ファントム・サイバー
片手でハンドルを操作しながら、もう片手でオレ様はハッキングを開始した。
「畜生、アクセスできねえ」
やっぱりムリだ。ファイアウォールでも、免疫でも、そういうのが邪魔してるわけじゃねえ。このガキはここに存在してない。
「ウチのことハッキングするつもり?」
「うっせえ」
「どーせできなんいんだから諦めたらー?」
「うっせえ」
「どうしてできないか知りたくない?」
「知りたくねぇーよ」
知りたくて堪んねえけど、ガキに媚びるなんてできるわけねえだろ。
ポケットに入って潰れた煙草の箱を出した。
「ったく」
煙草が切れてやがる。イライラしてくるぜ。
オレ様のイライラが伝わったみてえで、横でガキが笑ってやがる。
「本当は知りたいんでしょ?」
「知りたかねえよ!」
「そうやって怒鳴るとこが怪しいんだから、えへへ」
「笑ってんじゃねえぞクソガキ!」
ホントは拷問具のスイッチ入れてやりてえが車ん中だ。
これ以上、車を走らせても意味がねえ。
カラオケボックスの駐車場に車を停めて降りて、助手席のガキを引っ張り出した。
「オイ、行くぞ」
「カラオケ行くの? ウチ歌うの大好き!」
「勘違いすんなよ」
てめぇみたいなガキと誰が歌いにくるかよ。ここが一番話をするにはいいんだよ。
オレ様たちはカラオケボックスに入って、店員に個室まで通された。
店員がいなくなったのを見計らって、ガキを蹴飛ばして座らせる。
「てめぇの知ってることを全部話な」
「知ってることって言われても、何話していいかわかんないもん」
「大狼はなんででてめぇを攫った?」
「さあ?」
「ふざけんじゃねぇぞ!」
オレ様はポケットに手を突っ込んでスイッチを押した。
電流に悶えるガキの悲鳴が個室に響く。だが、部屋の外にはバレねえ。
スイッチから手を放すと、ガキはオレ様を睨んできやがった。
「アンタたちが知らないことなんて山ほどあるもん。それをみんな話せっていうの? バカじゃないの、アナタたちの一生じゃ到底話しきれない」
「ハァ? いいから話せよ」
「もっと具体的に話題を絞ってよ。なんか質問とかないわけ?」
「じゃあ……あれだ、てめぇをハッキングできない理由を教えろよ」
この話の流れなら別に質問しても恥ずかしくねえよな。
「そんなの簡単じゃん、ウチがこの世界の住人じゃないから」
「何意味わかんねえこと言ってんだよ」
「この世界の住人たちはみんなプログラム。住人たちだけじゃない、そこに置いてあるマイクだってそう。ウチは違うの、この身体を構成しているのはプログラムじゃない、ただそれだけのこと」
そんな話信じられるかよ。
ガキがオレ様の顔を見つめてやがる。
「信じられないの?」
心を見透かされたような言葉だ。
「おう、信じられるかよ。だったらでめぇは何者なんだよ?」
「ドリームワールドが生み出した存在」
「ハァ?」
「ワールドっていうのはね、このサイバーワールドだけじゃないってこと。それにサイバーワールドっていうのは総称で、サイバーワールドはいくつも存在してる。今ウチらがいるのはそのひとつ」
「いくつも存在するってえのは、パラレルって意味なのか、それとも外国みたなもんなのか?」
「両方。ワールドネットワークはウチらが計り知れないほど複雑なの。ただひとつ言えることは、アンタは思念体ってこと」
思念体って幽霊ってことか?
オレ様はここにいる。自分で考えて行動することもできる。
大狼のたわ言が脳裏を過ぎる。この世界は現実じゃないってな……。
「だったらオレ様はなんだ?」
「誰かの想いか、それともホームワールドに本人がいるんじゃないの?」
「ホームワールドって何だよ?」
「ホームワールドってゆーのはー、個々に与えられたワールドのこと。だから、例えばAっていう人間がいたら、A本体が主観の世界が存在してるわけ。Bの世界にもAはいるけど、あくまでAじゃなくてA´なわけで、ホームネットワークを介しての存在なわけ。Bの世界にいるA´はAの一部であり、その一部であるA´を見るBによって、A´のディテールが創想され、Aと誤差のあるA´が生まれる。Bの世界にあるAのフォルダにAの情報が蓄積されていく。そして、そのフォルダから?世界の中心?に情報が配信され〈真世界〉が構築される」
「一気に話すんじゃねえよ」
「だったら休憩して一曲歌おうよ」
何考えてんだコイツ。自分の立場ってもんがわかってねえのかよ。
途中で休憩なんて入られるかよ、いつ大狼が来るかわかんねえんだからな。
「話を続けろ」
「いくつもあるパラレルワールドの情報が集約されている世界が〈真世界〉。パラレルワールドで存在が消えるたびに、〈真世界〉での存在が薄れて逝く。〈真世界〉での死は、すべてのパラレルワールドに影響を与え、全ての消滅を意味する。例外として、〈真世界〉での存在が消えても、強い想いにより、パラレルワールドまたは他のワールドで生き残ることができる。また、本体のいるホームワールドでの死もホームネットワークに影響を与える。その場合、普通なら別のパラレルワールドにいる自分に本体としての資格が受け継がれるわけなんだけど、たまにバグがあったりして。バグと言えば、なんらかの事故でホームワールドから弾き飛ばされる場合があるの。簡単にいうとホームネットワークから遮断されて、存在が認識されなくなるってこと」
やっぱり話が長い。それに言ってることの半分も理解できねえ。違うな、言ってることはまあまあ理解できるけどよ、信じられない話をされても理解しようと脳味噌が働かねえだけだ。
「そんなことよりも、オレ様たちが今いるこの世界はなんなんだよ?」
「だからー、個々のホームワールドの思念が集まって創造されたワールド。このワールドは誰が主観ってわけじゃないの、だってみんなの想いが集まってできた場所だから」
だったらやっぱりオレ様はなんなんだよ?
幽霊、電影、思念?
オレ様は偽者なのか?
「信じられるかよ、んなこと」
「信じるも信じないもアンタ次第、好きにすればいいジャン」
もし、このガキが言ってることが本当なら、オレ様が本物になりたい。
大狼も同じこと考えているのか?
わかんねえ、奴の腹ん中はイマイチわかんねえ。奴は何を求めてるんだ。このガキを攫った理由は、こんな話を聞きたかったに違いねえ。だったら聞いてどうする、何がしたい?
「大狼の野郎がなんでてめぇを攫ったか本当に知らねえのか?」
「さあ、アンタと同じような話が聞きたかったんじゃないのー」
「てめぇ、違う世界から来たんだろ。だったらオレ様も別の世界行けるのか?」
「世界を渡れるのは特別な存在だけ。誰でも渡れる方法もあるかもしれないけど、そこまでウチは知らない」
オレ様は別の世界に行きたい。この目で確かめたい。
そして――。
「もしオレ様の本体って奴のホームワールドがあったとして、そいつとオレ様が入れ替わることは可能なのか?」
「さっきも話したけど、Aが死んだら別のA´がAになるの。そういうシステムだから、それを上手く使えばできないこともないんじゃないの?」
「だったらオレ様が本物になってる」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)