ファントム・サイバー
「どうしてオレ様より強いんだ、ステータスの上限は同じはず。なのになんであんなスピードで動ける!」
「私のこの世界での役割がモンスターだからだ」
「なにぃ?」
「モンスターのステータスの上限はプレイヤーを遥かに凌ぐ。実装されているモンスターで、これほどまでのステータスを持ったものはいないが、システム上はここまでパラメーターをあげられる仕様になっている」
それを今知ったところでオレ様には何もできない。何かする隙を大狼が与えてくれるはずがない。クソッ、負けちまった。
大狼が片手で合図するとモンスターどもがぞろぞろ集まってきやがった。モンスターまで配下にしやがったのかよ。
モンスターどもはガキの周りも囲みやがった。モンスターとのレベル差があるから、ガキも何もできねえな。それがわかってんのかガキも逃げようなんてしねえみたいだ。
大狼が隠しフォルダを取り出した。
「彼女は私のフォルダに入れてパスワードを掛けて置こう」
モンスターにガキを目の前まで連れて来させ、大狼はファイルを開けた。
「ウチ絶対そんなとこ入らないから!」
大人しかったガキが急に暴れ出して、モンスターの手を振り切って逃げようとした。
けどよ、オレ様の目から見ても無理だな。
ガキは背後から襲ってきたモンスターに一発殴られ地面に倒れた。やっぱな。
瀕死のガキのフォルダが向けられ、掃除機で吸い込むみたいにガキはフォルダの中に消えた。
大狼はフォルダを閉めて、またどこかに隠しやがった。
「さて、ザキマ。ゆっくりと語ろうではないか」
「やなこった」
「情報交換は有意義ではないかね?」
「てめぇと交換する情報なんてねぇーよ」
「君の裏切りは想定内だ。前々から君は私に好感を持っていなかったからね。では、なぜナイを連れて逃げたのだね?」
ったく、情報交換なんてしねぇーて言ってんのに話を進めやがって。
オレ様は口を噤んでそっぽを向いた。
「てめぇと話すことなんてねぇーよ」
「単純に私を困らせようとしたのか、それとも君もナイに聞きたいことがあったのか?」
「だから何も話さねぇって言ってんだろうが」
「ならば気分転換に場所でも変えよう。静かで心安らぐ場所に」
そしてオレ様は大狼に拘束されたまま、別の場所に連れて行かれた。
《5》
オレ様は丘の上にある小屋に連れて来られていた。
縄でグルグル巻きに縛られ、手も足も動かせない状態で椅子に座らされている。目の前には優雅に足を組んで椅子に座った大狼がいやがる。
「ここはあまりプレイヤーが来ないところでね。話をするには最適だと思うが、どうだね?」
「だから何も話たくねぇって言ってんだろ」
「君はなぜ黒い狼団に入った?」
「なんだよいきなり」
「私は世界の成り立ちを知りたかっただけだ。そのためにこの世界を我が物にし、多くを動かす力が欲しかった。君は何がしたかった?」
「オレ様はただ破壊が楽しかっただけだよ」
支配、破壊、弱いものどもがオレ様に恐怖する。己の快楽のためだけにオレ様は行動してきた。オレ様と大狼は根本が違う。
大狼が身を乗り出してオレ様の顔を近づけた。
「ナイから何を聞き出した?」
「たいした話じゃねえよ」
「別の世界に行く方法を聞き出せたかね?」
「さあな」
特別な奴しか世界を行き来できないとか、そんなことを言ってたような気がするな。
「彼女の能力について聞いたかね?」
「能力?」
「その顔は本当に知らないようだな」
「なにをだよ?」
「彼女は異世界への扉を開く力がある。その力を利用できれば、誰しも異世界に旅をすることが可能だ」
そんな話聞いてねえぞ。あのクソガキ、オレ様にウソを付きやがったのか。
大狼が話を続ける。
「しかし、彼女一人では力が弱いため、自分が行きたい世界と交互性を持つ世界にしかいけない。彼女は双子だ、二人でひとつ、二人が揃った時、真の力が発揮されるのだよ」
「そのもう一人はどこにいるんだよ?」
「おそらく私を追ってすぐ近くに来ているだろう」
オレ様がしなきゃなんねえこともわかってきたぜ。二人のガキを我が物にすりゃーいんだな。
ならもう大狼は用済みだ。
オレ様はニヤリと笑って、目の前にいた大狼に頭突きを食らわせた。
よろめいた大狼に全身で圧し掛かり、奴の動きを少しの間封じた。
「オレ様の勝ちだぜ大狼」
力が漲ってくる。オレ様の身体に大狼の力が流れ込んでくるぜ。
大狼はオレ様を押し飛ばそうとしたが、どうやら力が入んねえみたいだ。
「私に何をした!」
「モンスターの能力を応用しただけさ。てめぇの力を全部吸い取ってやる」
力が漲るオレ様はついに全身に巻かれていた縄をぶち破った。
すでに大狼は瀕死だった。ヒットポイントもマジックポイントもゼロに近い。もうこいつは何もできねえ。
「ケケケケッ、オレ様は勝った。てめぇに勝ったんだ」
「……貴様……許さんぞ……」
「うっせえ!」
「グッ!」
オレ様の蹴りが床に倒れる大狼の腹を抉った。
「ガキを返してもらうぜ」
オレ様は大狼から隠しフォルダを奪い取り、すぐにパスワード解除した。たかがフォルダでよかったぜ、もっと高等なプログラムだったら解除に時間がかかるとこだった。
フォルダから出たガキはオレ様の顔を見てすぐ逃げようとした。
「逃がせねえぜ」
オレ様は拘束具のスイッチを入れた。
体中に電流の走ったガキは、ドアを目の前に倒れて悶えた。
オレ様はガキの首根っこを掴んで立たせた。
「まだオレ様から逃げられると思ってたのかよ」
「別にアンタから逃げようと思ってるんじゃないもん」
「ハァ?」
「この世界に来てる。妹が近くに来てるのを感じる」
「てめぇを助けに来たのか?」
「違う、ウチを捕まえに来たの」
「よくわかんねえけど、てめぇをオレ様の手元に置いとけば妹が来るんだな」
床にうつ伏せになったまま大狼がオレ様を見上げた。
「妹のメアはナイと違って冷酷で非情だ。貴様の手に負えるかなザキマ」
「うっさいんだよ!」
オレ様の蹴りが大狼の腹を抉る瞬間、ナイは顔を背けた。
大狼はオレ様より姉妹の情報に詳しい。ハッキングして情報を手に入れるか。弱ってる大狼なら容易いことだ。
すぐに大狼にハッキングを試みた。だが、オレ様はすぐに顔色を変えた。
「どうしてできねえ?」
弱ってる大狼のファイアウォールはボロボロだ。免疫も役立たずで侵入はすぐにできた。けどよ、侵入した先には何もなかった。
大狼の口がオレ様を見て嘲笑ってやがった。
「私をハッキングすることは不可能だ。どうやら私もこの世界の住人ではないらしいのでな」
ガキと同じように大狼も別の世界の人間なのか?
「信じられるか、どんな小細工しやがった」
「小細工ではないよ。私と君は違う存在なのだ。所詮、貴様はプログラムでしかない。電影なのだ、貴様などこの世に存在していない!」
「オレ様はここに存在してる!」
自らの意思でオレ様はここにいる。もし、本当にオレ様が幻のような存在だったとしても、オレ様は必ず幻から現実になってみせる。
小屋のドアが突然開いて、誰かが入ってきやがった。
「そうキミはここに存在しています」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)