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うそだったんです。

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久しぶりにいい汗かいた。二駅分走ったところでわれに返って肩で息を整える。もちろん背後に堀内の姿はない。素人についてこられるスピードで走った気はなかった。これでも校内記録保持者である。ちょっとショボイとか言っちゃいけない。

強烈な吐き気から目を逸らすために深呼吸をする。俺はずっと堀内に無理をさせていた。それがつらくてたまらなくて、そして堀内が俺の事好きっていったことを疑いもしなかった自分が恥ずかしくて死にたい。ほらあいつ、やさしいから。家の場所は割れているのでマンガ喫茶で夜を明かそうと思ったところで財布を持ってないことに気付いてますます死にたくなった。あるのは携帯と家の鍵とポケットのなかの三百二十八円。困った。

誰かんちに泊めてもらおう、と思っても、正直今誰かの声を聞いて泣きわめかない自信がない。まだ俺は堀内のことがどうしようもないくらい好きで、それがもうしわけなくてもっとどうしようもない。酒は呑んでも呑まれるな、とはよく言ったものである。

きっと、堀内にはバレていたんだ。俺が堀内のこと好きかもしれないってことを。それを気に病んでいて、酔った拍子に聞いてしまった。そしたら俺がテンパって真っ赤になって黙ったせいでこんなことになってしまったわけである。そんな俺にまる一年も付き合ってくれていた堀内は、ほんとうにやさしくて、いいやつだ。…やさしくしてくれたぶん、俺は辛いんだけど。

「…空気読め、頼むから」

見つめていた携帯が振動した。見れば着信八件。ぜんぶ堀内。…もうやめてくれ、やさしくするのも、やさしくして傷つけたことに対するアフターケアも、いまの俺にはものすごくつらい。胸が痛くてくるしい。俺は堀内が好きだ。こんなふうにずっと嘘をつかれていても、偽りで一緒にいてくれたんだって分かっても、それでも。

嫌いになりたいと思っている俺もいる。そうすれば元通りになれる、俺がただ、もうお前のことなんて嫌いだバーカっていってやれば、それで済む。堀内はごめんなさいって言って、俺は許さないずっと怨む、と言って、それでおしまいだ。俺たちは仲のいい先輩と後輩に戻る。戻れると思う、たぶん。俺が、堀内のことを嫌いになれたら。

…堀内のことを嫌いになるよりも、堀内といっしょにいられなくなるほうがつらい、かもしれない。だってそう考えただけでもう耐えきれなくて、喉の奥を熱の塊が塞いで息すらできない。じわりと涙が滲んだ。

逆効果だったぞって言ってやりたかった。お前が気を回して一年間付き合ってくれたおかげで、俺はまえの何倍もお前のことを好きになってしまったと。そしたらたぶん堀内はまたあの困ったようなせつないような申し訳なくて穴掘って埋まりたいみたいな顔をして、すみません、というだろう。それできっとまた付き合ってくれるのだ、俺と。

そう思ってしまえば俺の行動は早かった。もう終電ギリギリだから堀内も家に帰してやらなきゃいけないし。俺も帰らなきゃ凍死するし。

受信履歴を無視して、俺はメール画面を呼び出す。それでさっきこころに思ったのとおなじ文言を打ち込んで堀内に送った。考える暇をつくらないくらいにはやく。

お前のことなんてもう嫌いだ、バーカ。

俺だって堀内に嘘をつく。堀内が俺を傷つけないようにと嘘をついて苦しんだように、俺もこうやって嘘をついて苦しめばいい。おあいこだ。イーヴンだ。

メールを送ってから、ようやく携帯は震えるのをやめてくれた。これからどうしようとか家帰ったらあいつと出くわすよなとか考えていたらどうしようもなくなるので、とりあえず普段使わない駅の前にあるベンチに座って冷静になる。どうしようかな、これから。さすがにここにあと五六時間いたら寒いよな。

「…」

せっかく止まったと思ったら再度バイブレーションし出した携帯に、俺は迷った。これ、出てやったほうがいいんだろうか。メールを読んだ堀内は、どんなことを言うんだろう。…いや、でも声を聞いたら泣きそうだ。泣いたらだめだ、と思っても、涙は自然に湧いてしまうだろう。泣いたうえに堀内をなじりでもしてしまったらさいあくだ。

「……、」

通話は途切れてはまたかかり、それが切れてもまたかかってくる。手の中で五度携帯が震えて、指先が悴んだころ、俺は根負けをして通話ボタンをゆっくりと指の腹で押し込んだ。

「…もしもし」

膝のうえで両手で携帯を包んだまま、俺はぼそりと口にする。聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声で。

あきよしせんぱい、

と、それを聞きとったのかどうなのか、すげえ大声が携帯から聞こえてきてびっくりした。これ耳に当ててたらきーんってなるだろってくらいの大声。…堀内が大声を出すってことがまず信じられなくてびっくりする。それからその、機械のごちゃごちゃした音に紛れた堀内の声が、いつもよりすごく掠れて携帯から流れ出してきた。

どこに、いるんですか。

…俺は陸上部だったせいで、走ることに関しては人の数倍くわしいと自負している。…つまりこれは、走っている人間の出してる声だってことを、俺の耳は間違いなく感じとっていた。堀内は走っているらしい。たぶん、俺を探して。

「…あーもう、やさしすぎる、お前」

殆どもう呟くようにいえば、荒い息遣いのほかはなんにも聞こえなくなった。駅のアナウンスが聞こえてくる。終電が来てしまったらしい。あーあお前、どうすんの堀内。歩いて帰るには遠すぎるだろうに。ちなみにお前を泊めてやる気はないぞ。

「おい、堀内?もういいから。やさしくすんな」

もう罪悪感で苦しむのもやめにしていい。気付いてやれなくてごめん。俺がそう言ってやったのに(懐深すぎだろ、と思ったけどさっきまで考えてたことを鑑みるとそうでもない)堀内は走るのをやめていないようだった。お前荷物どうしたの。あれけっこう重いと思ったんだけど。

いま、駅なんです。

と、堀内がいった。どうやらアナウンスを聞いたらしい。終電逃しちまったな、といえば堀内が口にしたのはここよりもっと遠い駅のなまえだったので俺は思わず噴き出していた。通り過ぎてる!ついつい笑ってしまう。通り過ぎてる、と復唱した堀内は、まだ走っているのに。

「…あー、ほんと、もういい。無理すんな」

そっからならお前んち近いだろ、といえば、堀内は荒い弾んだ息のままで叫ぶ。俺の名前。だから声がデカいっての。お前そんな声出せるならレポートの発表会のときあんなにどもるなよ。

そんなとこまで愛しくなって、俺は思わず笑ってしまう。笑った拍子にぽろっと涙が零れて携帯の液晶を濡らした。これ以上なにか言ったら声が濡れていることがわかってしまうかもしれないから、俺はそのまま電源ボタンを長押しする。ぷつん、と音を立てて、なにかをいいかけた堀内の声ごと携帯の電源が切れた。

作品名:うそだったんです。 作家名:シキ