ファントム・サイバー
振り向くとピエロの格好をした野郎が立っていた。
「誰だてめぇ!」
「はじめまして、休日の道化師と申します」
ガキの眼つきが変わったのをオレ様は見逃さなかった。知り合いなのかわかんねえけど、ガキはひと言も口を開かなかった。
ピエロは敵意を剥き出しにするオレ様に構わず、小屋の中にズカズカ入ってきやがった。
「キミは本物ですよ、ここに存在している時点でキミは本物なのです」
いきなり入って来て、なんなんだこのピエロは?
オレ様はわけがわからず、ただピエロの話に耳を傾けるだけだった。
「ただしキミはホームワールドにいるキミの電影であることに違いない。向こうにいるキミが本物で、今ここにいるキミは偽者ですか?」
「オレ様は本物だ!」
「そう想うならキミは真物なのでしょうね。ただし、光と闇が一体であるように、どちらかが偽者ということはありません。個は全であり、全は個である。それが世界の真理」
「オレ様が影だって言いてぇのかよ?」
「それはボクの決めることではありませんから」
ピエロはそう言いながら床に倒れる大狼の脇に膝をついた。
「てめえ、大狼になにする気だ?」
「彼はもらって行きます」
「ハァ?」
「そっちのお嬢さんは置いていきますから心配なく」
これを聞いてナイが喚く。
「またウチのこと置いていく気!」
「キミを連れて行くわけには行かない。ボクはキミの味方ではないからね」
大狼を抱きかかえて小屋を出て行くピエロ。なぜかオレ様は呆然として、追いかけることを少しの間忘れていた。だが、すぐに我に返って小屋の外に出る。
「てめぇ、大狼は渡さねえぞ!」
ピエロが振り返る。
「彼は変われる可能性がある。いつまでもベッドで眠っているわけにはいかないでしょう」
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」
オレ様はピエロに向かって飛び掛った。
この世界でオレ様に刃向かえると思うなよ。
ピエロは大狼を地面に下ろしてオレ様の攻撃に立ち尽くした。
「このワールドの法則ではボクに勝てませんよ」
オレ様の攻撃をピエロは避けようともしなかった。
鋭いクローがピエロの脳天から股間まで切り裂いた。
だが、真っ二つにされたピエロは霞み消えた。
「どこ行きやがった!?」
「ボクはキミと戦う理由が特にありません」
ピエロの声はオレ様の背後からしやがった。
振り返ったときには、ピエロは大狼を抱きかかえて、消えようしていた。
「てめぇ待ちやがれ!」
オレ様の声も虚しく、ピエロは大狼を連れて消えやがった。移動魔法を使ったような感じだ。畜生、どこに行きやがった。
ナイが玄関の陰からこっちを見ていた。ピエロとどういう関係なんだ。
「オイ、クソガキ。あのピエロはいったい何者なんだ!」
「ウチもわかんない」
「ウソじゃねえだろうな!」
「ウソじゃないもん。ただ、この香……」
「香だと?」
ピエロが消えた後、風に運ばれて花の香がした。この香なんだって言うんだよ?
とにかく今はピエロと大狼の居場所を探すのが先だ。
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)