ファントム・サイバー
悲痛な叫び声。戦闘員たちを呑み込んだ黒い風は治まることを知らず、物陰に隠れていた一般人や?ゴースト?まで呑み込みはじめた。
「風を止めろ!」
あたしは怒鳴った。
けれど、謎の少女はただ冷たく――。
「なぜ?」
と、言いながらクスクス嗤うだけだった。
「無関係の人たちも犠牲になってるだろ!」
「それがどうかして?」
「どうかしてじゃないだろ!」
「何事にも犠牲は付き物なの。それにこの世界の人たちが消えても、わたしにはなんの関係もないもの」
「……クソッ」
黒い風はあたしたちのところまで迫っていた。
気を失っている?ネカマちゃん?のことを案じて、あたしは彼を抱きかかえてこの場から走り出した。
《3》
?ネカマちゃん?をベッドに寝かせて、あたしはその顔を見ようとした。前髪で隠れて顔はほとんど見えない。でも、この下にもしかして……。
あたしが髪の毛を退かそうと手を伸ばすと、後ろから謎の少女に声をかけられた。
「なにをしようとしているの?」
「いや、べつに……」
あたしはすぐに手を引っ込めて?ネカマちゃん?から離れた。
壁に寄りかかりながら、あたしはなるべく?ネカマちゃん?を見ないように、謎の少女とも顔を合わせないようにした。
なぜかあたしの胸は高鳴っていた。
すぐそこにいる?ネカマちゃん?の男の子。雰囲気はぜんぜん違う。でも、あたしが好きだった人に、どこか……似てるの。
想い耽っていると、謎の少女があたしの前に立った。
「貴方、この世界の人間ではないでしょう?」
こんなことを言われたの今日は二度目。
あたしが答えずにいると、ベッドで寝ていた?ネカマちゃん?が目を覚ましたようだった。
「目を覚ましたようだな」
「アナタがアタシをここに?」
彼があたしのことに顔を向けた。ダメ、ちゃんと彼のことを見れない。
「そうだ」
あたしは素っ気無く言って顔を逸らした。
「……変態」
謎の少女が突然呟いた。
「アタシのどこが変態なのよ!」
言い返した?ネカマちゃん?。しばらくして、?ネカマちゃん?はハッとして声を荒げた。
「でも、どうして元の姿に?」
そういうことね。自分がメイドさんの姿じゃなくなっていたことに、気付いてなかったのね。
「電磁ロッドによってプログラムが破壊されたんだ」
あたしが教えてあげると、謎の少女がつけ加えた。
「この世界の大半はネット世界の幻影でしかないわ――」
わざわざサイバーワールドの説明をするなんて……。話を聞いていると、別世界の住人って……やっぱり違う世界から来たのね。
謎の少女が?ネカマちゃん?にブレスレッドを渡すと、突然彼の姿が変化した。最初に会ったときの姿。スゴイ、この世界の法則を自由に操れるなんて、いったいこの人たちって……?
この人たちのことをもっと知りたい。ケド、この少女と関わるのは危険な気がする。なにかイヤな予感がするの。
「オレはもう行く」
あたしは好奇心を抑えて、この人たちと別れることにした。
刀を持って出て行こうするあたしに?ネカマちゃん?が声をかけてきた。
「待って、まだ名前も聞いてない」
「お前たちに名乗る名前などない」
こんなこと言うつもりなかったのに、なぜか口から出ちゃった。どうして?
あたしがこんなことを言っちゃったから、?ネカマちゃん?が食いかかって来た。
「ちょっと待ってよ、アタシ一緒に助けてあげたじゃん!」
「ふっ、オレ一人でもどうとでもなった敵を、お前が勝手に割り込んできてやられたせいで、余計な手間がかかってしまった」
「ヒッドーイ!」
なぜだかわかないけど、反発してしまう。憤り、悲しみ、なぜかそんな感情が沸いてしまう。どうして?
わからない、どうして?
あたしが悩んでいると、謎の少女があたしの前に立って、鋭い眼つきで見上げてきた。
「わたしたちも黒い狼団と戦っているの。どうして貴方は追われていたの?」
「なぜお前たちは奴等と戦う?」
あたしが会ったナイと何か関係があるのかな?
「黒い狼団に捕らえられた姉を助けたいの」
やっぱり。ナイとこの子は双子だったのね。
「もしかしたら、奴等のアジトで見ているかもしれない……」
「本当なの?」
「奴等のアジトに乗り込んだとき、お前にそっくりな少女を見た。おそらく間違いないだろう」
「その少女はどうなったかしら?」
「さて? 返り討ちに遭って逃げるのが精一杯だったのでな、どうなったかまでは知らん」
本当は助けてあげたかった。でも、どうすることもできなかった。
?ネカマちゃん?が鼻で笑ってる。
「敵のところに突っ込んでおいて、逆にやられて逃げてくるなんてダッサーイ」
トゲのある言い方。とても胸が痛んだ。どうしてそんな言い方するの!
あたしは思わず睨み返してしまった。
「またすぐに奴を倒しに行く」
「わたしたちも行くわ」
この少女からは言い知れないなにかを感じる。そして、?ネカマちゃん?の近くにはいられない。?ネカマちゃん?の近くにいると、なぜか心が乱される。
「断る。あのネカマが足手まといだ」
「ネカマじゃなくて、16歳女子高生、名前はレイ!」
「お前に何ができる? 足手まといの意味を理解できないのか?」
「アタシのことバカにしてるの! こんな奴と一緒に行くことないよ、ねっメア?」
こんな言い争いなんてしたくないのに……。
目を伏せてあたしは一刻も早くここを出たかった。
なのに謎の少女が引きとめる。
「一緒に行かなくてはアジトの場所がわからないわ」
「オレにはオレの目的がある。お前らと行動を共にするつもりは毛頭ない」
もうなにも聞かない。早くここから出て行こう。
けど、彼の言葉があたしの耳に届いてしまった。
「もう正直に言っちゃうけど、アタシ、アンタのことなんかムカツク!」
涙が出そうなほど悲しかった。それを堪えてあたしは彼を睨んだ。
「オレの名前はナギだ、その心に刻んで置け」
そして、あたしは彼にある物を渡した。
それが少しでも彼の役に立てばいい。
……さようなら。
あたしは逃げるように部屋を後にした。
《4》
また正面から乗り込むわけにはいかないし。
けど、よく考えてみてあたし。一対一でモヒカン野郎と戦ったのに惨敗。ちょー絶望的。
戦闘員たちがいないか確かめながら、あたしは黒い狼団のアジトに向かった。
マンホールの入り口に来てみたケド、戦闘員もいないし、マンホールは開きっぱなしになってた。
ぜんぜん警備が厳重になってみたいだし、それが罠じゃないかって不安になるよね。
マンホールを降りるかどうか迷っていると、誰かに後ろから肩を叩かれて刀を抜こうとした。
「誰だ!」
「ボクですよ、休日の道化師です」
また得体の知れないピエロだ。なんでまだこんなところにいるんだろ。
「こんなところでなにをしている?」
「キミの姿を見つけたから、ちょっと声をかけてみただけです。だってボクたち友達でしょう?」
「……いつから友達になったんだ」
馴れ馴れしいナンパみたいな原理。
「一度会ったら友達ですよー。それになにか困ってるみたいでしたし、ボクにお手伝いできることがあればなんなりと」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)