼と一緒にいます」
ナギの眼つきが変わった。
「ザキマがいるのか……。奴はどこに?」
「ボクが最後に見たのはここから南西向かった岬にある小屋です。けれど、おそらく彼はこの道をまっすぐ行った町に向かうでしょう」
「なぜ?」
「それはヒミツです」
僕はピエロの秘密のほうがよっぽど気になる。こいつはどこの誰で、なぜ僕たちの前に現れるのか?
そこんとこどうなのよピエロさん!
「あたしから聞きたいことがあるんだけど、ピエロさんに」
「なんですか、ボクに答えられることならなんなりと」
今なんなりとって言ったな!
絶対答えてもらうからな!
「えーっと、じゃあ質問なんだけど、どうしてアナタはアタシたちのことを助けてくれるの? アナタはいったい何者なの?」
「賭けをしてるんです。もしかしたら世界の命運を掛けた賭けなのかもしれません。ボクの正体について今は言うことはできません、賭けに影響がでるかもしれませんからね」
「賭け?」
「そうです賭けです。あの、彼が心配なのでそろそろ消えますね」
「ちょっと待っ――」
僕が止める間もなく、ピエロは姿を消した。残ったのは花の香。
ナギはすでに歩き出していた。
「行くぞ!」
「ちょっと待ってよ、メアに連絡しなきゃ」
「……そうだな、忘れていた」
なんだ、こいつ焦ってるのか?
ザキマの名前を聞いた途端、眼つきも変わったし、ずっと難しい顔してるし……。
何か考え込むナギに変わって僕がメアに連絡をすることにした。
《メア、ナイの情報を手に入れたよ》
数秒の間を置いてメアから連絡が返って来た。
《どのような情報なのかしら?》
《ザキマって奴と一緒にいるらしいの。場所は最初の町を出て、ほら、どっちに進もうか相談した大きな木があった分かれ道があったでしょ? あそこを最初に選んだ道とは逆に進むと町があるらしいからそこ》
《わかったわ、わたしもすぐに向かうわ》
……方向音痴だけど今の説明でわかったのかな。ピエロに町の名前聞いておけばよかった。僕らが先についたらまた連絡すればいいか。
メアとも連絡して、僕らは町に向けて歩き出した。
無言で前を歩くナギに僕は無性に声がかけたくなった。
「ねえ」
「…………」
「ねえってば!」
「なんだ、敵か!」
剣を抜きながらナギは振り返った。
「敵じゃなくて普通に雑談」
「……そうか」
「何か考え事?」
「なんでもない」
ウソばっかり。今だって眉間にしわ寄せてるクセに。ウソは泥棒のはじまりだぞ、今のお前は盗賊じゃなくてナイトだろ。
僕は腰の後ろに両手を回して、胸を突き出す感じでナギの顔を覗きこんだ。
「本当は何考えてるの?」
「なんでもない」
「ザキマのことでしょう?」
「それもある」
名前を出すと案外あっさり認めたけど、他にもあるみたい。
「他に何があるの?」
「あのピエロのことだ」
「あのピエロがどうしたの?」
「懐かしい匂いがした」
ピエロが消えるたびに残していく花の香。まさかナギもあの香に何か想うところがあるのか?
僕は思い出せなかった。どこかで嗅いだことのある香なのに、なぜか思い出せない。
ナギはゆっくりと首を振った。
「いや、ピエロのことはいいんだ。それよりもザキマのことだ」
「ところでザキマって誰なの?」
「黒い狼団のナンバー2だった男だ。お前たちと会う前に一度アジトに侵入したとき、完膚なきまでにやられた」
ナギってそこそこ強いのにやられたんだ。でもナンバー2ってことは大狼君より弱いはずじゃ?
アジトで僕が戦闘員を相手にしてる近くで、ナギは大狼君と一対一で戦った。どんな戦いを繰り広げていたのか、そんなのを見ている余裕はなかったけど、大狼君は追い詰められて吠え面かいて逃げたハズ……。片腕がなかったとはいえ、ナンバー2がそんなに強いんだったら……。
僕の中に疑念が生まれたけど、答えは見つからずによくわからなくなった。
そうだ、とにかくこの道の先にある町に行かなきゃ。
今はそれだけを考えればいいや。
《3》
長い道を進み、僕らの前方に町のゲートが見えてきた。
町に入った僕らはすぐに異変に気付いた。風に乗って運ばれてくるざわめき。
逃げ惑うプレイヤーが僕らの横をすり抜けた。
いったい何が?
騒ぎの原因は広場にあった。
町の広場に人々が集まっていた。その中心にいたのはモヒカン野郎。その脇には……メア?
ナギが僕の横で呟く。
「ザキマだ。おそらく一緒にいるのはナイ」
「あのモヒカンが……」
っていうか、ナイってメアと瓜二つだ。
ザキマに飛び掛る数人のプレイヤー。けど、町の中じゃプレイヤー同士の戦いは禁じられている。そのため殴りかかっても、途中で見えない壁に阻まれてしまう。
僕の眼に映っていたハズのプレイヤーが消失した。ザキマに飛び掛って失敗したプレイヤーだ。
ザキマが甲高く笑う。
「ケーケケケッ、てめえらみたいなザコは、ステッカーを貼らなくても簡単にクラッキングできるぜ」
ザキマの指は世話しなく動かされている。それはまるでキーボードを打つような動作。
建物の物陰に隠れながら、騒ぎを見ているプレイヤーに僕は尋ねた。
「何があったの?」
「そ、それがあのモヒカンの人クラッカーらしいんだ。それでいきなりみんなを破壊しはじめて、ゲームマスターも駆けつけたんだけどみんな消されちゃって」
僕が話を訊いているうちにナギがザキマに向かって歩いていた。ぜんぜん止める間もなかった。
「ザキマ、オレのことを覚えているか!」
叫んだナギの顔をザキマが舌なめずりしながら見た。
「あのときの美男子か……またオレ様にやられに来たのか?」
「今度は倒しに来た」
そのままナギはナイに顔を向けて話を続ける。
「あのときは済まなかった。必ず助けに戻ると言って、今の今まで掛ってしまった」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)