ファントム・サイバー
「お前が持ってる刀はなんだ?」
ピエロがあたしの刀を持っていた。
「これですか? さっきここのロッカーを開けていたらたまたま見つけました」
「それはオレのだ、返せ」
あたしは強引にピエロから刀を奪い返した。
辺りを見回すと、まるでロッカールームみたいだった。でも、ロッカーより大きいかも。あたしが入ってたくらいだし。
もしかして、まだロッカーに入ってる人が?
「ここから出せ!」
女の子の声が微かに聴こえたような気がする。このロッカーからだ。
「誰かいるのか?」
「いるいる、ぜんぜん使用中! ウチの名前はナイ、奴等に捕まっちゃって、とにかくここから出してよ」
「少し待て」
ナイってどこかで聞いた名前……大狼君の部屋で見た少女だ。
あたしは刀を構えて、力を込めて振り下ろした。
「一刀両断!」
手が強く痺れ、刀ごとあたしは弾き飛ばされた。ロッカーの扉はびくともしない。
「駄目だ、ぜんぜん歯が立たない」
「そんなこと言わないで、ウチのこと助けてよ」
助けたいケド、この刀で斬れないなんて、破壊は絶対にムリそう。
あたしはピエロに顔を向けた。
「オレのロッカーはどうやって開けた?」
「開いてましたよ」
「なんだと?」
「だから、キミの入ってたロッカーは最初から開いてましたよ」
そんなバカな。だって、あたしが中から暴れてもびくともしなかったのに……。
あたしはナイが入っているロッカーに手を掛けた。力を込めて引いてみたけど、やっぱり開くハズなんてない。
扉にカギらしきものはついていない。どうやって開けるんだろ?
ピエロが耳に手を当てて物音に耳を済ませた。
「なにか聴こえませんか?」
「いや、なにも聴こえない」
「聴こえますよ、ほらサイレンの音です」
急にサイレンの音がこの部屋にも響きはじめた。
部屋の扉を開けて戦闘員が飛び込んできた。
あたしは柄を握り直して逆刃にして、戦闘員に斬りかかった。
ごめん、眠ってて。
戦闘員の腹に峰打ちを喰らわせ気絶させると、あたしはナイが入ってるロッカーに駆け寄った。
「必ず助けに戻る!」
「ウチのこと置いてく気!」
ごめん、絶対に助けにくるから待ってて。
「この薄情者のバカ!」
あたしはナイの罵声を背中に浴びながら部屋を飛び出した。
廊下の向こうからは戦闘員たちがもう来ていた。
「こっちですよ」
ピエロがあたしに合図を送った。
「道に迷っていたんじゃないのか?」
「トイレを探して迷ってただけです。出口ならわかりますよ」
このピエロのことを信じていいのかなぁ?
敵だったらこんな回りくどいことをするハズもないし……。
あたしは警戒しながらも、走るピエロの後を追った。
偶然なのか、このピエロの力なのかわからないけど、一回も戦闘員と鉢合わせしないで出口まで着ちゃった。
アジトの入り口にいるハズの見張りまでいない。
このピエロっていったい……?
あたしはピエロを探して辺りを見回した。でも、あいつの姿は跡形もなく消えていた。そして、ピエロが消えたあとに残ったこの香は……?
なぜか懐かしい香。思い出せない。まるで記憶を改ざんされてしまったように、この香のことが思い出せない。
「キーッ!」
ついに戦闘員たちに追いつかれた。まったくしつこいんだから。
あたしが長い地下道を走り出した。たくさんの足音が響き渡り、あたしのことを追ってくる。
しばらく走ってあたしは足を止められた。天井が崩れて道が塞がってる。後ろからはまだ追ってくるし、どうしよう?
あたしは天を仰いだ。
光が見える。マンホールのフタが開いてる。あたしはすぐにハシゴを登って地上に出た。
マンホールから這い出して見た景色はビル街。最初に入ってきた場所とは違う場所だけど、ドコなんだろココ?
ハシゴを登って戦闘員たちがやってくる。転がってるフタを見つけて、マンホールにフタをしてやろうとした。
ケド、それが大失敗。重たいフタを運ぶのに手間取って、そのうちに戦闘員がすぐそこまで来ていた。
捕まれそうになった足をジャンプで躱して、そのままこの場から逃げ出した。
ビルの角を曲がったところで、あたしは眼を丸くしてしまった。
あの子がいる。ナイっていう名前の少女が向こうにいた。でも、どうやって逃げたんだろう?
もういい、ここで戦闘員たちを迎え撃つ!
刀を構えたあたしのところへ、ナイが駆け寄ってきた。
「わたしも加勢するわ」
あの子じゃない。顔はそっくりなのに、この子はナイじゃないって直感した。とても冷たい眼差し、とても冷淡な声。あたしが会ったナイは、もっと元気な感じがした。
「手助けは無用だ」
あたしは謎の少女の申し出を断って、戦闘員たちに突っ込んでいった。
たとえ戦闘員の正体が?ゴースト?だとしても、あたしはここでやられるわけにはいかない。やらなくちゃやられちゃう。もう戦うしかないの。
あたしは戦闘員の相手を三人まとめてした。
もう一匹いたはずの戦闘員は?
しまった、メイド服の女の子のところへ!
助けなきゃと思ったケド、手が離せない。
……あっ、メイドさんが回し蹴りしようとしてコケた。思わず噴出しそうになったのを堪えて、真顔であたしは戦闘員たちの相手をした。
戦闘員の電磁ロッドを躱して、相手の胸を斬り一匹仕留めた。そのとき、銃声が聞こえた。振り向いて見ると、あのメイドさんが銃を撃ったみたい。
銃を撃たれた戦闘員の様子がおかしい。戦闘員を構成している言語が目にも見えるようになって、壊れた言語が連鎖を起こして、存在が意味を持たなくなる。きっとウイルス弾だと思う。
あのメイドの子……何者なの?
向こうに気を取られているうちに戦闘員の数は増えていた。これってちょっとマズイかもぉ。
戦闘員の腹を抉り、空かさず二撃目で首を刎ねた。
いやん、また血がスゴイ出てる……キモチ悪くてトラウマになりそう。
「危ない避けて美青年!」
誰かがあたしに叫んだ。
すぐに振り向くと、メイドさんが電磁ロッドで殴られていた。
電磁ロッドを喰らったらただじゃすまない。最悪、この世界から消滅する。
ケド、予想を反してメイドさんには別の変化が起こった。身体を覆っていた言語が崩れて、中から男の子が……そんな、まさか?
アスファルトにうつ伏せになった男の子の背中……そんなハズない!
だって、だって彼が……こんなところに……。
あたしは戦うことを忘れて、ただ呆然と立ち尽くした。
「戦いの最中に気を抜いちゃ駄目よ、クスクス」
ハッと我に返ると、あたしの傍らには謎の少女が立っていた。
そして、すぐそこまで迫っている戦闘員の大群。
謎の少女が何か呟きはじめた。
この感じはなに?
冷たい風が吹き、謎の少女の髪の毛が揺れた。
なにか……強大な力が……。
「デゥーウィン!」
謎の少女が囁くと、強烈な爆風が吹き荒れた。それがただの風じゃないことは、見てすぐにわかった。黒い風が意思を持って戦闘員たちを呑み込んで行く。呑み込まれた戦闘員の姿は闇に溶けて見えない。
「キーッ!」
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)