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うそだったんです。

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さーてどうしたもんか。家に帰って鍵を掛けるのが一番安全なような、でも玄関の前まで来られようものならきっと開けてしまうだろうと自分でも思うわけで、と考えていたら、結局駅の前のベンチから動けなかった。きっとすぐに堀内は俺のことをみつけてしまうのに。…堀内は、俺を見つけるのがうまかった。大学の構内でもよく俺に気付いて笑って片手を上げてくれたから。今思うと、苦しかったろう、辛かったろうと思う。ほんとに。俺だったら耐えられない。好きだけど好きでないひとに好きっていうのも、そいつがますます自分のことを好きになるのを見ているってのも。

それを一年も腹のなかに抱えていて、それでいて俺にやさしくしてくれた堀内はやっぱり
、すごい。俺はあいつを好きになってよかったと、本人にはぜったい言えないことを再度思った。

「…っ秋良先輩!」

なんて思ってたらそいつの肉声がした。…早ェよ。都内の、とはいえふた駅このスピードって相当だぞ。逃げ場を失った俺は、人通りの絶えた駅前を全力で駆けてくる堀内をもういっそすがすがしいような気持ちで見つめていた。まだ咽喉にひっかかった熱が痛い。堀内の顔を見るのが辛い。好きだってわかってしまうから、よけいに。

「…先輩」

ベンチの前まで来た堀内が、荒い息を整えながら、俺を呼ぶ。そんなにやさしくしてくれなくとも俺は平気なのに。…いややっぱり平気じゃないのか、だから気を遣ってくれるのだろうけど。それでも俺は、これ以上堀内に負担をかけたくなかった。

「俺は、…俺は」

真正面から、堀内が携帯を握ったままの俺の手を両手で包む。でかい身体を折り曲げて、びっくりするくらい熱い掌で俺の悴んだ指先をそっとさすった。喉が鳴る。こんなふうに堀内が触れてくるのは初めてで、それで、ああ俺達はもう終わったんだな、とそれを実感させられる。

その熱が痛い。張り裂けそうな心臓が、苦しい。俺はだから、だまって目を逸らす。あのとき堀内がそうしたように。

「先輩に嘘をつきました。…先輩が喜んでくれて、それで言いだせなくなって」

…お前、わざわざ追ってきて俺にトドメを刺す気か。ちょっと笑ってしまってから堀内に視線を戻して俺は後悔をする。電光燈に照らされた堀内の顔は、信じられないくらいに真剣だった。…自覚なしってこわい。逆効果なのに。

「言わなくちゃ、謝らなくちゃって思うのに、…時間がたてばたつほど先輩のことを傷つけるってわかってたのに」

いつもはさらさらの堀内の髪が汗で額に貼り付いている。えーと四プラス二で六駅分?も走ったんだからそれも当然だけど、なんかそれが余計に堀内の真剣な顔を際立たせていて俺はなにも言えなくなった。痛いくらいに堀内の指が俺の手をぎゅうと握る。

「…メールに書いただろ。俺は、お前のことなんてもう、嫌いだ。だから」

もういいよ。許してやろうとしたのに、堀内はそれを聞こうとしなかった。そのまま俺の手に力を込める。いい加減本気で痛い。バスケットボールと俺の手を一緒にしないでほしい。

「…俺は、…先輩のことが、好きなんです」

…、

…はい?
思わず素で聞き返すと、真顔で堀内が同じ台詞を繰り返した。本気で噴き出してなんか深夜のテンションで笑っていたらますますつよく手を握られる。ちぎれそうだ。痛い。それで爆笑してたのをひっこめてまじまじ堀内を見上げると、堀内は真剣そのものの顔をしていた。口の中にまだ笑いが残っている俺の目をじっと見ている。…俺の目を、じっと。

「さいしょは、ただ先輩のこと、先輩として凄く尊敬してました。だけど一緒にいるうちに、…ああこれが好きになるってことなんだなって」

目を逸らさないで、いう。それが意味するところに気付いた俺が目を見開いたのをみて、堀内はぎゅっと眉を寄せた。泣きそうな顔をしている。喉を鳴らすのといっしょに喉に詰まっていた熱が下がって、それが粘膜を灼いてひどく痛かった。くるしい。

「うそついて、そのせいで先輩が見せてくれた面をみていまさら好きになるなんて、ずるくて、すごく申し訳なくて」

どくんどくんと心臓の音だけがよく聞こえる。もう一度瞬きをすると、堀内が情けない顔で咽喉仏を上下させるのが見えた。…こいつも呑み下しているんだろうか、俺の咽喉にひっかかってるようなこのどうしようもない熱を。

「…最低だって分かってます。だけど、どうしようもないくらい、好きで」

なんでかしらないけどまた笑ってしまった。なんかばかみたいだ。主に俺。くっくっとどうにか堪えようとして笑ってるのがまるわかりの俺を目の前にして堀内がどんな顔をしているか、目を逸らしている俺にはわからない。わからないけど、俺の手を掴んでいた熱が離れていくのだけはすごく名残惜しく思った。

「…秋良先輩」

俺の名前を、呼ぶ。縋るような声だ。

「…お前、俺のこと好きなの?」

確かめるようにそう聞けば、離れたと思った熱が肩にかかった。冷え切ったそこにその熱が凄く鮮明で、思わず俺は堀内を見上げる。夜風に汗が乾いたんだろう、前髪がさらりと風に遊ばれているのがわかる。相変わらず真面目そうで、すごくかっこいい顔だ。ちょっと腹が立つ。

「好きです」

目を見て、もういちど堀内が言った。ちょっとまた口元が緩むけど、笑い声までは零さない。その代わり鼻から空気が抜けて、まるで鼻で笑うみたいな感じになってしまった。なんてひどいやつだ、俺。だけど堀内はそんな俺に困った顔ひとつせず、ただじっとこっちを見ているだけだった。


作品名:うそだったんです。 作家名:シキ